不法領得の意思
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不法領得の意思
[編集]領得罪を成立させるため、必要とされる主観的要件。ドイツ刑法学において、Zueignungsabsichtとして発展した概念をうけいれたもの。
他人物を領得する際に、領得後に、領得物をどのように取り扱う動機であったのかにより領得罪を成立させるか否かのメルクマールとなる。例えば、嫌がらせの目的で被害者の所有物を自らの支配下に置いて破壊した場合と、支配下に置かず破壊した場合において、その本質には変わりがないが、「自らの支配下に置く」という行為が加えられたことで、罪状が全く異なる。このように、領得罪の成立について、動機を評価する概念である。記述されざる構成要件要素の一つとされる。
定義
[編集]判例
[編集]- 権利者を排除し他人のものを自己の所有物と同様に(支配意思)、その経済的用法に従いこれを利用し又は処分する(用益意思)意思をいい、自己が利得し或いは経済的利益を保持する意思までは必要としない(大審院大正4年5月21日判決。教育勅語事件)。
- 同判決は、窃盗罪の故意を犯罪構成要件の事実に付き認識があるだけでなく、不法領得の意思を必要とするとして、不法領得の意思を窃盗罪の故意の1要素と位置づけた。
- 「支配意思」は、自己の所有物として自己の便益に利すると言う主観的側面よりも、「(正当な)権利者を排除している」と言う客観的側面が強い。
- 「用益意思」についても、必ずしも「経済的用法」を限定的に解釈していない。
- 判示において「窃取」とある文言には不法領得の意思をもつてなされたとの趣旨を当然含んでいる(最高裁昭和30年9月27日判決)。
学説
[編集]- 通説:判例と同じ。
- 支配意思説:その財物につき自ら所有者として振舞う意思。(小野、団藤、福田)
- 用益意思説:物の用法に従って利用する意思。(江家、芝原)
- 不法領得意思不要説(牧野、木村、大塚、中、内田)
機能
[編集]- 犯罪個別化機能:「毀棄・隠匿の目的で財物奪取が行われた場合」
- 毀棄・隠匿罪と領得罪を区別
- 可罰範囲確定機能:「所有者に返還する意思を持って財物奪取が行われた場合」
- 使用窃盗罪等と窃盗罪等を区別。日本の法律において、使用窃盗は類型化されていないため、使用窃盗が成立するとすれば不可罰となる。
学説との関係
[編集]- 判例・通説:両機能を目的。
- 支配意思説:「犯罪個別化機能」を否定。毀棄・隠匿の目的で財物奪取が行われた場合であっても領得罪が成立する。
- 用益意思説:「可罰範囲確定機能」を否定。一時使用の目的で財物奪取が行われた場合であっても領得罪が成立する。
- 不法領得意思不要説:両機能を否定。
適用に関する判例
[編集]適用を認める例
[編集]- 最高裁判決昭和24年03月08日
- 横領罪の成立に必要な不法領得の意思の意義
- 横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいうのであつて必ずしも占有者が自己の利益取得を意図することを必要とするものではなく、又占有者において不法に処分したものを後日に補填する意思が行為当時にあつたからとて横領罪の成立を妨げるものではない。
- 最高裁判決昭和25年11月15日
- 労働者が生産管理中の工場から争議期間中の賃金支払にあてる目的をもつて工場資材を工場外に搬出した行為と窃盗罪の成立
- 論旨は、原判決が、本件鉄板は会社の占有を完全に離脱したものではないので被告人等が壇にこれを工場外に搬出した行為は会社の所持を奪つたものであり、窃盗の罪責を免れない、と判示したことを非難し生産管理の下においては占有の所持は労働者側にあり、会社は観念上間接占有を有するに過ぎないから、所持の奪取即ち窃盗はあり得ない。被告人等には占有奪取の意思もなく、不正領得の意思もなかつたと主張する。しかし労働者側がいわゆる生産管理開始のとき工場、設備、資材等をその占有下においたのは違法の占有であり、判示鉄板についてもそのとき会社側の占有に対して占有の侵奪があつたというべきであるが、原判決はこれを工場外に搬出したとき不法領得の実現行為があつたものと認定したものである。これを証拠に照らし合わせて考えてみても、被告人等が争議期間中の労働者の賃金支払等に充てるために売却する目的を以て、会社側の許可なくしてこれを工場外に運び出し、自己の事実上の支配内に收めた行為は、正に不法領得の意思を以て会社の所持を奪つたものというべきであつて、原判決が窃盗罪にあたるものとしたのは当然である。
- 最高裁判決昭和26年7月13日
- 窃盗罪の成立に必要な不正領得の意思及び窃盗犯人に不正領得の意思が認められる一事例
- 刑法上窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をいうのであつて、永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要としないのであるから、被告人等が対岸に該船を乗り捨てる意思で前記肥料船に対するAの所持を奪つた以上、一時的にも該船の権利を排除し終局的に自ら該船に対する完全な支配を取得して所有者と同様の実を挙げる意思即ち右にいわゆる不正領得の意思がなかつたという訳にはゆかない。
- 最高裁決定昭和32年11月29日
- 他人の自動車を使用後直ちに使用主に返還する意思がなく、使用後その場に置き去りにする考えで、無断自己の支配内に移し、操縦運転した場合には、不法領得の意思を以つてしたものというべきである。
- 最高裁判決昭和34年02月13日
- 農林漁業資金融通法による政府貸付金について業務上横領罪の成立する場合
- 社団法人たる森林組合を代表し組合業務一切を掌理する組合長および組合長を補佐し組合業務を執行する組合常務理事が、農林漁業資金融通法(昭和26年法律第105号)の規定により政府から組合に対し組合員に造林資金として転貸交付する目的をもつて貸付され、右転貸資金以外他のいかなる用途にも流用支出することのできない金員を組合のため業務上保管中共謀の上その保管方法と使途の規正に反し、もつぱら第三者たる地方公共団体の利益を図り、その諸経費支払資金に充てしめるため、ほしいままにこれに貸付支出したときは、対政府関係における融資条件違反の罰則の有無にかかわらず、また、たとえその金員が組合の所有に属し、右第三者に対する貸付が組合名義をもつて処理されているとしても、横領罪の成立に必要な不法領得の意思ありと認めて妨げなく、業務上横領罪が成立する。
- 最高裁決定昭和35年12月27日
- 応訴して自己の所有権を主張・抗争する所為は横領罪を構成するか
- 登記簿上自己が所有名義人となつて預り保管中の不動産につき所有権移転登記手続請求の訴を提起された場合に、右不動産に対する不法領得意思の確定的発現として、右訴訟において自己の所有権を主張・抗争する所為は、不動産の横領罪を構成する。
- 最高裁決定平成13年11月5日
- 株式会社の取締役経理部長が会社の株式の買占めに対抗するための工作費用として会社の資金を第三者に交付した場合において,会社の不利益を回避する意図を有していたとしても,交付金額が高額であるなど交付行為が会社にとって重大な経済的負担を伴い,違法行為を目的とするものとされるおそれもあったのに,交付の相手方や工作の具体的内容等につき調査をしたり,その結果の報告を求めたりした形跡がうかがわれず,また自己の弱みを隠す意図等をも有していたなどの事情の下においては,交付の意図は専ら会社のためにするところにはなく,業務上横領罪における不法領得の意思があったと認められる。
適用を否認する例
[編集]- 最高裁判決昭和28年4月7日
- 財物に対する事実上の支配の奪取及び不法領得の意思がないため窃盗罪の成立しない一事例
- 農業協同組合の販売主任又は倉庫係である被告人両名が、同組合倉庫に保管中の政府所有米の俵数が不足しているのを発見した結果、単に政府所有米の俵数を増して在庫俵数のつじつまを合せておくだけの目的で、同組合長の管理する右倉庫中の政府所有米の各俵から米をすこしずつ抜き取り、これを倉庫外には全然持ち出すことなく、その倉庫内でその米によつて同じような米俵を作り、これを同じ場所に政府所有米として積んでおいたに過ぎない場合には、その米に対する事実上の支配の奪取及び不法領得の意思がないため、窃盗罪は成立しない。
- 最高裁判決昭和28年12月25日
- 組合長が組合の定款に違反し組合名義で経営して事業に組合資金を支出した場合と業務上横領罪の成否
- A組合の組合長が、組合の定款に違反し組合の総会および理事会の議決を経ずに、独断で組合名義をもつて貨物自動車営業を経営し、これに組合資金を支出した場合においても、右支出が専ら組合自身のためになされたものと認められるときは、不法領得の意思を欠くものとして業務上横領罪を構成しない。
- 最高裁判決昭和33年09月19日
- いわゆる納金ストと横領罪の成否
- 労働争議の手段として、集金した電気料金を、会社に納入しないで、一時自己の下に保管し、しかもその保管の方法が会社のため安全且つ確実なものであり、毫も自らこれを利用、処分する意思なく、争議解決まで、専ら会社のため一時保管の意味で単に形式上自己名義の預金としたに過ぎない場合には、右のごとき抑留保管の所為をもつて直ちに横領罪の成立を認むべきでない。
- 労働争議の手段として、会社のために集金した現金を、会社に納入せず、一時保管の意味で、労働組合側に属する個人名義で預金しておくいわゆる納金ストにおいて、組合側が銀行に対し納金ストの経緯を説明し、争議解決後は直ちに預金を会社に返還すること、また争議中は預金の引出しは一切これを行わないことの条件で、組合代表者名義で預金したい旨を申出た事実、組合側は会社側利益代表者に対し納金ストを実施している旨を何回となく伝えているという事実、当該預金が従来会社と取引関係のある銀行にされていた事実、会社側がいわゆる業務命令を発するや、組合側においても、納金スト中止指令を出し、該預金はそのまま全額が会社口座に返還された事実が認められるときは、右預金は専ら会社のためにする保管の趣旨の下にされたものということができ、不法領得の意思を欠くものとして業務上横領罪を構成しない。
- 最高裁判決平成16年11月30日
- 他人あての送達書類を廃棄するだけの意図で他人を装って受領する行為について詐欺罪における不法領得の意思が認められないとされた事例
- 支払督促の債務者を装い郵便配達員を欺いて支払督促正本を受領することにより、送達が適式にされたものとして支払督促の効力を生じさせ、債務者から督促異議申立ての機会を奪ったまま確定させて、その財産を差し押さえようとしたが、支払督促正本はそのまま廃棄するだけで外に何らかの用途に利用、処分する意思がなかったという判示の事実関係の下では、支払督促正本に対する詐欺罪における不法領得の意思を認めることはできない。