日本国憲法第84条
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条文
[編集]【租税法律主義】
- 第84条
- あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
解説
[編集]本条は、「租税法律主義」を定める。
租税法律主義は、歴史的に近代立憲制においてその根源ともいうべき思想であり、中世ヨーロッパにおいて政府(王政)の恣意的な徴税に市民層が抵抗し「法律なくして課税なし」原則(principle of "No Taxation Without Law")が確立、引き続き、その法律を定めるのに納税者の代表の参加が不可欠との思想によって「代表なくして課税なし」原則(principle of "No Taxation Without Representation")がその実現方法である議会制度と合わせ近代憲法制度の重要な構成要素としなった。
- 本条の射程(最高裁判決平成18年3月1日)
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- 本条は、課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであり、直接的には、租税について法律による規律の在り方を定めるものである。
- 国又は地方公共団体が、課税権に基づき、その経費に充てるための資金を調達する目的をもって、特別の給付に対する反対給付としてでなく、一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は、その形式のいかんにかかわらず、本条に規定する租税に当たるというべきである。
- したがって、年金や健康保険などの掛け金のように、将来や疾病・障害など不測時の給付に対する反対給付としての給付は、本来、本条の対象ではなく法律の制約を受けない。
- しかしながら、本条は、国民に対して義務を課し又は権利を制限するには法律の根拠を要するという法原則を租税について厳格化した形で明文化したものというべきであって、国、地方公共団体等が賦課徴収する租税以外の公課であっても、その性質に応じて、法律又は法律の範囲内で制定された条例によって適正な規律がされるべきものと解すべきであり、本条に規定する租税ではないという理由だけから、そのすべてが当然に本条に現れた法原則の埒外にあると判断することは相当ではない。
- 租税政策の法的安定の保障
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- 本条は、課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであるが、これにより課税関係における法的安定が保たれるべき趣旨を含むものと解するのが相当である(最高裁判決平成18年3月1日の最高裁判決平成23年9月22日における引用)。
- 「第29条(財産権の不可侵、正当な補償)」から導出される要請
- 法律で一旦定められた財産権の内容が事後の法律により変更されることによって法的安定に影響が及び得る場合における当該変更の憲法適合性については、当該財産権の性質、その内容を変更する程度及びこれを変更することによって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案し、その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきものである(最高裁判決判決昭和53年7月12日)。
参照条文
[編集]判例
[編集]- 固定資産税賦課取消請求(最高裁判決昭和30年3月23日)地方税法第343条(固定資産税の納税義務者等)、地方税法第359条(固定資産税の賦課期日)
- 地方税法第343条、第359条の合憲性
- 地方税法第343条及び同第359条は、憲法第11条、第12条、第14条、第29条、第30条、第65条に違反しない。
- 民主政治の下では国民は国会におけるその代表者を通して、自ら国費を負担することが根本原則であつて、国民はその総意を反映する租税立法に基いて自主的に納税の義務を負うものとされ(憲法第30条参照)その反面においてあらたに租税を課し又は現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件によることが必要とされているのである(憲法84条)。されば日本国憲法の下では、租税を創設し、改廃するのはもとより、納税義務者、課税標準、徴税の手続はすべて前示のとおり法律に基いて定められなければならないと同時に法律に基いて定めるところに委せられていると解すべきである。
- 物品税課税無効確認並びに納税金返還請求(最高裁判決昭和33年3月28日)
- パチンコ球遊器は、物品税法第1条にいう遊戯具にあたるか[課税対象物等課税標準を法律以外通達などで定めて良いか]
- パチンコ球遊器は、物品税法第1条にいう遊戯具にあたる。[課税対象物等課税標準を法律以外通達などで定めて良い]
- 論旨は、通達課税による憲法違反を云為しているが、本件の課税がたまたま所論通達を機縁として行われたものであつても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、本件課税処分は法の根拠に基く処分と解するに妨げがなく、所論違憲の主張は、通達の内容が法の定めに合致しないことを前提とするものであつて、採用し得ない。
- 国民健康保険料賦課処分取消等請求事件(最高裁判決平成18年3月1日)国民健康保険法第81条(条例又は規約への委任)
- 市町村が行う国民健康保険の保険料と憲法84条
- 市町村が行う国民健康保険の保険料については、これに憲法84条の規定が直接に適用されることはないが、同条の趣旨が及ぶと解すべきであるところ、国民健康保険法81条の委任に基づき条例において賦課要件がどの程度明確に定められるべきかは、賦課徴収の強制の度合いのほか、社会保険としての国民健康保険の目的、特質等をも総合考慮して判断する必要がある。
- 国民健康保険の保険料率の算定基準を定めた上でその決定及び告示を市長に委任している旭川市国民健康保険条例8条及び12条3項と国民健康保険法81条及び憲法84条
- 旭川市国民健康保険条例(昭和34年旭川市条例第5号)が、8条(平成6年旭川市条例第29号による改正前のもの及び平成10年旭川市条例第41号による改正前のもの)において、国民健康保険の保険料率の算定の基礎となる賦課総額の算定基準を定めた上で、12条3項において、旭川市長に対し、保険料率を同基準に基づいて決定して告示の方式により公示することを委任したことは、国民健康保険法81条に違反せず、憲法84条の趣旨に反しない。
- 旭川市長が平成6年度から同8年度までの各年度の国民健康保険の保険料率を各年度の賦課期日後に告示したことと憲法84条
- 旭川市長が旭川市国民健康保険条例(昭和34年旭川市条例第5号)12条3項の規定に基づき平成6年度から同8年度までの各年度の国民健康保険の保険料率を各年度の賦課期日後に告示したことは、憲法84条の趣旨に反しない。
- 恒常的に生活が困窮している状態にある者を国民健康保険の保険料の減免の対象としていない旭川市国民健康保険条例19条1項と国民健康保険法77条及び憲法25条、14条
- 市町村が行う国民健康保険の保険料と憲法84条
- 滞納処分取消請求事件(最高裁判決平成18年3月28日)
- 農作物共済に係る共済掛金等の具体的決定を農業共済組合の定款等にゆだねている農業災害補償法各条項と憲法84条
- 農作物共済に係る共済掛金及び賦課金の具体的決定を農業共済組合の定款又は総会若しくは総代会の議決にゆだねている農業災害補償法(平成11年法律第160号による改正前のもの)107条1項、農業災害補償法(平成15年法律第91号による改正前のもの)43条1項2号、86条1項、87条1項、農業災害補償法45条の2、87条3項の規定は、憲法84条の趣旨に反しない。
- (理由)
- 公共組合である農業共済組合が組合員に対して賦課徴収する共済掛金及び賦課金は、国又は地方公共団体が課税権に基づいて課する租税ではないから、これに憲法84条の規定が直接に適用されることはない。
- しかしながら、農業共済組合は、国の農業災害対策の一つである農業災害補償制度の運営を担当する組織として設立が認められたものであり、農作物共済に関しては農業共済組合への当然加入制が採られ、共済掛金及び賦課金が強制徴収され、賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有するものであるから、これに憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきである。その賦課について法律によりどのような規律がされるべきかは、賦課徴収の強制の度合いのほか、農作物共済に係る農業災害補償制度の目的、特質等をも総合考慮して判断する必要がある。
- 法は、共済事故により生ずる個人の経済的損害を組合員相互において分担することを目的とする農作物共済に係る共済掛金及び賦課金の具体的な決定を農業共済組合の定款又は総会若しくは総代会の議決にゆだねているが、これは、上記の決定を農業共済組合の自治にゆだね、その組合員による民主的な統制の下に置くものとしたものであって、その賦課に関する規律として合理性を有する。
- (理由)
- 通知処分取消請求事件(最高裁判決平成23年9月22日)
- 長期譲渡所得に係る損益通算を認めないこととした改正租税特別措置法31条の規定をその施行日より前に個人が行う土地等又は建物等の譲渡について適用するものとしている同改正法附則27条1項と憲法84条
- 所得税に係る長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額につき他の各種所得の金額から控除する損益通算を認めないこととした租税特別措置法31条(平成16年法律第14号により改正、平成16年4月1日施行。以下「改正法」)の規定を、同年1月1日以後に個人が行う同条1項所定の土地等又は建物等の譲渡について適用するものとしている改正法附則27条1項の規定は、憲法84条の趣旨に反しない。
脚注
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