コンテンツにスキップ

ガイウス・ユリウス・カエサルの著作/古代ローマの攻城兵器

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
古代ローマ軍の攻城兵器Roman siege engines )の例。
中央に土塁アッゲルRAMP )と障壁車プルテウス、右上に攻城櫓TOWER )、右下に工兵小屋ウィネアGALLERY )、左上に亀甲車テストゥドTESTUDO )、下方に弩砲バリスタBALLISTA )、投石機オナゲルONAGER )、 投石機カタプルタCATAPULT )が見える。
ローマ軍による攻囲戦のジオラマ(アウァリクム攻囲戦)。
城壁に向かって上り坂の土塁が築かれ、その周囲に屋根でおおわれた細長い歩廊が平行して延びている。城壁の手前には攻城櫓工兵小屋などが見える。
古代ローマ軍の攻城兵器Roman siege engines )の例。


おもなローマ軍の攻城兵器[編集]

agger[編集]

la:Agger, en:Agger, fr:Agger
城壁(図中の左端)を攻略するために築かれた土塁アッゲル の復元画。左上には、両軍の攻城櫓トゥッリスが描かれている。
ローマ軍による攻囲戦のジオラマ(再掲)。
城壁に向かって上り坂の土塁アッゲルが築かれ、城壁の手前には攻城櫓トゥッリス工兵小屋ウィネアなどが見える。

vallum[編集]

en:Vallum

Turris[編集]

Siege tower[編集]

la:Belfredus, en:Siege tower, fr:Tour de siège, 攻城塔

pluteus[編集]

wikt:en:pluteus, wikt:fr:pluteus
障壁車の復元画。
障壁車の復元例。


aries (battering ram)[編集]

en:Battering ram, fr:Bélier, 破城槌; c: Category:Battering rams
ローマ軍の破城槌の復元画の例。
ローマ軍の破城槌の復元画の例。
破城槌による城壁への攻撃の再現画。

falx muralis (siege hook)[編集]

 
Siege hook(破城鉤) とは、攻城戦において、城壁を崩すための兵器。まず城壁に突っ込んで貫通させ、次に引き抜いて、石をき出して城壁の一部を崩す。ギリシア人史家ポリュビオスは著書『歴史』の中で、執政官マールクス・フルウィウス率いるローマ人がギリシア人の植民市アンブラキアを攻囲したときに(BC189年)このような兵器を使用したことについて言及している。「執政官マールクス・フルウィウスに攻囲されたアイトーリア人は、勇敢に抗戦した。(中略)破城槌が勢いよく城壁を打ち壊し、鉄の鎌を持った長い棒が城壁を引き裂いた。(以下略)」
 Falx muralis(破城の鎌)は、ローマ人が攻城戦のときに、城壁を破壊するために用いたも。長い棒の先端に、三日月状に湾曲した鉄を付けたものである[1][2]


falx navalis[編集]

 falx nāvālis(海事の鎌)は、長い棒に鋭い刃物を付けたもので、敵の艦船のや綱を切るために用いることができる。この兵器と使用法については、カエサルが『ガリア戦記』の中で、周知の「破城の鎌」にふれて説明している(『ガリア戦記』第3巻14節[1][2]

破城鎌/破城鉤(Siege hook)の復元画の例
宋代の戦術書『武經總要Wujing Zongyao に記載された攻城兵器 Hungry falcon cart
 上記の Siege hook も同様のものと考えられている。
鎌を持つダキア人(右上)と闘うローマ軍団兵(左)のレリーフ
対ダキア戦勝を記念した、トラヤヌスの戦勝記念碑 Tropaeum Traiani、現ルーマニア コンスタンツァ県アダムクリシ Adamclisi
ダキアの鎌(falx dācica)の復元画。
対ダキア戦争でこの鋭利な武器を知ったローマ人は、攻城兵器として取り入れたとされている。

vinea[編集]

vinea の復元画。敵の矢玉などから身を守りながら城壁に近づくために用いられたと考えられている。
これもウィネアの類いの描写と思われる。

testudo (1)[編集]

w:nl:Testudo (belegeringswerktuig)(ノルウェー語)
三種類の testudo の復元画。
(上段) Testudo Simplex
(中段) Testudo Rostrata
(下段) Testudo Arietaria。城壁・城門を突き破るための破城槌aries)を防護するものと考えられる。
testudo の復元画。

testudoまたはvineaを復元したものと思われる。

testudo (2)[編集]

la:Testudo, en:Testudo formation ;
c:Category:Testudo formations
トラヤヌス帝の記念柱(2世紀、ローマ)に見られる、城壁を攻めるテストゥド(亀甲形密集陣形)。
17世紀のボヘミア出身の画家 Wenceslaus Hollar による testudo(亀甲形密集陣形) の想像画。
テストゥド(亀甲形密集陣形)の再演。
テストゥド(亀甲形密集陣形)の再演。

ballista & scorpio[編集]

ballista[編集]

en:Ballista
c:Category:Ballista

scorpio[編集]

en:Scorpio, fr:Scorpion


onager[編集]

en:onager

catapulta[編集]

la:Catapulta, en:Catapult, fr:Catapulte, カタパルト (投石機)


古代ローマの工兵[編集]

  • faber(複数形:fabrī ファブリー): ラテン語で「職人、工兵」。
    近代的な意味での「工兵」(Sapper )は17世紀のフランスで創始されたとされるが、
    古代ローマ軍における技術者の軍人も「工兵」と訳される。
     
     初期のローマの軍隊におけるファブリー(fabrī)は武具の職人のことで、工兵監督(praefectus fabrum)によって指揮されていた。
     下って、カエサルの時代には、専任の工兵はいなかったが、熟練の職人的な技術を持つ軍団兵が工兵として選り抜かれていたらしい。軍隊の野営地であるカストラ (陣営)を建設するときや、攻城戦の兵器を建造するときには、工兵が建設の責任者となって、軍団兵たち(武器とともにシャベルを携帯して従軍していた)を建設に従事させた。[3][4]
 
  • praefectus fabrum [5][6][7] :工兵監督(工兵指揮官、技師長)
     
     工兵監督(praefectus fabrum)は、初期のローマ軍において工兵の指揮官だった。
     共和制末期のカエサルの時代には、工兵監督は軍隊の公式な役職ではなく、軍司令官の軍事顧問に過ぎなかったと考えられている。[3][4]
     『ガリア戦記』には記述がないが、ガッリアでの戦争の前期(BC58~55年頃)において、カエサルと個人的に親交の深かったルーキウス・コルネーリウス・バルブスLūcius Cornēlius Balbus )やマームッラMāmurra )らが工兵監督を務めていたことが知られている。
     続編の『内乱記』第1巻24節では、ポンペイウスの工兵監督について言及がある。

脚注[編集]

  1. ^ 1.0 1.1 w:de:Falx#Römische_Waffen (ドイツ語記事)を参照。
  2. ^ 2.0 2.1 w:nl:Falx#Romeinse falx (オランダ語記事)を参照。
  3. ^ 3.0 3.1 Fabri | Oxford Classical Dictionary
  4. ^ 4.0 4.1 w:en:Roman military engineering
  5. ^ wikt:en:praefectus fabrum
  6. ^ w:it:Praefectus fabrum
  7. ^ w:de:Praefectus fabrum

関連記事[編集]

Commons
ウィキメディア・コモンズに、Ancient Roman weaponsに関連するマルチメディアがあります。
Commons
ウィキメディア・コモンズに、Siege equipmentに関連するマルチメディアがあります。