有機化学/有機化学の化学結合

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
図1
酢酸イオンの共鳴


酢酸イオンが、なぜ、CH3COO で安定になるかというと、上記の図のように共鳴(きょうめい、resonance)してるから。


なお、説明の都合上、上記の図では、二つの状態のあいだを行ったり来たりしているかのように書いたが、しかし実際には、けっして図の左側の構造か右の構造かのどちらかではなく、どちらでもなく下図のように、重ね合わせたような構造になっている[1]。つまり、けっして上記の図1の左右の状態のあいだを振動しているわけではない[2]

図2
酢酸イオンの共鳴
非局在

けっして「図1の右矢印と左矢印の反応が釣り合っている」といった状態ではなく、つまりたとえば当wiki『高等学校化学II/化学平衡』で習うようないわゆる平衡状態ではなく、そうではなくて、共鳴でとりうる状態とは最初から重ね合わせのような図2の別の状態だと言う意味である。

なお高校ではベンゼン環の共鳴を習うが、高校ではベンゼン環の共鳴に限ってだが、ベンゼン環の共鳴では単結合と二重結合のあいだの状態を取っているなどとサラっと説明されている。実は高校でされるこの説明は、かなり高度な考えなのである。

ややこしいことに、化学史ではベンゼン環の初期の研究者である化学者ケクレは、平衡状態のように解釈していたことが分かっている[3]。だが現在の学会の定説では、平衡状態ではないというのが、共鳴の理論における定説である。


酢酸が水溶液中では、メチル基(CH3)の水素は電離せずに、カルボキシ基COOHのほうの水素が電離するのは、このような理由による。


酢酸イオンの共鳴
非局在
(再掲)

つまり、けして、どちらか片方の酸素イオンの周囲にだけに電子は局在していない。つまり、両方の酸素原子の周囲にわたって電子は存在している。このような状態を非局在化(delocalize)という。

なお、非局在化をあらわす矢印は、双頭の矢印 である。可逆反応ではないため、 は用いない。

酢酸イオンのほか、ベンゼンでも共鳴構造が見られる。(※ ベンゼンの共鳴については、高校化学でも習う。)


本ページでは例として酢酸について記述したが、もちろん酢酸以外のカルボン酸でも同様に、共鳴の原理は成り立つ。


古典的な共鳴理論の限界[編集]

4員環や5員環など[編集]

上述のように、共鳴理論はベンゼンの六員環を説明できる。


しかし、四員環も五員環も八員環も説明できない。

シクロブタジエンの構造。不安定である。
シクロオクラテトラエンの構造。不安定である。

結論から言うと、共役二重結合を含む種類の四員環は不安定であり、合成しても、すぐに壊れてしまう。


八員環も同様であり、共役二重結合を含む種類の八員環は不安定であり、合成しても、すぐに壊れてしまう。

チオフェンの構造

いっぽう、五員環およぼその化合物は、チオフェン等が安定的に存在する。


結局、単に共有結合と単結合のあいだの共役二重結合のメカニズムだけでは、実際の六員環の安定性は説明しきれない。このように、共役理論には、限界があるる。

共役だけにかぎらず、一般に実験科学における理論には適用限界があるので、けっして杓子定規(しゃくしじょうぎ)に理論を実用に適用してはならず、実例を把握したうえで吟味する必要がある。



フェナントレンやアントラセンなど[編集]

アントラセン
フェナントレン (※ 書式は従来のロビンソン構造式)

ベンゼン環どうしが結合した分子を見ると、そのなかに、反応性の高い部分と、低い部分が、ひとつの分子に混在している場合もある。

たとえば、アントラセンという分子は、ベンゼン環どうしが3つ直線状に結合した形なのに、中央の分子だけが反応しやすい(図の9位と10位)。

また、フェナントレンという分子は、まがりかどの部分が(図の9位と10位)、反応しやすい。


このように、高校で習うような、古典的に解釈した場合のケクレの理論だけでは、説明しづらい現実の現象も、いろいろと知られている。


クラール構造で書いたアントラセンの例
(記法がまだ化学界で定まりきっておらず、文献によって記法が若干違う)
クラール構造で書いたフェナントレンの例

このため、学者の中には、不安定な環には、「ベンゼン環どうしの結合の化合物の構造式で、機械的に環の内部には「〇」を書かないようにすべきである」という主張をしている者もおり、安定な環にだけ「〇」を環内部に書くようにすべきである 、というような主張をする学者(たとえばスコットランドの化学者 E.クラール など)もいる。(※ クラールについての参考文献 細矢 治夫『化学 × 数学 「ベンゼンの亀の甲をあばく」』 )(※ 環内の「〇」の書き方の参考文献: 細矢治夫『はじめての構造化学』、オーム社、平成25年 6月25日 第1版 第1刷、184ページ)


ちなみに、従来通りの、ベンゼン環の内部に「〇」を書く方式での構造式の書き方のことを「ロビンソン構造式」という。

いっぽう、クラールの記法および、クラールから派生した記法のことは、「クラール構造」という。(※ 参考文献: 化学同人の『大学院 有機化学』(野依良治ほか編著)にクラール構造について書いてあった。(未購入なので、版やページの出典は未紹介。書店で立ち読みしただけ。値段が高い。)

※ 野依らによると、クラール構造は隣り合わないらしい(野依らは、それを定義の一部しにている)。
なお野依らの この定義のため、野依らの文献では、ナフタレンのようにベンゼン環が2個しかない場合は、片方だけ〇を書かれている。
なお、野依らの著書『大学院 有機化学』では、クラール構造の丸印の記法は、破線による青色の丸印である。(おそらく、ロビンソン構造との区別のためだろうか(著者に聞いたわけではないので未確認の単なる推測)。)
  1. ^ 山口達明、『有機化学の理論 <<学生の疑問に答えるノート>>』、三共株式会社、2020年10月10日 第5版 第1刷発行、P33
  2. ^ 山口達明、『有機化学の理論 <<学生の疑問に答えるノート>>』、三共株式会社、2020年10月10日 第5版 第1刷発行、P33
  3. ^ 山口達明、『有機化学の理論 <<学生の疑問に答えるノート>>』、三共株式会社、2020年10月10日 第5版 第1刷発行、P33