刑事訴訟法第89条
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条文
[編集](必要的保釈)
- 第89条
- 保釈の請求があったときは次の場合を除いては、これを許さなければならない。
- 被告人が死刑又は無期若しくは短期1年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したものであるとき。
- 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期10年を超える拘禁刑に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
- 被告人が常習として長期3年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したものであるとき。
- 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
- 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
- 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
改正経緯
[編集]以下のとおり改正。2025年6月1日施行。
- (改正前)懲役若しくは禁錮
- (改正後)拘禁刑
解説
[編集]本条の趣旨は、適法な保釈の請求があったときは、本条各号所定の事由がある場合を除き、必ず保釈を許さなければならないとして、必要的保釈を認めた規定である。保釈取消し後の再保釈の請求についても、本条が適用される。
禁固以上の刑に処する判決があった後は、必要的保釈が認められない。なお、本条各号所定の事由が存する場合あっても、裁量により保釈が許されることもある。
除いてはの除外事由について、各号所定の事由があるときは、必要的保釈は認められないという意味である。単なる逃亡のおそれは、必要的保釈の除外事由とされていない(1号などは逃亡のおそれなどは、極めて大きい典型例であるため、除外理由となっているとも言われている)。また、単なる再犯のおそれについても同様であると解されている。
1号規定の当たる罪とは、法定刑を基準にして当たるかどうかが定まる。幇助犯の場合も正犯の法定刑を基準とする(大阪高等裁判所判決、平成2年7月30日高集43巻2号96頁)。なお、短期1年以上の拘禁刑のほか選択型として罰金刑が法定されている罪も1号所定の罪にあたる(最高裁判所決定昭和59年12月10日)。
1号規定の罪を犯したものであるときとは、一定以上の重さの罪を犯したもので、現にそのような罪の訴因によって起訴されていることを意味する。訴因が予備的または択一的に記載されている(刑訴法第256条5項)ときは、そのどれかが右の罪にあたるものであればよい。訴因変更(刑訴法312条)があったときは、新訴因が基準になる。この場合、厳密には、裁判所の訴因変更許可がなければ新訴因にならないが、公訴事実の同一性があって当然に変更を許可すべき事例では、検察官から変更請求のあった時点で、新訴因を基準にして半断することができると解する。本条の場合にも、いわゆる事件単位の原則が機能すると解すべきである。即ち、1号または3号所定の罪にあたる訴因と勾留の基礎となっている罪との間の事実の同一性が必要である。したがって、例えば、強盗致傷罪と恐喝罪で起訴されているが、勾留の基礎となっているのは恐喝罪だけであるというような場合は、1号に該当しないことになる。このことは、上記の両者が併合審理されていても同様であると解する(ただし仙台高等裁判所決定昭和40年9月25日下集7巻9号1804頁は、併合審理中の他の罪も考慮に入れることができるとしている)。もし被告人の拘束を必要とするのであれば、別に強盗致傷罪について新たな勾留状を発付することになろう。
2号規定の前にとは、保釈許諾の裁判をする時点より前ということである。
2号規定の当たる罪については、1号規定の当たる罪部分と同旨。
2号規定の有罪の宣告を受けたことがあるときとは、判決の確定を要せず、単に宣告があればよいという意味である。刑のいかんを問わないから、執行猶予付きの判決でも、刑の免除の判決でもよい。ただし、第一審で有罪の宣告があっても、上訴審で変更されたときは、本号の適用はなくなる。また、刑の消滅、恩赦の場合も同様であり、執行猶予期間を経過した場合も、本号の適用がないとした広島高裁判所決定昭和47年1月7日判例時報673号95頁の判例もある。
3号規定の常習としてとは、現に起訴されている罪(勾留の基礎となっている罪)について、常習性をいう。その罪について、常習性が犯罪の構成要件となっている場合でなく、広く一般に、その罪が常習として行われた場合を含むものである。そして常習性は、諸般の事情から認められればよく、前科の有無を問わない。また、構成要件が異なる犯罪を考慮して常習性があると判断してもよいとした高裁判例(福岡高等裁判所決定昭和41年4月28日下集8巻4号610頁)もある。
3号規定の当たる罪についても、1号2号規定の当たる罪部分と同旨。
3号規定の罪を犯したものであるときについては、1号規定の罪を犯したものであるときと同旨。
4号規定の罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときとは、刑訴法第60条1項2号のそれと理論的な意義では差異はない。しかし、具体的な判断方法は、それぞれの手段段階の特質を反映したものとなる。起訴前においては、事案の真相解明、起訴、不起訴の決定のために証拠を収集保全するという流動的な性格を帯びていることを前提として行われ、一般的には証拠の収集が進むにつれて、そのおそれは減少していくといえることである。次に、起訴後は、手続きの進行によって影響受けることになる。例えば、公判が始まり、被告人が冒頭手続きで公訴事実を認め、検察官請求証拠の全てに同意し、その取り調べを終えるに至ったときは、罪証隠滅のおそれは減少したとみられる場合が多いことである。すなわち、保釈されやすいということである。なお、公判前整理手続が行われた事件においては、同手続により整理された争点と、立証の予定を前提として、被告人を保釈した場合、なお客観的に罪証隠滅行為の余地があるか、被告人に主観的な罪証隠滅の意図が認められるかなどを具体的に検討することになる。罪証隠滅のおそれの有無は、訴因を基準として判断すべきであり、訴因変更があったときは、新訴因が基準になるが、当然にその変更を許可すべき事例では、検察官から変更請求があった時点で新訴因を基準にして判断することができると解する。(岡山地方裁判所決定昭和47年8月10日刑裁月報4巻8号1511頁)また、本号の場合も、訴因と勾留の基礎となっている罪とのあいだの事実の同一性が必要であると解される。したがって、例えば、勾留状が発付されていない訴因に関してのみ、罪証隠滅のおそれがあるというの場合は、本号に該当しない。ただし、例えば、Aの事実で勾留し、これに、常習一罪の関係にあるB事実を加えて起訴したような場合にB事実に関して罪障隠滅のおそれがあれば、A事実に関して、おそれがなくても本号に該当する。
参照条文
[編集]判例
[編集]- 職業安定法違反被告事件についてした保釈却下決定に対する抗告棄却決定に対する特別抗告(最高裁判所決定昭和59年12月10日集38巻12号3021頁)
- 短期1年以上の懲役刑のほか選択刑として罰金刑が法定されている罪と刑訴法89条1号
- 短期1年以上の懲役刑のほか選択刑として罰金刑が法定されている罪に係る事件の被告人について、地方裁判所に公訴が提起されたときは、刑訴法89条1号の適用がある。
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