民法第416条

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法学民事法民法コンメンタール民法第3編 債権 (コンメンタール民法)

条文[編集]

損害賠償の範囲)

第416条
  1. 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
  2. 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

改正経緯[編集]

2017年改正により以下のとおり改正。

(改正前)その事情を予見し、又は予見することができたときは
(改正後)その事情を予見すべきであったときは

解説[編集]

  • 債務不履行によって賠償されるべき損害の範囲について規定している。一般に、第1項に規定する損害を通常損害、第2項に規定する損害を特別損害という。
  • 416条1項は、相当因果関係の原則を示したものであり、同条2項は、相当因果関係を判断する際に基礎とすべき特別事情の範囲を示したものである(「刑法の折衷説」参照)。2017年改正で、予見又は予見可能性の事実ではなく、予見に関する法的評価が基準であることが明確化された。
  • なお、不法行為損害の範囲の確定についても類推適用されるとするのが判例および通説である。ただし、強い批判がある(第709条の判例参照)。

通常損害とされる例[編集]

  1. 売買契約の価格と履行期における市価との差額(最判昭和36年4月28日)
    (例)
    甲は乙から有名画家の絵画を1000万円で買い3ヶ月後に代金と引き換えに引渡を受ける契約をした。ところが引き渡す前に画家が死亡し、この絵画の市場価格が1500万円と評価され、乙は甲との事情を知らない丙に1800万円で売却し引き渡した。この時、甲は乙に対して市価との差額500万円を損害として請求できる。

通常損害と認められず特別損害[編集]

「予見すべきであった」とき、特別損害とされる場合もあるもの。

  1. 精神的損害(最判昭和55年12月18日)

参照条文[編集]

判例[編集]

  1. 損害賠償等請求 (最高裁判決 昭和28年12月18日)民法第415条民法第541条民法第545条,民訴法第2編第3章第3節鑑定,民訴法394条
    民法第416条第1項にいわゆる通常生ずべき損害と認むべき一事例 ――インフレーションによる物価騰貴に基く損害に関する――
    甲が乙から昭和21年10月中物品を代金2万5千円で買い受け、乙が目的物を引き渡さないため同22年9月右売買契約を解除したところ、右契約締結の当時インフレーションのため物価騰貴の状勢にあり、解除当時においては目的物の価格が8万円を下らなかつたときは、右価格と売買代金との差額5万5千円は、乙の債務不履行により甲に通常生ずべき損害と認むべきである。
  2. 建物収去土地明渡請求 (最高裁判決 昭和32年1月22日)
    1. 土地賃貸人が土地を引き渡さないため右地上に建物を建て新たに営業を始める賃借人の計画が実行できなかつた場合と営業利益の喪失による損害の有無
      土地賃借人がその地上に建物を建て同所で新たに営業を営むことを計画していたにかかわらず、賃貸人が土地を引き渡さないため右計画を実行することができなかつたときは、賃借人には、その営むことによりうべかりし利益の喪失による損害が生じたものと推定すべきであつて、賃借人が未だ現実に営業を開始せず、またたとえ営業を開始しても必ず利益があつたとは限らないからといつて、右損害が生じなかつたものと認めるべきではない。
    2. 土地賃貸人の土地引渡義務の不履行と賃借人の右地上に建物を建て営業を営むことによりうべかりし利益の喪失による損害との間の因果関係
      土地賃貸人が土地を引き渡さないため、賃借人がその地上に建物を建て同所で営業を営むことによりうべかりし利益を喪失したときは、右損害は、賃貸人の債務不履行による特別事情による損害となりえないものではない。
    3. 営業利益の喪失による損害の賠償請求訴訟と損害額算定の基礎たる事実の主張の程度
      営業利益の喪失にいよる損害の賠償請求訴訟において、原告が、その営業とは、本件土地に店舗を建設して、そこで「北海道産の海産物を同地の生産者から直接に仕入れ、内地産の海産物はD魚市場で仕入れ、従業員は壮年の男一人女二人および老年の女一人の家族四人がこれにあたり、小僧等は必要があれば雇い入れる」という程度の規模による海産物商を営むにあつた旨を主張したときは、その主張の事実を基礎として通常の場合に予想される営業利益を算定することは不可能ではないから、損害額算定の基礎たる事実についての具体的主張を欠くものとはいえない。
  3. 損害賠償請求 (最高裁判決 昭和36年4月28日)
    売買契約の価格と履行期における市価との差額は通常生ずべき損害といえるか。
    売買の目的物の価格が謄貴した場合に、契約価格と履行期における市価との差額は、債務不履行により通常生ずべき損害と解すべきである。
  4. 抵当権設定登記抹消等請求 (最高裁判決 昭和37年11月16日)
    債務の履行不能後目的物の価格が値上りした場合に請求しうる損害賠償額。
    債務の目的物の価格が履行不能後値上りをつづけて来た場合において、履行不能となつた際債務者がその事情を知りまたは知りえたときは、債務者が口頭弁論終結時の価格まで値上りする以前に目的物を他に処分したであろうと予想された場合でないかぎり、右終結時において処分するであろうと予想された場合でなくても、債権者は、右終結時の価格による損害の賠償を請求しうる。
  5. 占有回収請求(最高裁判決 昭和38年1月25日)地代家賃統制令3条、12条の2
    統制違反の権利金および家賃の支出が債務不履行に基づく損害とされた事例。
    賃貸人の債務不履行となる家屋明渡の強制執行により住居を失つた賃借人が、これを他に入手するため、地代家賃統制令に違反する権利金および家賃を支出した場合、その支出が当時の社会情勢からすれば一家の住居を入手するため真にやむをえないものと認められるときは、右支出は賃貸人の債務不履行に基づく損害というべきである。
  6. 土地建物所有権移転登記等請求、建物明渡等請求、土地建物所有権移転登記等ならびに建物明渡請求に対する反訴請求各事件、同附帯上告事件 (最高裁判決 昭和47年4月20日)
    買主が自己の使用に供するために買い受けた不動産の価格が売主の所有権移転義務の履行不能後も騰貴を続けている場合と右義務の履行不能による損害賠償額の算定の基準時
    売買契約の目的物である不動産の価格が売主の所有権移転義務の履行不能後も騰貴を続けているという特別の事情があり、かつ、履行不能の際に売主がそのような特別の事情の存在することを知つていたかまたはこれを知りえた場合には、買主が右不動産を転売して利益を得るためではなくこれを自己の使用に供するために買い受けたものであるときでも、買主は、売主に対し、右不動産の騰貴した現在の価格を基準として算定した損害額の賠償を請求することができる
  7. 鹿島建設損害賠償請求 (最高裁判決 昭和55年12月18日)
    安全保証義務違背の債務不履行により死亡した者の遺族と固有の慰藉料請求権の有無
    安全保証義務違背の債務不履行により死亡した者の遺族は、固有の慰藉料請求権を有しない。
  8. 損害賠償 (最高裁判決 平成11年2月25日)
    1. 医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断と患者が適切な診療行為を受けていたとした場合の生存可能期間の認定
      医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係は、医師が右診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度のがい然性が証明されれば肯定され、患者が右診療行為を受けていたならば生存し得たであろう期間を認定するのが困難であることをもって、直ちには否定されない。
    2. 医師が肝硬変の患者につき肝細胞がんを早期に発見するための検査を実施しなかった注意義務違反と患者の右がんによる死亡との間の因果関係を否定した原審の判断に違法があるとされた事例
      肝硬変の患者が後に発生した肝細胞がんにより死亡した場合において、医師が、右患者につき当時の医療水準に応じた注意義務に従って肝細胞がんを早期に発見すべく適切な検査を行っていたならば、遅くとも死亡の約六箇月前の時点で外科的切除術の実施も可能な程度の大きさの肝細胞がんを発見し得たと見られ、右治療法が実施されていたならば長期にわたる延命につながる可能性が高く、他の治療法が実施されていたとしてもやはり延命は可能であったと見られるとしながら、仮に適切な診療行為が行われていたとしてもどの程度の延命が期待できたかは確認できないとして、医師の検査に関する注意義務違反と患者の死亡との間の因果関係を否定した原審の判断には、違法がある。
  9. 損害賠償請求本訴,建物明渡等請求反訴事件 (最高裁判決 平成21年1月19日)
     店舗の賃借人が賃貸人の修繕義務の不履行により被った営業利益相当の損害について,賃借人が損害を回避又は減少させる措置を執ることができたと解される時期以降に被った損害のすべてが民法416条1項にいう通常生ずべき損害に当たるということはできないとされた事例 - 【通常損害の範囲】
    ビルの店舗部分を賃借してカラオケ店を営業していた賃借人が,同店舗部分に発生した浸水事故に係る賃貸人の修繕義務の不履行により,同店舗部分で営業することができず,営業利益相当の損害を被った場合において,次の1〜3などの判示の事情の下では,遅くとも賃貸人に対し損害賠償を求める本件訴えが提起された時点においては,賃借人がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を執ることなく発生する損害のすべてについての賠償を賃貸人に請求することは条理上認められず,賃借人が上記措置を執ることができたと解される時期以降における損害のすべてが民法416条1項にいう通常生ずべき損害に当たるということはできない。
    1. 賃貸人が上記修繕義務を履行したとしても,上記ビルは,上記浸水事故時において建築から約30年が経過し,老朽化して大規模な改修を必要としており,賃借人が賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続し得たとは必ずしも考え難い。
    2. 賃貸人は,上記浸水事故の直後に上記ビルの老朽化を理由に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしており,同事故から約1年7か月が経過して本件訴えが提起された時点では,上記店舗部分における営業の再開は,実現可能性の乏しいものとなっていた。
    3. 賃借人が上記店舗部分で行っていたカラオケ店の営業は,それ以外の場所では行うことができないものとは考えられないし,上記浸水事故によるカラオケセット等の損傷に対しては保険金が支払われていた。
  10. 損害賠償請求事件 (最高裁判決 平成23年4月26日)民法第709条
    精神神経科の医師の患者に対する言動と上記患者が上記言動に接した後にPTSD(外傷後ストレス障害)と診断された症状との間に相当因果関係があるということはできないとされた事例
    精神神経科の医師が,過去に知人から首を絞められるなどの被害を受けたことのある患者に対し,人格に問題があり,病名は「人格障害」であると発言するなどした後,上記患者が,精神科の他の医師に対し,頭痛,集中力低下等の症状を訴え,上記の言動を再外傷体験としてPTSD(外傷後ストレス障害)を発症した旨の診断を受けたとしても,次の1.,2.など判示の事情の下においては,上記の言動と上記症状との間に相当因果関係があるということはできない。
    1. 上記の言動は,それ自体がPTSDの発症原因となり得る外傷的な出来事に当たるものではないし,上記患者がPTSD発症のそもそもの原因となった外傷体験であるとする上記被害と類似し,又はこれを想起させるものでもない。
    2. PTSDの発症原因となり得る外傷体験のある者は,これとは類似せず,また,これを想起させるものともいえない他の重大でないストレス要因によってもPTSDを発症することがある旨の医学的知見が認められているわけではない。

前条:
民法第415条
(債務不履行による損害賠償)
民法
第3編 債権

第1章 総則

第2節 債権の効力
次条:
民法第417条
(損害賠償の方法)
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