民法第721条

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

法学民事法民法コンメンタール民法第3編 債権 (コンメンタール民法)

条文[編集]

損害賠償請求権に関する胎児の権利能力)

第721条
胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。

解説[編集]

民法では第3条で「私権の共有は出生により始まる」と定められている。すなわち、原則として胎児には権利能力は認められない。
しかしながら、これでは例えば胎児である時に父親が事故で亡くなったというような場合に不当な結果を招いてしまう。つまり、父親の死がその胎児の出生より少しでも早かった場合に、その子は、父親の死亡よりわずかに遅く生まれてしまったという偶然的事情によって、加害者に対して父親を失ったことによる損害賠償請求権を取得できないという不公平が生じてしまうということである。そこで民法では本条によって例外的に損害賠償請求について胎児を生まれたものとしてみなすとしている。
相続に関して、第886条により同様な取り扱いがなされ、父の死亡の例では、本条は父の死亡を原因とする固有の精神的損害の発生を取り扱い、同件を原因とする逸失利益などについては相続法の領域となる。本条については胎児侵害等について当該胎児が独自に損害賠償の権利を有する規準と理解すべきである。
「胎児を…既に生まれたものとしてみなす」ということについては、解釈として法定停止条件説と法定解除条件説という2つの説がある。
まず法定停止条件説とは、胎児である間には権利能力が認められず、胎児が生きて生まれてきた場合にその不法行為時に遡って権利能力を認めるというものである(人格遡及説)。
次に法定解除条件説とは、胎児にも胎児である段階で権利能力を認め、胎児が死産であった場合には遡及的にその権利能力が消滅するというものである(制限人格説)。
立法担当者の意図(脚注)や判例(大判昭和7年10月6日 阪神電鉄事件)においては法定停止条件説となっている。
なお、不法行為に伴う流産については、胎児には権利能力はなく、第一には母親への慰謝料増額要素として考慮される。父親の慰謝料については裁判所の判断は分かれている。

参照条文[編集]

脚注[編集]

  • 梅謙次郎『民法要義』
    民法第一條ニ依レハ「私權ノ享有ハ出生ニ始マル」モノトス故ニ此原則ニ從ヘハ胎兒カ損害賠償ノ請求權ヲ有セサルハ固ヨリナリ然リト雖モ不法行爲ニ付テハ胎兒ノ權利ヲ認ムルノ必要ナル場合アリ例ヘハ甲カ乙ノ爲メニ殺サレタル場合ニ於テ甲ニ遺腹ノ子アリトセハ其子ハ乙ニ對シ損害賠償ノ請求權ヲ有スルモノト爲ササルコトヲ得ス蓋シ其子ハ生マレナカラニシテ父ナキノ不幸ヲ視ルヘキノミナラス是レカ爲メニ適當ノ不扶養者及ヒ敎育者ナキ爲メ有形上及ヒ無形上ニ莫大ノ損害ヲ受クルコトアルヘケレハナリ
    然リト雖モ胎兒ハ其胎內ニ在ル間ニ於テ既ニ損害賠償ノ請求權ヲ有スルコトナシ盖シ胎兒カ既ニ生マレタルモノト看做ササルモ是レ一ノ假定ニ過キスシテ其眞ニ權利ヲ享有スルハ出生ノ後ニ在ルヘシ故ニ若シ胎兒カ死體ニテ生マルルトキハ竟ニ其權利ヲ享有スルコトナカルヘシ唯本條ノ規定ナキトキハ其父カ殺サレタル場合ニ於テ其殺害後數月ヲ經テ生マレタル子ハ必スシモ其殺害ニ因リテ損害ヲ受クルモノト爲スヘカラス何トナレハ假令其父カ殺サレサルモ其子ノ出生ニ至ルマテニ死亡シタルヤモ知ルヘカラサレハナリ加ヘテ是レ其殺害ノ行爲カ直接ニ其子ニ損害ヲ及ホシタルモノトイヒ難シト謂フコトヲ得レハナリ
    以上ハ胎兒ノ父カ殺害ニ遭ヒタル場合ヲ想像セルト雖モ單ニ其父又ハ母カ他人ノ不法行爲ニ因リテ負傷シタルトキモ亦同シキコトハ蓋シ言フヲ竢タサル所ナリ


前条:
民法第720条
(正当防衛及び緊急避難)
民法
第3編 債権
第5章 不法行為
次条:
民法第722条
(損害賠償の方法、中間利息の控除及び過失相殺)
このページ「民法第721条」は、まだ書きかけです。加筆・訂正など、協力いただける皆様の編集を心からお待ちしております。また、ご意見などがありましたら、お気軽にトークページへどうぞ。