刑法第108条
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条文
[編集](現住建造物等放火)
- 第108条
- 放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑に処する。
改正経緯
[編集]2022年、以下のとおり改正(施行日2025年6月1日)。
- (改正前)懲役
- (改正後)拘禁刑
解説
[編集]客体
[編集]以下の物に放火することにより成立する抽象的危険犯である。
- 現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物
- 建造物 - 第260条に共通
- 家屋またはこれに類似する建築物であって、屋根を有し、壁面または柱によって支持され、土地に定着し、少なくともその内部に人が出入りできるもの。
- 現に人が住居に使用し
- 現に人がいる
- 「人」居住していない建造物(学校や企業の事務所、倉庫など)に放火の際「人」が居合わせること。行為者に「人」がいることの故意を要する。
- 建造物 - 第260条に共通
- 現に人がいる汽車・電車
- 現に人がいる艦船
- 現に人がいる鉱坑
故意
[編集]- 客体が現に「人が住居に使用する」建造物であるまたは「人がいる」非居住建造物、汽車・電車、艦船もしくは鉱坑であることを認識し、火を放ってそれを焼燬する認識・認容。火が燃え移って隣家が火災にあうことを認識・認容していた場合も故意があるとされる(判例)。
実行の着手と既遂時期
[編集]実行の着手
[編集]「放火して」
- 目的物に火が燃え移る可能性が物理的に明白な状態において、放火用材料(ライター、マッチなど)に点火した時。
- 例. 可燃物を積んだり、ガソリン・灯油を撒いてそれに火をつけようとライターなどを着火した時(準備だけなら予備にとどまる)。
- 自然に発火して、導火材料をへて目的物に火力を及ぼす装置(自動発火装置)を設けた時。
- 不作為犯の場合、行為者の意思によらず発火が生じ容易に消し止められる状態にあったのに、その場を立ち去った時。
既遂時期
[編集]「焼損した」
- 既遂の時期につき諸説あるが、判例は「火が放火の媒介物を離れて客体に燃え移り、独立して燃焼する状態に達したことをいう」とし独立燃焼説に立つとされる。
罪数
[編集]- 放火罪は公共危険罪であるから、1個または数個の行為で現住建造物に放火した場合でも生じた公共の危険が1個と判断される場合は包括して本罪1罪が成立する。また1個または数個の行為で現住建造物等のほかに非現住建造物等を焼損しした場合のように、1個の効果行為によって処罰規定を異にする数個の異なった目的物を焼損した時は包括的に観察し、その最も重い処罰規定に該当する目的物を焼損した罪で処断される(判例1、判例2)。
- 放火の結果発生した建造物等一切の器物の損壊(第40章 毀棄及び隠匿の罪)は勿論、火災によって発生した人の致死傷についても個別に評価することなく放火の罪のみにより評価する。通説では放火と致死傷の観念的競合とされているが、判例は包括一罪と解しているようにも見える。
参照条文
[編集]判例
[編集]- 大審院明治42年11月19日判決 刑録15-1645
- 大審院大正2年12月24日判決 刑録19-1517
- 大審院第一刑事部大正7年3月15日判決
- 放火罪は公共的法益に属する静謐を侵害する行為なりと雖も其半面に於ては個人の財産的法益を侵害する行為なるを以て各別に1人若くは数人の所有に属する数箇の家屋に放火し之を焼燬したるときは単一の公共的法益を侵害するに止まるときと雖も同時に数箇の財産的法益を侵害したるものに外ならされは犯罪の箇数は数箇なりとす
- 苟も放火の所為か一定の目的物上に行はれ導火材料を離れ独立して燃焼作用を営み得へき状態に在るときは公共の静謐に対する危険は既に発生せるを以て縦令其目的物をして全然其効用を喪失せしむるにおよはさるも刑法に所謂焼燬の結果を生し放火の既遂状態に達したるものとす
- 大審院昭和2年4月20日判決 刑集6-158
- 大審院昭和8年9月27日判決 刑集12-1661
- 放火、詐欺、横領(最高裁判所第二小法廷判決昭和32年6月21日)
- 刑法第108条にいう「人」の意義
- 刑法第108条にいう「人」とは、犯人以外の者を指称する。
- 犯人のみが現住する建造物への放火は、刑法第109条の「非現住建造物等放火」となる。
- 放火(最高裁判所第三小法廷判決昭和33年9月9日)
- 不作為による放火罪の成立する事例
- 自己の過失により事務室内の炭火が机に引火し、燃焼しはじめているのを仮睡から醒めて発見した者が、そのまま放置すれば右事務所を焼燬するに至ることを認識しながら、自己の失策の発覚をおそれる等のため、右結果の発生を認容して何らの措置をすることなくその場から逃げ去つたときは、不作為による放火の責任を負うべきである。
- 爆発物取締罰則違反、傷害、現住建造物等放火被告事件(東京高等裁判所判決昭和63年4月19日)
- 現住建造物に当たるとされた事例
- 平安神宮の祭具庫等と人の現在しあるいは現に人の住居に使用する同神宮の社務所等とは、同神宮社殿の配置、構造、材質、各建物部分の接続状況等判示の事情に照らし、一体のものとして、全体が刑法108条所定の現住建造物に当たる。
- 現住建造物等放火(最高裁判所第二小法廷決定平成元年7月7日)
- エレベーターのかごの側壁の一部を燃焼した行為につき現住建造物等放火罪が成立するとされた事例
- 現住建造物等放火、詐欺未遂(最高裁判所第二小法廷決定平成9年10月21日)
- 競売手続の妨害目的で従業員を交替で泊まり込ませていた家屋につき放火前に右従業員を旅行に連れ出していても刑法(平成7年法律第91号による改正前のもの)108条にいう「現ニ人ノ居住ニ使用」する建造物に当たるとされた事例
- 競売手続の妨害目的で自己の経営する会社の従業員を交替で泊まり込ませていた家屋につき放火を実行する前に右従業員らを旅行に連れ出していても、同家屋に日常生活上必要な設備、備品があり、従業員らが犯行前の約1箇月半の間に十数回交替で宿泊し、旅行から帰れば再び交替で宿泊するものと認識していたなど判示の事実関係の下においては、右家屋は、刑法(平成7年法律第91号による改正前のもの)108条にいう「現ニ人ノ居住ニ使用」する建造物に当たる。
- 本件家屋は、人の起居の場所として日常使用されていたものであり、右旅行中の本件犯行時においても、その使用形態に変更はなかったものと認められる。
- 現住建造物等放火被告事件(最高裁判所第三小法廷決定平成29年12月19日)
- 現住建造物等放火罪に該当する行為により生じた人の死傷結果を量刑上考慮することの可否
- 現住建造物等放火罪に該当する行為により生じた人の死傷結果を,その法定刑の枠内で,量刑上考慮することは許される。
- →現住建造物等放火に伴う死傷については、本来的一罪として現住建造物等放火罪に包含されているものであり、同罪の量刑において別に訴因として当該死傷を明示する必要はない。
- 放火罪は,火力によって不特定又は多数の者の生命,身体及び財産に対する危険を惹起することを内容とする罪であり,人の死傷結果は,それ自体犯罪の構成要件要素とはされていないものの,上記危険の内容として本来想定されている範囲に含まれるものである。とりわけ現住建造物等放火罪においては,現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物,汽車,電車,艦船又は鉱坑を客体とするものであるから,類型的に人が死傷する結果が発生する相当程度の蓋然性があるといえるところ,その法定刑が死刑を含む重いものとされており,上記危険が現実に人が死傷する結果として生じた場合について,他により重く処罰する特別な犯罪類型が設けられていないことからすれば,同罪の量刑において,かかる人の死傷結果を考慮することは,法律上当然に予定されているものと解される。(原控訴審判断維持)
- (原控訴審:東京高裁判決平成27年12月15日より)
- 現住建造物等放火罪については、その対象が人の現在する建物等であり、犯罪の性質上、人の死傷結果の発生が高く想定されること、法定刑自体が死刑を含む重いものとなっていること等からしても、当該犯罪によって人の死傷結果が発生した場合に、特別の犯罪類型によらなくとも、現住建造物等放火罪の法定刑の枠内で人の死傷の結果を評価した適切な科刑をできることを前提として、往来妨害罪等の各罪とは異なり、特別の犯罪類型を設けなかったものとみるのが相当である。したがって、刑法108条は、現住建造物等放火罪を犯し、その結果、人の死傷の結果が生じた場合には、同罪の法定刑の枠内で、人の死傷結果を評価した量刑がなされることを予定しているものと解される。
- (原控訴審:東京高裁判決平成27年12月15日より)
- 放火罪は,火力によって不特定又は多数の者の生命,身体及び財産に対する危険を惹起することを内容とする罪であり,人の死傷結果は,それ自体犯罪の構成要件要素とはされていないものの,上記危険の内容として本来想定されている範囲に含まれるものである。とりわけ現住建造物等放火罪においては,現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物,汽車,電車,艦船又は鉱坑を客体とするものであるから,類型的に人が死傷する結果が発生する相当程度の蓋然性があるといえるところ,その法定刑が死刑を含む重いものとされており,上記危険が現実に人が死傷する結果として生じた場合について,他により重く処罰する特別な犯罪類型が設けられていないことからすれば,同罪の量刑において,かかる人の死傷結果を考慮することは,法律上当然に予定されているものと解される。(原控訴審判断維持)
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