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中学校社会 公民/平等権

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
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平等権 とは

自由権だけがあっても生まれによる差別があっては、民主主義は達成できません。 もし、生まれによって、法律にしたがわなくてよい人がいては、法治主義は崩壊し、憲法や法律による民主主義は、機能しません。

また、性別を基準としての、不合理な差別があっても、民主主義は達成できません。第二次大戦後の日本では、参政権と公職選挙法によって、男女とも18歳以上の選挙権を認めていますが、日本国憲法では、さらに踏みこんで、性別による差別を許さないというような主張を憲法14条などで決めています。

このように、人間は、生れながらにして、誰もが個人としての尊厳を保障されなければなりません。

そこで、日本国憲法では、人はだれもが、法の下(もと)に平等であることを確認しています(いわゆる「法の下の平等」(ほうのもとのびょうどう). ※「下」の漢字に注意、「元」(×)ではない)。


もちろん、子どもといえども基本的人権があります。子どもにも生命の権利はあり、子どもの生命をうばう事は、許されません。このように、子どもといえども基本的人権の例外ではありません。

しかし、子どもは飲酒・喫煙の制限を受けるなど、さまざまな制限を受けます。このような子どもへの制限は、法律的に許されます。

また、学力試験や適性試験などの成績・得点によって、公立学校などへの進学先が変わってきたりすることは、認められています(※ 帝国書院 の見解)。そのかわり、公的機関への進学先・就職先などを決める試験の機会は、日本国民なら、だれもが生れながら均等に与えられていなければなりません。

つまり、「平等」といっても、専門知識、知力・体力などの能力のちがいによって、就職先がちがったり、進路がちがうことを認めないという意味ではありません。(「つくる会」の見解。検定合格する見解でもある)

また、職場の上司と部下とのあいだの、仕事中の上下関係をみとめないという意味での平等ではありません。(「つくる会」の見解。検定合格する見解でもある)

憲法が保障する平等とは、おもに、法は、だれに対してでも強制力をもつという意味の、法の下の平等(ほうのもとのびょうどう)のことです。

男女の平等

たとえば、男女において、就職や進学の機会や、義務教育の内容が、もし仮に、特別な理由(健康上の理由など)もないのに、機会が大きくちがっているとしたら、きっと、平等に反する行為でしょう。(※ 実際には、女子校などもあるので、ややこしいが。なので、ときどき、国公立の女子大のあつかいで、男性からの裁判も起きている。)

労働についての法律においては、男女雇用機会均等法(だんじょこようきかい きんとうほう)が定められています。97年の均等法の改正により、募集や採用において、男女で賃金や採用条件などの格差をもうけることは、差別とされ、許されなくなりました。

家庭においても、夫婦間の家庭内暴力(かていない ぼうりょく、ドメスティック・バイオレンス、DV)は、許されません。夫から妻への暴力がゆるされないだけでなく、妻から夫への暴力も許されません。

日本国憲法では、結婚は、結婚をしようとする両性双方の合意だけが必要であり、夫婦どうしの結婚の機会は、対等です。


身分のない、平等

なお、大日本帝国憲法の時代にあった華族(かぞく)や貴族(きぞく)などの制度は、日本国憲法では認められていません。つまり、第二次世界大戦後の日本には、法律のさだめている貴族や華族はいません。

民族、人種の平等

アイヌ民族などにも、差別があってはいけません。

また、黒人などに、肌のいろを理由とした差別があってはいけません。

在日外国人への差別もあってはいけません。今これらの人達に対する就職や結婚などでの差別がなくなっていません。人権保障を推進していくことが今後求められます。

外国人について

外国人に対しては、その外国が、日本と国交のある外国なら、どこの国籍の外国人でも、原則として、外国人としての等しい扱いを受けるべきでしょう。

なお、「日本国」は、韓国とは国交があり、北朝鮮とは国交がありません。

また、韓国・北朝鮮のある朝鮮半島は、第二次世界大戦に日本が敗戦する前までは、日本国の植民地であり、事実上の日本領土であったので、単に不法入国した人もいるでしょう。そういう場合は、不法入国扱いは好ましくないと思われます。

また、出かせぎ労働などで、日本に来ている在日ブラジル人や在日中国人などは、不法入国でないとすれば、正式な法手続きをふまえて来日してるわけですから、権利は、それなりに保障されなければなりません。

たとえば、外国人の子どもの教育などでも、日本の公立の小中学校に進学してる場合は、教育の機会を保障するために、特別な配慮をすべきだろうと、現状では考えられています。

障害者への平等

最低限度の生活の保障をしている社会権(しゃかいけん)とも関わることなのですが、身体障害などの障害者であっても、義務教育を受ける権利は、保障されなければなりません。たとえば、学校の検定教科書には、視力がよわい人のために、とくべつに文字の大きい教科書も、存在しています。

また、公共機関は、車イス利用者などの身体障害者でも利用できるように、なるべく、入り口にはスロープ(ゆるやかな坂)などをつけるべきだとされています(いわゆる「バリアフリー」)。

もし、その公共施設の建築構造上の理由で、どうしても車イス利用などのためのスロープを追加することが困難な場合には、その施設の人が介助者となって、入場などを手伝う必要があるでしょう。

「差別かどうか?」の問題

※ 帝国書院などで記述があります。

本ページ上記では、説明を簡単にするために、法律的に明確に禁じられている差別や、あるいは政府などがその分野における差別を規制しようとしている事柄(ことがら)を中心にあつかってきました。

ですが、実際には、ある対応が、法律で許されないような「不合理な差別」に当たるかどうかを決めることは、社会には多様な意見があるので、なかなか容易なことではありません。

また、たとえば障がい者であっても、たとえば平等な機会にもとづく選抜試験の結果、障がい者の成績が悪かったとして、その成績の悪さを理由として選抜されずに、好成績の者よりも不利な状況になることもあるのは、程度の問題もありますが、日本では現状、それは差別ではありません(※ 帝国書院の見解)。

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