民法第186条
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条文[編集]
- 第186条
- 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
- 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。
解説[編集]
概要[編集]
占有や占有の態様を要件とする法律行為の成立を容易にするための規定であると言える。第186条1項は占有の状況に関する証明責任を、占有者から相手方に転換する事をその内容とする条文である。第186条2項はある二つの時点での占有を立証すると、その二時点間の占有継続の証明責任を相手方に転換する事をその内容とする条文である。
詳細[編集]
本来、ある法律行為の効果の適用を望む場合、その法律行為の適用によって利益を受けるものが証明責任を負うのが原則である(法律要件分類説(または規範説))。しかし、そのような原則を貫くと、証明責任を課された事実の立証が困難を極める場合には、民法が想定した法律行為が真に適用されるべき場合にも、適用されず意味をなさないものになる恐れがある。また、その結果その法律行為の適用によって救済を予定していたものを保護できないという矛盾が生まれる事になる。このような事が予見しえる場合、民法は推定規定を設けており、証明責任を予め相手方に転換する法技術を採用している。第186条1項及び2項もそのような推定規定の一種であり、占有を要件とする法律行為(即時取得や時効取得)が要求する占有の態様に関する要件を緩和し、それを以って、これらの法律要件の成立を容易にする役割を担っている。さて、時効取得や即時取得などの適用を望む場合、各固有の要件の他に、占有の態様に関する要件として以下のものを要する。
- 所有の意思をもった占有である事(自主占有)
- 平穏
- 公然
- 善意
- 無過失
上記の要件のうち、1~4まではその立証に非常に手間がかかる為、第186条1項はこの証明責任を転換し時効取得や即時取得の適用を容易にするようにしたものである。更に、時効取得の場合、上記の占有の態様に関する要件とは別個に善意占有なら10年、悪意占有なら20年の占有継続を立証しないといけないが、この立証は容易ではない。すべての時点においての占有を立証するのは事実上不可能だからである。そのため、民法はここでも占有者の証明責任を緩和し、第186条2項によって占有者の証明をニ時点のみに抑え、時効取得の成立を容易にしている。
ここで、取得時効に関する民法第162条1項の条文上は、所有意思・平穏公然が時効取得という法律効果の発生要件に読めるが、実際には、186条1項により、所有意思のないこと・凶暴隠秘が時効取得の発生の障害要件であり、186条1項の要件は162条1項と合わせて解釈するための暫定真実(ざんていしんじつ)だといわれている。つまり、162条1項の法律効果を主張する者は、原則通りなら、主要事実として20年の経過、所有意思・平穏公然の立証責任を負うが、所有意思・平穏公然は占有の被推定事実なので、実際には(推定原因事実として)20年間の占有を立証すればよい。この所有意思・平穏公然が暫定真実である。
論点[編集]
判例や学説がこの条文で論点としている部分は以下のようなものがある。矢印の後は判例の立場、
- 186条1項の推定は、この条文によって無過失まで推定されるか。⇒推定されない。
- 186条1項の推定は、他主占有である場合、及び自主占有者がなし得ない行動を取った時にまで及ぶか。⇒及ばない。
- 186条1項の自主占有の推定推定は、相続を185条の新権原として自主占有を開始する場合にまで及ぶか。⇒及ばない。
- 186条1項の自主占有の推定は、解除条件付売買契約に基づく買主の占有において、解除条件が成立すると当然に及ばなくなるか。⇒当然に及ばないわけではない。
参照条文[編集]
判例[編集]
- 土地所有権移転登記手続 (最高裁判例 昭和58年3月24日)民法第162条,民訴法185条
- 土地所有権移転登記手続 (最高裁判例 昭和60年3月28日)民法第127条2項,民法第162条
- 土地所有権移転登記、土地持分移転登記 (最高裁判例 平成7年12月15日) 民法第162条
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