シュメール語/文法入門/格体系

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格体系[編集]

前提[編集]

初歩の初歩:とはなんでしょうか? 簡単に言えば、格とは文中の要素間の関係を修飾する手段のことです。例えば次の英語の文章を見てみましょう。

(1) I chastised them for her.
私は彼女のために彼らを叱った。

ここには3つの代名詞があります。一人称・単数・主格のI、三人称・複数・対格のthem、三人称・単数・女性・与格のherです。もしこの一人称の主格と3人称複数の対格を交換したとして、次のように読むことはできません。

(2a) * Them chastised I for her.
彼らを彼女のために私は叱った。(訳注:日本語だと読めてしまいますね)

次のようにすると意味が通ります。

(2b) They chastised me for her.
彼らは彼女のために私を叱った。

(2a)の前にあるアスタリスク' * ' は言語学者が「この構文は誤り」とか「こういう風に書かれることはない」というときに使う印です。

英語話者にとっては英語でどんなときに(それぞれの主語や目的語に応じて)Imeを使い分けるかは自明なことですが、他の言語であっても、扱われる方法は違っても概念は同じです。言語はその構成要素が文中でどんな役割を持つかを区別する何らかの方法を必要とするのです。

シュメール語では状況は実に簡単です。個々の人称や格ごとに違った単語を学ぶのではなく、一つきりの語幹に接尾辞をつけるだけなのです。

例えばシュメール語で「子供」とか「息子」を意味する単語dumuを見てみましょう。もしこれに.irをつければ与格になり、 dumu.irは「息子に」の意味になります。

(dumu.irの中にあるドットについて不思議に思うかもしれませんが、これは言語学者が論理的な区切りをわかりやすくするために便宜的につけているもので、実際の言語の読み書きには登場しません。)

シュメール語にも英語と同様いくつか特有の傾向があります。実際にはdumu.irとは書かれず、dumu.rとなります。格小詞の先頭に位置する母音やいくつかの子音は消失することがあるのです。小詞(particle)はここでは接尾辞と同義ですが、一般的には語幹に付随する、それ自体で単語を構成することはない小さな語片を指します。 

例題[編集]

The quick brown fox jumped over the lazy dog

という文において主語となる節と目的語になる節を見つけてください。


シュメール語の格[編集]

このテーマについてはまだ学術的な議論の余地があるのですが、ここでは確立済みの格とその機能のリストを示し、詳しく見ていきます。

10の格について述べますが、覚える必要はありません。必要なときに対処しましょう。

.ak 属格 genitive 所有・所属を示す Xの
.e 能格 ergative 動作主(agent)を示す Xは
絶対格 absolutive 被動者(patient)を示す Xを
.a 処格 locative 場所(location) を示す Xで
.ir 与格 dative 間接目的語(beneficiary)を示す Xに
.da 共格 comitative Xと
.ta 奪格-具格 ablative-instrumental 起点・分離を示す Xから
.še 向格 terminative 動作の向かう方向を示す Xへ'
.gin 様格 equative Xのように
.e directive / 位格-終止格 locative-terminative 近傍を示す Xの近くに


属格:「XのY」といった関係を示すために使います。これは多くの言語で多面的な機能をもちます。詳しくは下を参照してください。

処格:神殿が「街に」建設された。というように、文中の話題が特定の場所に紐付けられていることを示します。

与格:間接目的語を示します。この神殿を「君のために」作ったよのようにです。詳しくは下を参照してください。

絶対格:能格の被動者を示します。自動詞文の主語で、他動詞文の目的語にあたります。

能格:能格の動作主に使います。他動詞文の主語で、行為を実行する者です。

共格:「XとY」、や「XとYの間で」のような意味です。

奪格-具格:動作を行っているところから離れる動きか、または動作に伴う感情や道具を示します。

向格: ある場所への動き、または動作の目標や到達点を示します。

位格-終止格:「近くの」や「近くにいる」という関係を表現する(無生物(inanimate)なものに対してのみ使用できる。例えばiri.eは「都市の近くで」を意味する)

様格:比較のために使用され、大まかな意味としては「のような」や「と同様に」となる。直喩や暗喩、また文字通りの比較を構成することもある

例題[編集]

上の表を使ってそれぞれの名詞句の格を識別してみよう。名詞の意味を知らなくても格を知ることはできます。翻訳にあたってはとても便利な特徴です。

  • kurkur.e
  • bad.še
  • bad Urim.ak

格の詳細[編集]

シュメール語の格を理解することはとても重要なことです。これなしでは、前置詞なしで英語を読解するようなものです。意味が失われてしまいます。

まずは最初の二つを学びましょう。つまり属格と与格です。残りの部分も後で取り上げますが、もし気になるならここで見ても構いません。

まとめ[編集]

属格:.ak 所有を示したり、「XのY」といった関係性を示す

与格: .ir 行為の影響を受けるものを示す

格体系の例題[編集]

語彙[編集]

  1. lugal = 王, 主, 長
  2. nin = 女王, 女性
  3. e = 家, 神殿
  4. dumu = 子, 息子
  5. Uruk = メソポタミアの主要都市ウルク

問題[編集]

日本語に翻訳しましょう

  1. lugal Unuk.ak
  2. nin.ir
  3. e lugal.ak
  4. dumu nin.ak.ir

シュメール語に翻訳してください

  1. 王の息子
  2. ウルクの女王のために
  3. ウルクの子供


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