刑法第110条
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条文
[編集](建造物等以外放火)
- 第110条
- 放火して、前二条【第108条、第109条】に規定する物以外の物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた者は、1年以上10年以下の拘禁刑に処する。
- 前項の物が自己の所有に係るときは、1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処する。
改正経緯
[編集]2022年、以下のとおり改正(施行日2025年6月1日)。
- (改正前)懲役
- (改正後)拘禁刑
解説
[編集]- 「建物等以外」に放火をし、「公共の危険」を生じさせた場合、建造物等以外放火罪が成立する。
客体:建物等以外
[編集]建造物等;第108条、第109条に規定する物以外の物
- 第108条:「現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑」
- 第109条:「現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない建造物、艦船又は鉱坑」
- →本罪の客体から除かれるもの
- 建造物 - 居住非居住に関わらない。
- 艦船・鉱坑 - 人の有無に関わらない。
- 行為者以外の人がいる汽車・電車(鉄道車両)
- →屋外に置いてある鉄道車両などは、本罪の客体となる。
- →本罪の客体から除かれるもの
- 近年に多い例として、野外駐車中の自動車がある。
- その他、立木等が客体となるが、森林火災の場合、森林法第202条により加重された犯罪となる。
公共の危険
[編集]- 具体的危険犯であり、同罪の成立に当たっては、不特定又は多数の人の生命・身体又は財産に対する危険である「公共の危険」が発生したことが条文上の要件とされている。
- 放火しても公共の危険が生じない場合、放火の未遂処罰規定(第112条)から本罪は除かれており、器物損壊罪を検討することになる。
- 「公共の危険」とは
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- 旧判例(大審院明治44年4月24日判決 刑録17輯655頁)
- 其放火行爲カ同條所定ノ物件ニ付キ發生セシメタル實害ヲ謂フニアラスシテ其放火行爲ニヨリテ一般不特定ノ多數人ヲシテ前掲第百八條及第百九條ノ物件ニ延燒スル結果ヲ發生スヘキ虞アリト思料セシムルニ相當スル状態
- →「公共の危険」=第108条及び第109条(第1項)物件への延焼の危険 (限定説)
- (批判)第108条及び第109条第1項物件以外の物件に延焼し焼損したとしても、本罪を問うことができない。→判例変更へ
- 現行判例(最高裁平成15年4月14日決定)
- 同法108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険に限られるものではなく,不特定又は多数の人の生命,身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれる。 (無限定説)
- →基準として機能しない危険性があるとの批判がある。
- 旧判例(大審院明治44年4月24日判決 刑録17輯655頁)
- 具体的な「公共の危険」の認識を要するか(故意の問題)
- (判例)
- 一貫して不要説をとる。
- 大審院昭和6年7月2日判決(大刑集10巻303頁)
- 公共ノ危険ヲ生ジセシメタルヲ以テ、該罪構成ノ要件トナセドモ火ヲ放チ同条所定ノモノヲ焼燬スル認識アレバ足リ、公共ノ危険ヲ生ジシムル認識アルコトヲ要スルモノニアラザルコト同条ノ解釈上明白ナリ
- 最高裁判所判決昭和60年3月28日
- 大審院昭和6年7月2日判決(大刑集10巻303頁)
- 一貫して不要説をとる。
- (学説)
- 「必要説」が多数派であり、「不要説」は少数。「必要説」の根拠は以下のとおり。
- 自己所有物の焼損は本来罪にならず、「公共の危険」が生じた時に初めて放火罪を構成するので、その認識を必要とすべき。
- 本条第1項が、器物損壊よりも法定刑が重いのは「公共の危険」を発生させたことに求められるのだから、その認識は必要とすべきである。
- 「不要説」からの批判
- 「公共の危険」の認識を求めるのであれば、第108条及び第109条第1項物件の焼損程度の故意を求めることとなり、具体的危険犯である本罪や前条第2項の成立余地が非常に狭まる。
- 「必要説」が多数派であり、「不要説」は少数。「必要説」の根拠は以下のとおり。
参照条文
[編集]判例
[編集]- 爆発物取締罰則違反、殺人未遂、傷害、放火(最高裁判所第三小法廷判決昭和33年9月16日)
- いわゆる火焔瓶を乗用自動車に投げつけ命中破壊させることと刑法第110条の放火罪の成否。
- いわゆる火焔瓶を乗用自動車に投げつけ、これに命中破壊させたが、右自動車の運転台座席覆布の一部を焼燬したにとどまり、火炎瓶の火が自動車に燃え移り独立燃焼の程度に達しないときは、刑法第110条の放火罪は成立しない。
- 建造物等以外放火(最高裁判所第一小法廷判決昭和60年3月28日)
- 刑法110条1項の罪と公共の危険発生の認識の要否
- 刑法110条1項の罪の成立には、公共の危険発生の認識は必要でない。
- 刑法110条1項の放火罪が成立するためには、火を放つて同条所定の物を焼燬する認識のあることが必要であるが、焼燬の結果公共の危険を発生させることまでを認識する必要はないものと解すべきである。
- 建造物等以外放火,暴行被告事件(最高裁判所第三小法廷決定平成15年4月14日)
- 刑法110条1項にいう「公共の危険」の意義
- 刑法110条1項にいう「公共の危険」は,同法108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険に限られるものではなく,不特定又は多数の人の生命,身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれる。
- 市街地の駐車場において放火された自動車から付近の2台の自動車に延焼の危険が及んだことなどをもって刑法110条1項にいう「公共の危険」の発生が認められた事例
- 市街地の駐車場において,放火された自動車から付近の2台の自動車に延焼の危険が及んだことなど判示の事実関係の下では,刑法110条1項にいう「公共の危険」の発生が認められる。
- 「付近の2台の自動車」は108条及び109条1項に規定する建造物等ではないため、従来の判例では不可罰となる。
- 市街地の駐車場において,放火された自動車から付近の2台の自動車に延焼の危険が及んだことなど判示の事実関係の下では,刑法110条1項にいう「公共の危険」の発生が認められる。
- 刑法110条1項にいう「公共の危険」の意義
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