高等学校政治経済/政治/55年体制

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

55年体制[編集]

第二次大戦中は、政党の活動が制限されていたが、第二次大戦終結の1945年から、政党政治の自由が復活した。そして、さまざまな政党が誕生した。

1955年には、左右に分裂していた日本社会党が統一され結成された。これに対抗し、同1955年に保守勢力の保守合同により自由民主党が結成された。そして、それから40年ちかく(つまり1995年まで)、自民党と社会党という2つの大政党の対立を中心として、日本の国政が展開された。しかし、実際には自民党のほうが有権者の支持が強く、自民党がほぼ40年間、与党で居続けた。

1960年代には、多党化 (※ 未記述。記述のご協力をお願いします。)

このページ「高等学校政治経済/政治/55年体制」は、まだ書きかけです。加筆・訂正など、協力いただける皆様の編集を心からお待ちしております。また、ご意見などがありましたら、お気軽にトークページへどうぞ。
※ 高校の範囲?: 「派閥」
※ 東京書籍の教師用指導書で紹介されていた事例がある。2019年現在は東京書籍のサイトでは非公開。

ひとつの政党の中にも、政策案などの異なる複数のグループに分かれている場合がよくある。そのような、政党内での政治グループのことを「派閥」(はばつ)という。別々の政党でもひとつの政党としてのまとまりはあるが、しかし同じ党内の別々の派閥どうして政策や意見が対立する場合もある。

(※ 範囲外: ) たとえば自由民主党では第二次世界大戦後(そもそも戦後の1955年に結党された党だが)、「経世会」(けいせいかい)、「清和会」(せいわかい)の二大派閥があり、そのほか「宏池会」(こうちかい)などの派閥がある(※ 指導書などで「経世会」「清和会」などが紹介された事例がある)。
なお、それぞれの派閥のトップのことを俗に「領袖」(りょうしゅう)という場合もあるが、「経世会」や「清和会」などは「会」なので派閥トップを「会長」と呼ぶ場合もある。