シュメール語/文法入門/複数形
単数名詞
[編集]シュメール語を始める一番簡単な方法は、よく見知った友達を探してみることでしょう。名詞たちです!
シュメール語の複数形について議論する前に、まずは古き良き単数形の名詞から始めてみましょう。いくつかの例を見てみましょう。博物館や本で粘土板を見る機会があれば必ずお目にかかるであろう、とても基本的な名詞です。
語彙
[編集]- lugal [𒈗] = 王、主人、領主
- šeš [𒋀] = 兄弟
- ama [𒂼] = 母
- nin [𒊩𒆪] = 姉妹、女王、女性
- dumu [𒌉] = 子供、息子
[発音についての注意:覚えておいてください。シュメール語がどのように発音されていたのか、本当のところはわかっていません。読者はこれらの単語を好きなように読んでかまいません。シュメール語についての古い文献や、最新の研究結果では別の書き方をしていることもあるでしょう。私達は発見の半ばにいて、まだまだ貢献の余地があるのです]
名詞句
[編集]定名詞と不定名詞
[編集][訳注:日本語版の読者はこの節を読み飛ばしてかまいません。定名詞と不定名詞を区別しない言語にはお馴染みでしょうから]
一番単純なシュメール語の名詞句は上の語彙リストにあるような名詞そのものです。英語と違って、シュメール語には冠詞がないのです。ですから、シュメール語ではlugalは「ある王」とも「その王」とも、はたまた「王」そのものとも読めるのです。奇妙で曖昧に思えるかもしれませんが、原著者が何を意図して書いたものか文脈から紐解くのはそう難しいことではありません。すぐに慣れますよ!
接続詞
[編集]ただ名詞を並べるだけでも名詞句を作ることができます。「王と女王」はシュメール語ではいくぶん単純に記述できます。ただ並べるだけでいいのです。何も付け加えるものはありません。ですから「王と女王」はlugal ninになります。シュメール語には「と(and)」にあたる語がないのです。かなり後になってからは語の最初にuを書くようになりましたが、これはアッカド語からの借用です。私達は古代シュメール人がそうしたように、「と」を省いていきましょう。
(アッカド語とシュメール語の間の借用の例はたくさんあります――メソポタミアの民は最初はシュメール語を話していましたがやがてアッカド語に置き換わり、シュメール語は正式な場でしか使われなくなっていきました。中世におけるラテン語のようにです)
例題
[編集]シュメール語の名詞句についての語彙と知識を試してみましょう。いくつかの例題を挙げていきます。シュメール語を日本語に訳してください。傍点下線部にマウスを持っていくと答えが見れますよ。
- ama [𒂼]
- šeš nin [𒋀𒊩𒆪]
- lugal [𒈗]
さて、実際に日本語からシュメール語に翻訳する技術を披露する機会はないかもしれませんが(たぶん誰にも理解してもらえませんよ)、練習として翻訳してみましょう。簡単な単語から始めてみましょう。
- 兄弟
- 女王
- 母と子
複数形標識
[編集]シュメール語では単語に接頭辞や接尾辞をつけて意味を修正したり他の単語や文との関係を示したりします。英語と同じです。「王」と「王たち」について考えてみましょう。英語でking kingsのように複数形の語の最後に付け加えられる-sを接辞といいます。接辞とはそれ自体では自立しない形態素のことです。英語の文章の中にsが単独で出てくることはありませんよね。
ene [𒂊𒉈]
[編集]シュメール語でも同じです。単語を複数形にするには接尾辞として.ene [𒂊𒉈]を用います。eneの前にある妙な点は、形態素(接辞や単語のような言語の最小単位)の区切りを示すための印です。語幹と接辞を明確にわけることで解読が簡単になるのです。というわけでšeš.ene [𒋀𒂊𒉈]は「兄弟たち」と訳せることになります。
eneを使った名詞句
[編集]複数形の単語については簡単でしたね! でも「母と子」のような複合語の複数形についてはどうでしょうか? 英語ではmothers and childrenのようにそれぞれの語を複数形にしますが、シュメール語では二つの語をひとかたまりにして全体を複数形にします。
nin šeš [𒊩𒆪𒋀] 姉妹と兄弟
は
[nin šeš].ene [𒊩𒆪𒋀𒂊𒉈] 姉妹たちと兄弟たち となるのです。
我らが小さき友達.eneはどこにあったでしょうか。繰り返しますと、それぞれの名詞に付け加えるのではなく、二つの名詞にまとめてつけるのです。
雑談
[編集]さて、このnin šeš ene [𒊩𒆪𒋀𒂊𒉈]は二様に解釈できます。「姉妹と兄弟たち」、あるいは「姉妹たちと兄弟たち」。すこし曖昧ですね。 いくつかの標準規約では上の例にもあるように修飾される側の語をカギカッコ([])でくくって示すことになっています。上の例では接辞(.ene)は二つの語(nin šeš)を修飾していることになります。
とっても簡単ですね! 英語や日本語ともそんなには変わらないのではないでしょうか。
さて、シュメール語での複数形の表現は実は他にもあるのですが、とりあえずは今覚えた接辞をつけたものをみていくとしましょう。
[Thomsen §69, Edzard §5.3.1] - these bibliography references will occur throughout this text, and refer to ML Thomsen's "The Sumerian Language" and D O Edzard's "Sumerian Grammar", respectively.
例題
[編集]これらの単語を覚えていますか?
- nin.ene [𒊩𒆪𒂊𒉈]
- lugal.ene [𒈗𒂊𒉈]
- nin šeš.ene [𒊩𒆪𒋀𒂊𒉈]
- [nin šeš].ene [𒊩𒆪𒋀𒂊𒉈]
せっかくなので日本語からのシュメール語訳もやってみましょう。
- 王
- 王と女王
- 王たちと女王たち
歴史
[編集]シュメールの歴史についても少しずつ書いていくことにしましょう。とはいえシュメール史にはそれほど自信があるわけではないので、もしメソポタミアの歴史家がいらっしゃったら、ご遠慮無くどうぞ!
シュメール語は現代のイラク、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた肥沃な三日月地帯と呼ばれる地域(メソポタミア)で話され、書かれた言葉です。話言葉としては衰退してからもずっと長い間書かれ続けました。シュメール人の滅亡後も、この地域の支配者(アッカド民族)がこの地の文書のリンガ・フランカ(共通語)として何世紀もの間用い続けたからです。
「シュメール」という名前はセム語族のアッカド民族がシュメール文明の衰退後に名付けて使っていたものです。シュメール人は彼ら自身のことをuĝ saĝ'giga" [𒌦𒊕𒈪𒂵](黒き頭の民)と呼び、彼らの土地をki'en'gir" [𒆠𒂗𒂠](シュメール語を話すものの土地)と呼んでいました。
言語学的背景
[編集]シュメール語の単語について、私達の言語にはないいくつかの概念に注意してください。例えば、シュメール語の単語は「生物」と「非生物」に分かれます。(実際には動物も「非生物」に分類されるのでこの呼び方も正しくはないのですが)
いずれであってもフレーズの意味に実質的に影響を与えるわけではありませんが、曖昧さの回避や文法上の冗長性に寄与します。