高等学校政治経済/政治/国際政治

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

冷戦[編集]

第二次世界大戦後、東ヨーロッパ諸国の多くにはソ連が進駐し、まもなく東ヨーロッパに社会主義国が多く誕生した。

アメリカ・イギリスは、このような東ヨーロッパの状況を、ソ連の侵略としてとらえて警戒した。この米ソの対立を冷戦という。また、イギリスの前首相チャーチルは冷戦について、1946年、ソ連が「鉄のカーテン」を降ろしてヨーロッパを分断しているとして、ソ連を批判した。

アメリカは1947年に共産主義国を封じ込める目的でトルーマン-ドクトリンを発表した。 また、西側諸国を経済援助する計画のマーシャル-プランを発表し実施した。

さらに、英米仏を中心とする西側諸国の軍事同盟的な国際機構として、北大西洋条約機構NATO、「ナトー」と読む)を設立した。

いっぽう、ソ連は対抗して、ワルシャワ条約機構(WTO)やコミンフォルムコメコン(COMECON)などを設立した

1962年にキューバ危機

1960年になると、社会主義どうしでも、ソ連と中国は国境紛争などで対立した。

1991年、ソ連は崩壊し、冷戦は終了した。

核問題と核軍縮[編集]

核問題[編集]

核問題・軍縮問題の動き
1945年 アメリカ、広島と長崎に原爆を投下
1949年 ソ連、原爆実験
1949年 英、原爆実験。米、水爆実験
1954年 アメリカ、ビキニ環礁で水爆実験、
「第五福竜丸」が被ばく
1955年 ラッセル=アインシュタイン宣言
第一回原水爆禁止世界大会が日本で開催
1960年 フランス、原爆実験
1963年 部分的核実験禁止条約(PTBT)を米英ソが調印
1964年 中国、原爆実験
1968年 米英ソが核拡散防止条約NPT)に調印
1972年 米ソ、戦略兵器削減条約(SALT I)に調印
1978年 第一回国連軍縮特別総会
1979年 米ソ、戦略兵器削減条約(SALT II)に調印
1987年 米ソ、中距離核戦力全廃条約に調印
1991年 米ソ、戦略兵器削減条約(START I)に調印
1993年 米ロ、戦略兵器削減条約(START II)に調印
多国間で化学兵器禁止条約
1996年 国連総会、包括的核実験禁止条約(CTBT)を採択
1997年 国連、対人地雷全面禁止条約を採択
1998年 インド・パキスタン、核実験
2004年 米ロ、戦略攻撃兵器削減条約に調印
2008年 クラスター爆弾禁止条約
2009年 クラスター爆弾禁止条約を日本などが調印
2004年 米ロ、新戦略攻撃兵器削減条約に調印

冷戦中の米ソは核兵器を増やした。

米ソは核兵器の保有を正当化するため、核兵器を持つことで、核兵器を持たない他国などは核保有国からの報復を恐れるので、戦争を防止できるという核抑止論(かく よくしろん)を主張した(いわゆる「恐怖の均衡」。※ 検定教科書でも「恐怖の均衡」の用語は紹介されている。山川出版などで)。しかし、この核抑止論は、米ソの核兵器の軍拡競争を引き起こすことになった。

なお、米ソはこのような軍拡競争により、冷戦の末期には軍事費の財政負担が大きくなっていった。


さて、冷戦期には、米ソなどで核軍拡が進んだが、それらを批判する核軍縮の世論も国際的に高まった。 1950年代、科学者のアインシュタインたちは、原子力の平和利用および核兵器の廃絶などを訴えるラッセル・アインシュタイン宣言を出した。 この宣言を受け、科学者たちによって、反・核兵器を訴えるパグウォッシュ会議が結成された。

1954年に第五福竜丸がアメリカの水爆実験で被爆(ビキニ事件)。


1968年には核兵器拡散防止条約(NPT、Treaty of the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)が調印され締結した。NPTにより現在、アメリカ・イギリス・ソ連・フランス・中国の5カ国以外は、核兵器を持たないことになっている。当初のNPTは、フランスや中国が、米ソ中心の条約だとして反発していたが1992年にフランスと中国はNPTに加盟した。

現在(2015年に記述)、インド・パキスタン・イスラエルは、NPTを締結していない。

(※ 範囲外: ) 核拡散防止条約では、米ロなど核保有国による核兵器の製造は禁止されていない(※ 2009年センター倫理に出題)。

1974年にインドが核実験。1998年にパキスタンが核実験。イスラエルには核保有の疑いがある(※ 検定教科書でも、そういう見解)。北朝鮮が2006年に核実験。

核管理や軍縮など[編集]

1963年にはアメリカ・ソ連・イギリスの3カ国が部分的核実験禁止条約PTBT、Partial Test Ban Treaty)に調印。地下核実験を除く、大気圏内、大気圏外、および水中での核実験をPTBTは禁止した。


日本国内で一般的に「核保有国」と言う場合、原子力発電の保有国ではなく、核兵器の保有国を指す。
日本には原子力発電が多くあるので(2015年の現在、原発が停止中であるが)、核物質を保有していることになるが、日本のことは「核保有国」とは言わないのが、一般的である。

非・核保有国に対して、国際社会が原子力発電などのような原子力の平和利用を認める条件として、核物質の軍事転用を防止するために、国際機関による査察として、国際原子力機関IAEA、International Atomic Energy Agency)による査察の制度が導入された。

また、1970年代に米ソのあいだで、軍備管理の戦略兵器制限交渉SALT、読み:ソルト、Strategy Arms Limitation Talks)が進められた。SALTは、兵器の数を制限したり、兵器の運搬手段を限定したするものであり、けっして核廃棄を目的としてはいない。

このSALTのような、軍備の廃棄や削減を目的としていない場合、「軍備管理」といい、軍縮とは区別するのが一般的な用法である(※ 検定教科書では、そうしている)。

なお、SALTは2回あり、SALT 1 が1969〜72年、SALT 2 が1972〜79年である。

80年代に入り、米ソのあいだでも核軍縮が進む。 1987年にアメリカとソ連のあいだで中距離核戦力全廃条約(INF全廃条約)が調印された。(※ 時事: 2019年2月、今後、ロシアがINF全廃条約から離脱するかもしれない。)

冷戦終了後の90年代には米ソ(米ロ)のあいだで戦略兵器削減条約(START、読み:スタート,Strategic Arms Reduction Treatys)が調印された。

なお、1995年に、核拡散防止条約(NPT)が無期限延長された。

地下核実験については1996年に包括的核実験禁止条約CTBT)は国連で採択されたが、未発効である。 インド・パキスタン・北朝鮮はCTBTに未署名。アメリカ・中国・イスラエル・イランなどはCTBTに未批准。

なお、核爆発をともなわない未臨界(臨界前)核実験は、CTBTでの禁止の対象外といわれている。

核兵器以外にも、国際的に禁止・規制されている兵器がある。 細菌兵器などの生物兵器や、毒ガスなどの化学兵器が、1928年のジュネーブ条約で禁止されていた。 これらの生物化学兵器の禁止の条約を発展させたものとして、1975年に生物兵器禁止条約が発効し、1993年には化学兵器禁止条約が採択された。

近年では、1999年に対人地雷禁止条約オタワ条約)が発効し、2010年にはクラスター爆弾禁止条約が発効した。

なお、クラスター爆弾(the cluster bomb [1][2])とは、小さな子爆弾がいくつも入った親容器を投下するという方式の兵器である。クラスター爆弾は不発弾が出来やすく、また広範囲に被害が及ぶので、使用が問題視されていた。


1990年代には戦略兵器削減条約(START、Starategic Arms Reduction Treaty)が制定。2010年にはアメリカとロシアの間で新START条約が調印され2011年に発効した。

アメリカ・中国・日本などが、北朝鮮の核実験やミサイル発射を問題視し、2003年には六カ国協議が開かれ、参加国として米国・ロシア・中国・韓国・日本・北朝鮮の6カ国の代表者が協議したが、とくに進展しなかった。

非核地帯[編集]

いくつかの国で、非核地帯をも受けようという動きもある。ラテンアメリカのトラテルコ条約(1967年)、東南アジアASEANの東南アジア非核地帯条約(調印1995年、発効1997年)などがある。(東南アジア非核地帯条約の通称は「バンコク条約」)


(※ 東南アジア非核地帯条約についてはセンター試験(2018年度)で問われた。 日本周辺地域のことだし、加盟国も多く、勉強しないワケにもいかないから、日本人は覚えるしかない。)

東南アジア非核地帯条約では、核実験を禁止している。東南アジア非核地帯条約には、ASEANの全10か国( インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジア)が加盟している。

ラテンアメリカ、南太平洋、アフリカ、東南アジアに、非核地帯が広がっている。

現代の国際政治[編集]

PKO[編集]

停戦監視団、選挙監視団。平和維持軍(PKF)などが派遣されている。

国連憲章で定められている「国連軍」とは、PKFは別の組織。

国連憲章にもとづく正式な国連軍は、まだ一度も編成されていない。朝鮮戦争のときのアメリカ軍を中心とした「国連軍」は、国連憲章で定められた「国連軍」編成の正式な手続きには基づいていない。よって、国連憲章にもとづく正式な国連軍は、まだ一度も編成されていない。


※ 日本では、慣習的に、PKFのことを「国連軍」という場合がある。テレビのニュース番組などでもPKFのことを「国連軍」という場合もある。

国際連合と国際機構[編集]

※ 未記述


その他、紛争や時事[編集]

中東および北アフリカでは2011年にチェニジアやエジプトやリビアで長期独裁政権が倒れ、「アラブの春」といわれた。しかしシリアは内戦におちいった(多数の死者が出て、「春」とは到底言いがたい)。

イラクやアフガニスタンでは、イスラーム過激派勢力が台頭する傾向にある。イラクやシリアなどで台頭しているイスラム過激勢力が、この数年後から「イスラーム国」(IS)を名乗っており、彼らは自分たちを宗教「国家」だと自称している。


アメリカは(中東よりも)東アジアへの関与を強めようとしている傾向である。(第一学習社『世界史A』の見解。「中東よりも」とは言ってないが、東アジアとは言ってるので。アメリカ国の予算や兵員にも限りがあるので、相対的に中東への関与はうすまることになる。)

※ 東シナ海や南シナ海の近隣で軍事的に台頭をつづけている中国に対抗した措置であろう。(第一学習社『世界史B』でも、米国の話のあと、いきなり中国の南シナ海などでの軍事的な台頭の話をしている。検定教科書では言及してないが、国際政治評論では上記のような背景がある。)
※ 2003年のイラク戦争については、中学などで解説済みなので省略する。その他、パレスチナ問題については高等学校地理B/地誌_西アジア#パレスチナ問題

2014年、ロシアによるクリミア併合により、NATO諸国とロシアとの対立が深まった(実教出版の2022年時点での旧課程「政治経済」の見解)。 なおロシアは、2008年にもグルジア(ジョージア)に侵攻している。

2014年のクリミア併合の背景としては、ロシアがNATOやEUの東欧への拡大をおそれており、前々からNATOなどの東欧への拡大にロシアが反発していた。(※ 第一学習社『世界史A』が紹介。)


(※ 将来の記述の準備: )2022年、ロシアがウクライナに攻め込んで、・・・(将来の教科書が出てから書く)


「人間の安全保障」などの、従来の軍事に片寄った安全保障とは違った新しい概念の提唱など、学問は発達した。しかし実際の紛争やら深刻な人権侵害などが起きた際の問題解決のための枠組み作りは、(国連なども放置はしてないが、しかし)なかなか進んでいないのが現状である。(※ 第一学習社『世界史A』の見解をもとに、wiki側でやや補足) 

このため、おそらくだが2010~20年代の国際秩序は、第二次大戦直後・冷戦的な古い秩序から新しい国際システムへの移行期にあるのだろうと考えられる。(※ 第一学習社の『世界史A』時代の見解をもとに、後知恵だが2022年のウクライナ戦争など後世の知見を合わせて本文を書いている。)

日本の防衛と安全保障[編集]

日本の防衛と安全保障[編集]

日本は、武器輸出三原則として、自国の武器輸出に規制をしていたが、2014年に安部政権によって一部を改正した「防衛装備移転装備三原則」になった。この武器輸出三原則および防衛移転装備三原則は、非核三原則とは別の規制である。

思いやり予算」によって、1970年代から、在日米軍の費用の一部を日本が肩代わりしている。日米安保条約では、「思いやり予算」は義務づけられていない。

1987年まで、防衛費の年間予算をGNPの1%をこえないとする、GNP1%枠があった。1987年の中曽根内閣が1%枠を撤廃。


冷戦の終結して、日米安保の役割りが見直され、1996年には日米安保共同宣言が出された。

2001年にはアメリカで同時多発テロが起きたことをきっかけに、日本ではテロ対策特別措置法(2001年成立、2007年失効)が制定された。

2003年にはイラク復興支援特別措置法(2003年成立、2009年失効)が制定され、自衛隊がイラクの復興支援のため、イラクに派遣された。

外国から日本が武力攻撃を受けた場合の「有事」(ゆうじ)の対応を定めた法律として、2003年に有事関連3法が制定され、2004年に有事関連7法が制定された。

2009年には、ソマリア沖での海賊の攻撃による被害から船舶を護衛するために自衛隊を派遣するため、海賊対処法が制定され、自衛隊が派遣された。

なお、2007年に防衛庁(ぼうえいちょう)が防衛省(ぼうえいしょう)に昇格した。

2014年、安部政権は防衛移転装備三原則を閣議決定により定めた。


沖縄の基地問題[編集]

在日米軍基地の総面積の75%は沖縄県にある。沖縄県民の意見には、県内の米軍基地の縮小や県外移設などを求める声が強く、沖縄の負担を減らすために日米地位協定の見直しを求めている。


  • 普天間基地の移設問題

日本の外交問題[編集]

戦後補償について[編集]

第二次世界大戦の戦時中に日本による侵略などによって被害を与えられたとされる韓国や中国・東南アジア諸国などへの賠償について、日本政府はサンフランシスコ条約や二国間条約(日韓基本条約など)などで賠償済みだという立場をとっているが、その日本の解釈を批判する外国があり、おもに韓国などの世論が、日本国を批判している。韓国の世論は、戦時中の日本が朝鮮人に与えたとされる「被害」について、日本に謝罪や賠償を要求している。

労働者の「強制」動員問題[編集]

戦時中、朝鮮半島などの労働者(男も含む)が、戦時中に日本に強制的に移住させられて(たとえば炭鉱など)働かされたが、韓国などはこれが人権侵害であるとして問題だと主張している。

これを、近年のマスコミ報道などでは「徴用工」問題という(2022年に本文を記述)。過去、これを「強制連行」問題とも言った。(※ 2022年、報道された教科書写真では、まだ用語の名前が決まっていないようである。)

※ 2022年度の教科書検定の前から、この問題は紹介されている。

※ ただし、自民党政権は、「強制連行」という表現をあまり好んでおらず、2021年4月には「徴用」・「動員」などが適切だという閣議決定を(自民党は)出している。

※ 思うに、「強制連行」という言い方だと、慰安婦の強制連行説との区別がつかなくて紛らわしいので、「徴用工」のほうが正確とは思う。実際、2022年度の教科書検定では「強制的に動員」という東京書籍の修正後の表現が検定を通過している。慰安婦は、べつに日本で働いたわけではないので、徴用工とは(似ている点もあるが)別問題なので。


慰安婦問題[編集]

日韓の賠償問題には慰安婦(いあんふ、いあんぷ)問題という外交問題がある。「従軍慰安婦」(じゅうぐん いあんぷ/いあんふ)問題ともいう。

慰安婦問題とは、どういう問題かというと、戦時中に日本軍などは戦場ちかくの基地などで兵士の性欲処理のための売春婦を雇っていたのだが、韓国の世論などが言うには、この朝鮮人婦女が日本軍によって強制連行され奴隷的に性行為をされたのではないか、という韓国の疑念があり、韓国の世論などが、朝鮮人の慰安婦は強制連行された性奴隷(せいどれい、英:sex slave)だと主張している。

※ 2010年台、自民党政権は「従軍慰安婦」ではなく「慰安婦」という表記を推奨しているが、しかし教科書検定では「慰安婦」の用語と紹介した上で、補助的に「従軍慰安婦」という表現を使った教科書が検定を通過している。

戦時中、朝鮮半島や台湾は日本領だったので、日本人の売春婦と同様に、朝鮮人や台湾人の慰安婦も存在しているというわけである。

よく慰安婦の「強制連行」の話題を韓国などは主張するが、しかし歴史学では今のところ、軍や官憲による慰安婦の強制連行を立証できるような証拠は見つかっていない(※ 近年の教科書検定では、こういう検定意見がついている。2019年に本文を追記)。

しかし、過去に政権与党である自民党は、1993年に「河野談話」(こうのだんわ)によって、慰安婦が慰安所で働かされたことをお詫びするような文面の声明を出している。(※ 2022年度の教科書検定で、河野談話を紹介した教科書が検定を通ったことが報道されている。)なお、当時の河野洋平 内閣官房長官の発表した談話であるので「河野談話」という。


日韓基本条約などで日本の賠償をしないことが決まったことと慰安婦問題の兼ね合いについて、この賠償放棄とは日韓両政府の国家間の賠償のみに限定するべきだという主張が内外の一部にあり、日本国から被害を受けたとされる韓国人個人への賠償としての個人補償(こじんほしょう)、または当時関わった日本企業などから韓国人個人への個人補償を求める意見がある。

韓国の世論は、韓国政府には個人補償の費用を請求せず、日本の政府が補償の費用を払うべきだと主張している。

(※ 範囲外? :) 2015年の日韓合意で慰安婦問題について日本の外務大臣は、戦時中の慰安所の「軍の関与」について「お詫びと反省の気持ち」を表明した。 しかし強制連行については、日本政府は(日本が慰安婦を強制連行したとは)認めていない。


最低限のビジネス常識などを知ってから戦後補償を議論しよう

慰安婦など戦後補償の議論では、議論している人のビジネス知識レベルが子供レベルだったり民間企業での経験のない人だったりして、しばしばピント外れの「議論」(とはいえないタワゴト)が出てきたりします。

また、軍事知識が皆無でピント外れな場合もあります。

最低限のビジネス知識および軍事知識は勉強しておきましょう。


  • 「従軍」と「軍属」

「従軍」という言葉は、慰安婦のほかにも「従軍記者」とか「従軍看護婦」とかで近現代で普通に使われます。一方、「軍医」はふつうは従軍医者とは言いません。

「従軍慰安婦」という用語を問題視している側は、「従軍慰安婦」という言葉は軍隊に所属しているという誤解を与えると言っていた論者もいるのですが、しかし軍隊に所属することを表す用語として「軍属」(ぐんぞく)という別の用語が昔から普通にあります。

「従軍」という言葉が、軍隊所属だという誤解を与えるうんぬんという批判は、やや無理があるかもしれません。

なお、日本語では従軍記者も従軍看護婦も同じ「従軍」○○ですが、英語ではまったく違います。従軍記者は英語で War correspondent または embed [3]ですし、従軍看護婦は Military nurse です。

このように、日本語と英語の単語の構造は一致しません。

韓国系の団体がかつて「Battle Filed Comfort Woman」という表現を用いていたようであり[4]、直訳すると「戦場慰安婦」ですが、これが日本の「従軍慰安婦」に対応すると思われますが、しかし欧米では、このような言い方は普及していません(たとえばネット検索で「Battle Filed Comfort Woman」を調べても、全然出てきません)。

なので、少なくとも「国際的な表現に従って『従軍慰安婦』と呼ぶべき」という主張はピントはずれです。


普段から軍隊勤めしている軍医には、「少佐」やら「少尉」などの階級が与えられるのが普通なので軍属ですがが、果たして看護婦まで階級があるかどうか。しかも、戦時中に一時的に動員された看護婦なら、なおさら。

アニメとかでも「軍属」という言葉は普通に出てきます。1990年代のテレビアニメでロボットアニメとかああいうのを視聴すれば、普通に「軍属」という言葉は出てきたと思います。実際、90年代のロボットアニメ『機動戦艦ナデシコ』で「軍属」という言葉が普通に出てきたのですが、なのに2000年以降の大人のくせに「軍属」という言葉も知らないで「従軍」の言葉の是非を言うのは、アニメ視聴者の小学生よりも馬鹿っぽくて恥ずかしいでしょう。けっして読者の高校生はそのような恥ずかしい大人になってはいけません。


  • 「出入り業者」

さて、普通にビジネス用語で「出入り業者」(でいり ぎょうしゃ)という言葉があります。

現代の学校にも、たとえば食堂などに食材を届ける業者とかがいるわけです。そういうのを「出入り業者」といいます。

別に、学校の出入り業者は、教職員ではありません。

学校の食堂に食材を届ける出入り業者のことをもし「学校教師」とか言ったら、単なる世間知らずの馬鹿です。


一般企業でも、いわゆる「清掃のおばちゃん」とかああいうのは、そういう清掃業を専門とする出入り業者を外注している場合もあります。


さて、小中学校では毎年学校で4月に教科書を受け取るので、学校まで教科書を配達している出入り業者がいるはずです。彼らは配達会社または地元の教科書取次店(認可された書店などが兼ねる)の従業員などであり、学校教員ではありません。

もし学校教師が印刷所から学校まで配達していると思ったら、単なる馬鹿です。「出入り業者」という用語くらい、知っておいてください。


果たして慰安婦を経営していた慰安所が出入り業者かどうか知りませんが、もし読者が「出入り業者」程度のビジネス用語も知らないで、軍隊の仕事のあり方を議論してたら、単なる馬鹿です。大学教授やら高校教師にも、この程度の語彙もない世間知らずの人が、教育活動をしているかもしれません。

軍隊が慰安所の経営に「関与」していたとありますが、もしかしたら出入りを許可する程度の関与しか確認できてないのかもしれません。出入りの許認可だって関与ですので。現代でも、たとえば学校への出入り業者の出入りに、学校の教職員などの担当者は関与しています。出入り業者側で人権侵害の疑惑があった場合、どの程度、発注元である側に責任があるのか、それは個々の案件に寄るので一概に言えないでしょう。


たとえば、あなたが通信販売で何かを購入した際、その配達会社で賃金不払いやら強制労働なので人権侵害があったとしても、通信販売で代金を払って購入した客の側が責任を負わせられるのはピント外れです。ただし、共犯などの証拠があれば別ですが。

なので、共犯の証拠があるのか否か、その証拠の証明責任をどちらの側に要求すべきか、ます議論すべきはそういう事でしょう。


  • 「徴用」と「強制連行」

徴兵制のある国では普通、徴兵は義務制なので強制です。なので、「徴」という用語そのものに「強制的な」というニュアンスがあります。

現代でも税金の「徴税」という言葉がありますが、税法によって税金は強制的に払わされます。

なので、「徴用」も同じく、それ自体に強制的だというニュアンスのある言葉です。

「強制連行」→「徴用」の言い換えの是非はともかく、その言い換えを批判して「強制のニュアンスがうすまる」とか言っている人がネットには少なからずいますが、しかし「徴兵」や「徴税」が強制的であることを知らないかそこまで頭の回らない人ですので、放置しましょう。


英語では、「強制連行」に該当する一言の単語は存在しないようです。[5]

たとえばwiki英語版を見れば、「強制労働」(Forced labour)や「人身売買」(Trafficking)などで表現する場合もあります。

このような状況ですので、「国際的な表現に従って『○○』(「強制連行」または「徴用」が入る)と呼ぶべきだ」みたいな主張はピント外れでしょう。


  • 「強制的な移住」など

軍隊で徴兵・徴用で動員された人は普通、仕事先が遠隔地の場合、強制的に移住させられます。

たとえば日中戦争で徴兵された日本人は、実家が日本列島にあっても、しかし戦地の中国の近くで宿営するわけですので、本人は一時的ですが移住するわけです。当然です。

どうやって日本国内から中国まで毎日通勤するのか?

現代でも、世間知らずの論者には、単身赴任のサラリーマンとかを馬鹿にしているのか、そこまで頭の回らないのか、そういう稚拙(ちせつ)な議論が、しばしばネットなどで見られます。

なので兵士として「動員」された人などは、しばし家族や実家から別れるわけです。

なので、戦争が終わったら、生き残った兵士などは、実家に帰るわけです。このように、戦後に動員された人が実家など帰ることを「復員」(復員)といいます。

「徴用工」の議論をするなら、せめて最低限、「復員」とかの用語や仕組みを知ってから議論しましょう。


もし徴用工が戦後にも実家のある朝鮮半島に復員できなかったり、もしくは戦時中での労働現場での労働の実態が一般日本人と比べて過酷だったり、あるいは「朝鮮文化を朝鮮半島から消去する」などの意図をもって日本が全朝鮮人を朝鮮半島以外に移住させたりしたら、それは人権侵害かもしれませんが。

しかし「移住の強制だけで人権侵害」という主張は無理筋です。もし移住が人権侵害なら、戦時中でも徴兵された兵士は宿営地に移住させられるわけですし、戦後でも道路工事などで工事地の近隣住民に立ち退き要求したりしたら人権侵害になるわけですが。

テレビ番組の落語番組「笑点」の座布団運びの「山田君」(という芸人)は住んでた場所が道路工事などの立ち退き要求をうけて何度か補償金をもらった経験があるらしいのですが、しかし彼が戦後昭和で強制連行の人権侵害を受けたという主張が無理なのと同様でしょう。


'

実は学問的には、2019年の文科省検定官の指摘を待つまでもなく、既に1990年代の後半の時点で、「従軍慰安婦は強制連行だった」という学説を主張していた歴史学者の吉見義明が、テレビ朝日の討論番組『朝まで生テレビ』において、吉見が強制連行の証拠を提示できていない事を反対派の教育学者で歴史教育家の藤岡信勝らに指摘されており、藤岡のその指摘を認めざるを得なかった(つまり、「強制連行が確実にあった」とする直接的な証拠は無いという事を、吉見自身がテレビ放映の場で認めた事がある)。なので吉見のテレビ出演のこれ以降、歴史学の問題としては、ほぼ慰安婦問題は実はカタがついている。強制連行だという証拠を提示できなかったので、吉見たちの支持者は論説を変更し、今までの主張を直接的な「強制連行」という『狭義の強制連行』論として撤回し(「狭義」とは「狭い意味」という意味)、戦時中の当時の時代背景などを考えて「募集の仕方が形骸化していて強制性があったのでは?」というような「広義の強制連行』論に朝生テレビ以降は主張を変更したという経緯がある。

※ なお、後述する「吉田証言」の吉田氏と吉見教授は、まったくの別人である。(名前が似ているので混同しやすい。)


近年(2015年に記述)、日本のメディアで、朝日新聞が強制連行の「証言」として紹介していた「吉田証言」が、裏付け取材の乏しいデマだという事が分かり、マスコミで話題になった。このことから、入試には、あまり慰安婦問題の「証拠」の細かいことは出ないだろう。もし吉田証言が入試に出たら、出題した大学の知性が疑われるだろう。

歴史史料

歴史史料としては、当時の日中双方の資料のほかにも、アメリカ軍による史料もある。そのアメリカ軍の史料ですら、どうも「日本軍が慰安婦を強制連行をした」という説は、筋が悪いことが、歴史研究で色々と分かっている。(だから吉見教授なども、広義の強制連行論にシフトせざるを得なかったわけである。)

なお、戦時中の当時のアメリカは当然、日本の敵国である。敵国なので、アメリカ軍は日本の占領後などに、各地の慰安婦に聞き取り調査を行い、記録資料を残している。もし日本が強制連行のような悪辣な事を組織的に行って居れば、アメリカ軍が史料として記録に残す可能性が高いと考えられるわけである。しかし、そういう強制連行の記録が、アメリカ側の記録史料を見ても、全く見つからない。

中高の教科書の状況

2022年以降、山川出版社が中学教科書に参入するようで、それには「従軍慰安婦」の記述もある。なお、その山川の中学教科書には、単に女性が集められて「慰安婦」とされた、というような事しか書いてない。実はこれ、あながち間違っていない。一部のサギ業者が、「売春施設」という名前だと若い子が集まらないので、「工場労働の仕事です」とかのウソをついて女性を集めて(「挺身隊」(ていしんたい)などの実在した別施設の名前を騙って集めたと言われている)、日本の慰安所に売り飛ばした、という事が分かっており、日本側の史料も残っている(日本の軍政による、サギ業者に対する取り締まりの史料として、そういった史料がいくつか残っている)。こういった現象もあるので、なので吉見教授らのいう「広義の強制連行」のような強制性があった、という主張も、あながち無理ではないかもしれない、という側面もある。

なお、「挺身隊」(ていしんたい)という部署は実在し、各地の女性労働者が集められて実際に工場労働などをしていた。戦争により男性労働者が不足したので、代わりに女性を工場などの労働者として募集するという時代背景が当時あったのである。


慰安所に売られた少女はかわいそうであるが、しかし程度の差はあれ、いつの時代に望まない仕事につかざるを得ない人々も居るので、難しい問題ではある。(たとえば、サギ業者によって集められて慰安所に売り飛ばされた少女は、おそらく実家が貧乏で親の借金のカタにされるなどしてサギ業者に売り飛ばされたあとに転売先として慰安所に売られたので、もし少女が売り飛ばされなければ、餓死にしていたか、慰安所よりも更に待遇の劣悪な民間の別の売春施設に売り飛ばされてしまっているかもしれない、という可能性すらある事も考えればならないだろう。) ※ 90年代後半の当時、藤岡らの一派が、そういう「親の借金のカタとして売られた子もいるのでは?」論みたいな主張をしている。

もし「そもそも売春施設で女性を働かせる事自体が悪であり人権侵害」とか言うなら、当時各国で売春は合法化されていたし、現代でも欧米の各国にポルノ女優とかいるわけで、「では、ポルノ産業で働いている彼女らの存在は悪なのか? ポルノ女優などに対する職業差別では?」とか「現代のポルノ女優などの営業の権利はどうなる?」とかいう倫理問題や権利問題にも繋がり、現実世界の物事はそう単純ではない。(※ 90年代後半の当時から、藤岡らの一派が、そういう主張をしている。)


「慰安婦」問題に限ったことではないが、歴史として語られる古い時代の物事の善悪を、けっして現代の倫理だけを基準にして考えてはならない。これは、山川出版の参考書『詳説 日本史研究』で、(特に「慰安婦」問題には言及していないが)主著者の五味文彦教授なども遅くとも1990年代後半から、前書きでそう言われていた。

小中学校などの公教育では、子供にとっての理解しやすさなどの諸般の事情により、歴史を道徳などと絡めて説明する事も多々あるが、しかし学問的には、そういった現代倫理と歴史を混同する態度は実はあまり望ましくない。

たとえば「戦争は悪。ヒトラーや南京大虐殺みたいなもんだ。証拠に日本軍は戦争でよく中国や韓国に迷惑をかけた」とか仮説を言うなら、「中国だって、三国志みたいに戦争しているじゃないか? しかも蜀の劉備は『道徳的な君主』だとして現代中国人から英雄視されているぞ。」とか「李氏朝鮮の海軍の英雄、李舜臣は?」とか、いくらでも反論が出てくる。

高校生に、こういった複雑な問題を教えるわけにはいかないから、教育的な事情で手短かに「『従軍慰安婦』と言うものあった。朝鮮や台湾などの女性が強制連行されたという。」と手短かに紹介せざるも止むを得ない。山川出版も他の教科書会社も、そういった色々な背景を分かっていて、あえて短く紹介しているのである。

教育カリキュラムの変遷

なお、1990年代の時点から中学教科書には従軍慰安婦の記述が存在した。その後、「性に多感な中学生の時代に、売春施設の歴史を教えたりするのはマズイのでは?」とか「資料集に史料として提示されている画像に、SM画などのポルノ画などが混ざるのは教育的にマズイのでは?」いう教育的配慮の必要性が議論され、そのためか西暦2000年以降、「従軍慰安婦」の記述は(義務教育ではない)高校課程に移動になった経緯がある。けっして、2020年代になって山川出版がいきなり慰安婦の記述を中学教科書で始めたわけではないので、勘違いしないように。

こういう教育史の背景事情があるので、なので山川の中学教科書の慰安婦の記述をみても単に「女性が朝鮮・台湾・フィリピンなどの各地から集められた。」といった漠然とした事しか書いてないわけであろう。もし慰安所に集めて何をしていたか書いてしまうと、中学課程では上記の教育的配慮の問題に差し障り(さしさわり)があるので。

なお、山川出版よりも前に、「学び舎」(まなびしゃ)という新興の教科書出版社が、2010年台後半から中学歴史の検定教科書を出しており、その検定教科書に「慰安婦」の記述がある。

なお、創氏改正や皇民化政策などの記述は、90年代以前から引き続き、2000年以降もずっと中高の教科書にある。(べつに、2020年代に追加されたわけではないので、誤解ないように。)

  1. ^ 『ジーニアス英和辞典 第4版』、大修館書店、第3刷発行 2008年4月1日、P.372、 cluster の項目
  2. ^ 『グランドセンチュリー英和辞典 第4版』、三省堂、第3刷発行 2017年1月10日 第1刷発行、P.284、 cluster の項目
  3. ^ ターゲット編集部・宇佐美光昭・浦田文夫『英単語ターゲット1900 [6訂版]』旺文社、2021年 重版発行、P.444
  4. ^ 木村幹『英語メディアの慰安婦報道とその傾向:90 年代初頭の報道を中心に』2015.7
  5. ^ 『強制連行って英語でなんて言うの?』、2019/11/13 08:43 ※ ただしリンク先は歴史問題ではなく「警察に強制連行」という英会話での文脈。