高等学校古文/歴史書

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歴史書[編集]

中国は伝統的に歴史を重んじ、歴史書にある意味特別な地位を与えてきた。

理由のひとつとしては、中国における祖霊信仰の伝統が考えられる。すなわち、子孫によって祀られない霊は、鬼神となって災いをなすとの信仰があり、子孫に忘れられず祀られるよう記録を残したということである。

もう一つの理由としては、王朝の統治においてその正統性を証する、即ち、前代の王朝が、天下を治めるのに適当でないと、天が判じて王朝を変えた(放伐)ので、現在の王朝は正統であるとの思想(易姓革命)が、史書の作成及びその前提としての研究を盛んにしたものと考えられる。

ただし、歴史を記述することの理想は高いものが形成されていたことは、以下の記事が物語る。

春秋左氏伝 襄公二十五年
齊太史書曰「崔杼弒莊公」、崔杼殺之。其弟復書、崔杼復殺之。少弟復書、崔杼乃捨之。
(斉の宰相である崔杼が、君主である荘公を不行跡を原因とし殺して、弟の景公を即位させたのを受け)斉の太史(歴史官)が史書に、「崔杼が莊公を弒逆した」と記載した。崔杼は、(書き直させようとしたが、聞き入れなかったので)この太史を殺した。その弟が、太史となり、やはり同様に記録した。崔杼は、その弟も殺した。末の弟が、太史となり、やはり同様に記録した。崔杼は、あきらめそのまま記録させた。

代表的歴史書[編集]

正史以前[編集]

  • 『書経(尚書)』
  • 『春秋』
    孔子が編纂したとされる歴史書。非常に簡潔な表現であるため、いくつかの注釈書が著されており、そのうち古典とされるものに、『春秋左氏伝』『春秋公羊伝』『春秋穀梁伝』があり、特に、『春秋左氏伝』は『左伝』とも略され、最も広く受け入れられた注釈書である。
  • 『戦国策』

正史[編集]

上記の理由により、各王朝は自己の王朝を正当化するために国家事業として歴史書を編纂しており、それを正史と呼ぶ。清代において、特に正統とされる24の史書を取り上げ「二十四史」と呼ぶ。但し、そのうち、司馬遷『史記』、班固『漢書』、陳寿『三国志]]』、范曄『後漢書』、沈約『宋書』は王朝の事業ではなく、私撰の体裁を取っている。ただし、これらについても司馬遷が太史公という地位にあり、王宮内の歴史文書に容易に触れうる地位にいたこと等から、在野の歴史家の著したものと言うよりは、時の皇帝の承認を得て撰じたものであると理解する方が自然であろう。

正史は、史記以来の伝統により、統治者である皇帝(又は王)の伝記である本紀とそれに仕える人々などの伝記である伝・列伝により構成する紀伝体という書式によっている。

正史以外の歴史書[編集]

正史を元に、その他の歴史書(雑史)を含めた、数々の官撰又は私撰の歴史書が著されている。

  • 司馬光『資治通鑑』
  •  :北宋の政治家であり学者・文学者(詩人)でもある司馬光が、皇帝英宗の命により編纂した通史。正史と異なり、年ごとの出来事を追う編年体によっている。名文の誉れが高く通史の傑作であり、中国において長く通史のスタンダードの地位を得ていた。
  • 曾先之『十八史略
    元代の曾先之によりまとめられた入門書。曾先之は、この著者である他の経歴は伝えられていない。正史からつまみ食い的な切り出しによる構成や、いわゆる野史を出典とする、出典不明の改変があるなどより史的価値や文学的価値はほとんど無く、中国本土では忘れ去られていた。しかし、日本においては、たまたま、入門書として伝わり、広く読まれ、あたかも漢籍の古典かのごとく残ることとなった。

高校における学習[編集]

高校においては、限られた時間の中で、主立った作品群すら読むことは難しいであろうし、試験や受験を前提とした学習において、それは不必要ですらある。

とりあえず、作品として意識すべき作品は『史記』と『十八史略』のみであり、その他は、作品として知識を得ておく必要はない。この2作品ですら、全てを読むことは、高校学習のレベルとしては超えている。最初のうちは「故事成語」の出典となる部分から取りかかることを勧める。

しかしながら、漢文学、ことに史書はその楽しみを覚えると、一生の趣味としても良い位の深い広がりを持った領域である。試験や受験だけのつきあいにとどまらず、一生の楽しみとして身につけることとなれば、あなたの読書人生を深くすることに違いないと信ずる。また、これを楽しみにすることにより、漢文(だけでなく国語一般)の成績が上がっているという思わぬ副産物を生むこともあるだろう。小手先の受験技術だけではなく、その本質に近づくことが、結局、受験などにも役に立つことになることは銘記しておいた方がよいだろう(これは、漢文・国語に限らず、英語や数学など全ての教科に言えることだが)。

とりあえず、これらの書に題材を取る日本の小説を読むと、全体像が把握でき、細部がわからなくても意味を類推できたりするので、気分転換もかねて以下の書籍を読むことを勧める。

  • 司馬遼太郎『項羽と劉邦』
  • 中島敦『李陵』
  • 陳舜臣『小説十八史略』