高等学校歴史総合/明治維新期の日本と世界
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明治新政府の成立
[編集]民衆が「天皇を大切にしよう!外国人は追い出そう!」と言い始めると、大名も武士も天皇を中心にまとまるようになりました。特に、薩摩藩と長州藩を中心に反幕府派を引っ張るようになりました。1867年、江戸幕府が終わりました。その後、天皇が国の指導者になりました(王政復古の大号令)。
1871年、明治政府は全国の藩をなくして、府県にしました(廃藩置県)。政治の中心は廃藩置県から東京になり、東京から日本全体を治めるようになりました。このように、明治政府は天皇を上手に使ってあまり争いを起こさずに日本を新しい形の国に変えています(明治維新)。
近代化と東アジア
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1871年11月、岩倉使節団が欧米諸国に行きました。不平等条約を取り消せなくても、欧米諸国がどんな感じなのか丁寧に調べてきました。一方、西郷隆盛などは教育とか軍隊とか、税金の仕組みとかを新しくしていきました。岩倉使節団が日本に帰国すると、岩倉使節団が政治を動かすようになりました。欧米諸国を参考にして、日本を新しい国家にしました。
清の曽国藩と李鴻章は軍隊を強くするために西洋の新しい技術を取り入れました(洋務運動)。しかし、政治の仕組みは昔と変わらず、そのままでした。
明治時代に日本の領土をはっきりさせて、世界の立場を良くしようとして様々な外交を行いました。1871年、清と日清修好条規を結びました。1875年の江華島事件から日本は朝鮮と日朝修好条規を結びました。1875年、ロシアと樺太・千島交換条約を結んで、千島列島を手に入れました。1874年、台湾に日本軍を送りました。1879年、琉球を沖縄県にしました(琉球処分)。その後、小笠原諸島・尖閣諸島・竹島も日本の領土として決めました。