トーク:学習方法/高校国語全般

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

自己中心的な「当たり前」基準の編集[編集]

椎楽さんは、自分が知ってることを「当たり前」と言って削除しますが、実社会では知らない人も多くいます。

「古典作品の数は、現代作品の数と比べると、古典は数が比較的少ないので、普段の文芸の読書では古文漢文の口語訳を中心に読書すると、それが入試に出題される確率が高く、入試対策になりやすい。」という文を、椎楽さんは消しました。

しかし実際、私は高校生のとき、知りませんでした。おそらく私だけでなく、私の父母も知らなかったでしょう。

だいたい、普通の高校生は、古典作品の数と現代作品の数とを、意識しません。

「歌舞伎や落語などは出題されないのが普通」という節も消しました。これも私は高校生のとき、知りませんでした。私は高校時代、知らなかったので、国語便覧とかで歌舞伎や落語とかを調べたりしていたわけです。

もちろん、受験国語の過去問題集とかをいくつか見れば出題傾向は分かりますが、しかし、そもそも当「学習方法」のページは、過去問題集を見なくても勉強方法を分かるようにするのが、「学習方法」のページの存在意義だと思います。また、過去問題集を買うには、お金が掛かります。なるべく、お金を掛けずに勉強できるようにするのが、wikiプロジェクトの意義のひとつです。学生には理系志望などで、国語の出題傾向の把握には時間を費やしづらい人もいます。

なんというか、ハッキリいって椎楽さんは思考回路がオカシイと思います。

教育とは、自分の知識を披露する場所ではなく、自分は知ってても学生が知らないかもしれないことを教えるものです。

でも椎楽さんは、自分が学生のころに知っていた、もしくは、学生時代の自分は容易に気づいたという理由で、記事を削除しているようです。

日本の高校生の全員が、高校時代の椎楽さんと同じような環境・境遇なわけではありません。

なのに、まるで自分以外の境遇が存在しないかのように、椎楽さんは錯覚しています。--すじにくシチュー (トーク) 2018年8月5日 (日) 00:50 (UTC)


椎楽さんの編集する前の学習方法国語の記事は、けっして私だけが書いたのではなく、 2017年6月19日 (月) 08:19‎ 119.104.43.246 (トーク)‎ . . (28,617 バイト) (-12,994)‎ の人の編集で、私の編集はけっこう消されたのです。

歌舞伎の出題比率のハナシなどは、その人の編集でも、残された記述です。また、古典作品は数が少ない割に出題比率が高くて、いっぽう現代文学は逆だということも、その後の編集で言い回しは変わったりしてるかもしれませんが、この人の編集によって残された記事です。

少なくとも、この人は、高校生が「当たり前」にこういった出題傾向を知ってるとは感じなかったから、この記述を残したのだと思います。--すじにくシチュー (トーク) 2018年8月5日 (日) 01:02 (UTC)

模擬試験を受けていたり、学校から配布されるであろう問題集を解いていれば歌舞伎・落語の類が出ないことくらい自明だと思うのですが。それに、学校で芸術鑑賞のときくらいしか扱われない古典芸能が入試で出るかもしれないと思う生徒ってどれくらいいるんでしょうね。すじにくシチューさんは「出る」と思っていたようですが、それもまた個人的な思いこみに過ぎないと思いますが。まぁ、いいでしょう。世の中には古典芸能が入試に出るかもしれないと思う純朴な生徒が他にもいるかもしれませんからその記述の復帰に関しては、今回は何も言いますまい。
しかし「古典作品は数が少ない割に出題比率が高い」というのは有害無益であり、その記述は認められません。『漢文法基礎』(加地伸行著 講談社 2010年)pp.23-29を読んでいただければ、その手の馬鹿馬鹿しさがよくわかります。これは漢文の本ですが古文でも同じです。そういうのは「日本文学千数百年、圧死させるほどのものすごい本の量のうちから、総花的に名文をチョイチョイと集め、出題率に引っかけて受験生の精神状態をクスグル」(前掲書p24の記述をもとにした)ことで売り上げを伸ばすor古文嫌いの生徒の尻叩きに利用する程度のものです。まぁ、「テクストの出題比率」とやらを探ってヤマを張って勉強したところで、それが通用する可能性があるのはいわゆる「Fラン」すれすれの大学くらいでしょうね。
119.104.43.246さんが修正されたときはその箇所を見落とされていただけかもしれませんし、もしかしたら119.104.43.246さんも「誤解」していたのかもしれません。あるいは、面倒くさくて手を出さなかったのかもしれません。いずれにせよ、「そのときに修正されなかったから正しい」というのは思いこみにすぎません。ところで、私はこの「国語学習法」のページを大幅に直す予定を立てていますし、既に一部の修正を自分のPCで行っている最中です。以前の修正で私が他のところを直さなかったのは、時間がなかったからにすぎません。「修正していないのは同意した証拠」と思われると困るので、蛇足の説明をさせていただきました。--椎楽 (トーク) 2018年8月5日 (日) 06:16 (UTC)