刑法第176条
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条文
[編集](不同意わいせつ)
- 第176条
- 次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、6月以上10年以下の拘禁刑に処する。
- 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
- 心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
- アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
- 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
- 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
- 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
- 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
- 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
- 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、前項と同様とする。
- 16歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第1項と同様とする。
改正経緯
[編集]2023年改正
[編集]2023年改正により、以下の条項から改正。
- (強制わいせつ)
- 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
- 改正ポイント
- 「暴行又は脅迫を用いて」わいせつな行為をした場合に加え、わいせつな行為に対して相手方が不合意、不公正に形成された合意による、またはわいせつ行為をする者が誤信等を作出もしくは誤信等に乗じてなされる場合に拡張された。
- 改正前から、13歳未満の若年者に対するわいせつな行為は、「暴行脅迫」の要件を要さず強制わいせつ罪を構成していたが、本改正において16歳未満の若年者に対するわいせつな行為は、相手方の真正の同意を得ていても本罪を構成することとなった。なお、改正前も暴行脅迫の有無はもちろん、相手方の同意等の存在は斟酌されず、わいせつな行為のみで強制わいせつ罪は成立していたため、本改正は、対象年齢を引き上げただけの改正と言える。ただし、相手方が13歳以上16歳未満であって、わいせつな行為をした者が当該相手方より5歳以上年上ではない場合は、わいせつな行為のみでは本罪は成立せず、第1項又は第2項の要件を満たした場合のみ本罪が成立することとした。
- 婚姻関係の存在により本罪が成立しないものではないことを明確にした(次条(不同意性交等罪)解説参照)。
- 改正ポイント
2022年改正
[編集]2022年改正により、以下のとおり改正。施行日については本改正時は未定であったが(後に他の条項に関しては2025年6月1日と決定)、2023年改正施行に合わせ拘禁刑としている。
- (改正前)懲役
- (改正後)拘禁刑
2017年改正
[編集]2017年改正により以下の通り改正。
改正前
- 13歳以上の男女に対し
改正後
- 13歳以上の者に対し
強制わいせつ罪の特別法の位置づけになる強姦罪等については、犯罪の主体は男性のみであった。一般法である強制わいせつ罪は犯罪の主体は男女を問わなかったため、それを明示する意図も含め「男女」と記したものであるが、改正により、強姦罪等の後継である強制性交等の一連の罪の主体は性別を問うことが無くなったので、「男女」の明記を一般的な表記にしたもの。
解説
[編集]- 2023年改正前の強制わいせつ罪及び強制性交等罪の、保護法益は被害者の「性的自由」とされるが、改正前は「暴行又は脅迫」を用いてこの自由を侵害した行為のみが可罰性のあるものとされていたところ、当該改正により、相手方が同意しない場合や、同意が誤信をさせることなどにより不公正に形成された場合も可罰性があるものとされた。
- なお、第1項第8号により、わいせつな行為を伴う対価型セクシャルハラスメントも刑法犯となることが定められた。
わいせつな行為
[編集]- 「わいせつな行為」とは、わいせつ物頒布等罪(第175条)における判例「徒らに性慾を興奮又は刺戟せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの(最判昭和26年5月10日)」に準拠されるものとされ多くの判決などにも引かれるが、立法時と異なり、不同意わいせつ罪(強制わいせつ罪)の保護法益は「性的自由」と考えられるようになったため、176条の「わいせつな行為」の定義自体は、判例等において依然として変更されなかったものの、「客体である個人の性的自由を侵害するか」という見地から解釈すべきとされるようになった。その結果、現在では、刑法176条におけるわいせつ概念は、公然わいせつ罪におけるそれより広い概念だと理解されており、公然わいせつ罪にはあたらないが、強制わいせつ罪にあたりうるわいせつ行為が存在するとされる[1]。たとえば、服の上から乳房や陰部などに触れる行為や接吻する行為自体は、公衆の前で行われても、わいせつとされ、公然わいせつ罪が問われる可能性は少ないが、その行為を相手方の同意を得ずに行えば不同意わいせつ罪[2]を問いうる。しかし、現在、さらに進んで、わいせつな行為を単純に「性的性質を有する一定の重大な侵襲」と定義すべきとも主張もなされている[3]。しかしながら、この定義では曖昧に過ぎ罪刑法定主義に反するとの批判もある。実際の判定においては、わいせつとされる行為について、(ⅰ)関係する部位,(ⅱ)接触の有無・方法,(ⅲ)継続性,(ⅳ)強度,(ⅴ)性的意図,(ⅵ)その他の状況の全事情を評価するものと分析されている。
参照条文
[編集]- 第180条(未遂罪)
- 未遂は、罰する。
判例
[編集]- 強制わいせつ、強姦致傷(最高裁判決昭和44年7月25日)
- 13才未満の者に対しその反抗を著しく困難にさせる程度の脅迫を用いてわいせつ行為をした場合の擬律
- 13才未満の者に対し、その反抗を著しく困難にさせる程度の脅迫を用いてわいせつの行為をした場合には、刑法176条の前段と後段との区別なく右法条に該当する一罪が成立する。
- 強制わいせつ(最高裁判決昭和45年1月29日 刑集24巻1号1頁)
- 専ら報復または侮辱虐待の目的をもつて婦女を脅迫し裸にして撮影する行為と強制わいせつ罪の成否
- 強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し、婦女を脅迫し裸にして、その立つているところを撮影する行為であつても、これが専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しない。
- 被告人が、専ら報復のために被害者を裸にして写真を撮った事例
- 本判例は、以下の判決(最高裁判決平成29年11月29日)により変更されている。
- なお、リベンジポルノについては、「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律」が立法され、個別犯罪化されている。
- また、盗撮等不同意の撮影・映像の提供については「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」が立法され犯罪化されている。
- 被告人が、専ら報復のために被害者を裸にして写真を撮った事例
- 児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反、強制わいせつ、犯罪による収益の移転防止に関する法律違反被告事件(最高裁判決平成29年11月29日 刑集71巻9号467頁)
- 強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否
- 刑法(平成29年法律第72号による改正前のもの)176条にいう「わいせつな行為」に当たるか否かの判断を行うための個別具体的な事情の一つとして、行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合はあり得るが、行為者の性的意図は強制わいせつ罪の成立要件ではない。
関連判例
[編集]第1項第8号(セクシャルハラスメント)関連
- 停職処分取消請求事件(最高裁判決平成30年11月6日)地方公務員法29条1項,地方公務員法33条,加古川市職員の懲戒の手続及び効果に関する条例(昭和28年加古川市条例第7号)4条
- 地方公共団体の男性職員が勤務時間中に訪れた店舗の女性従業員にわいせつな行為等をしたことを理由とする停職6月の懲戒処分に裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があるとした原審の判断に違法があるとされた事例
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- 行為態様
- 被上告人は,勤務時間中,上告人の市章の付いた作業着である制服制服を着用して本件店舗を訪れ,顔見知りであった女性従業員(以下「本件従業員」という。)に飲物を買い与えようとして,自らの左手を本件従業員の右手首に絡めるようにしてショーケースの前まで連れて行き,そこで商品を選ばせた上で,自らの右腕を本件従業員の左腕に絡めて歩き始め,その後間もなく,自らの右手で本件従業員の左手首をつかんで引き寄せ,その指先を制服の上から自らの股間に軽く触れさせた。本件従業員は,被上告人の手を振りほどき,本件店舗の奥に逃げ込んだ。
- 行為態様
- 地方公共団体の男性職員が勤務時間中に訪れた店舗においてその女性従業員の手を自らの下半身に接触させようとするなどのわいせつな行為等をしたことを理由とする停職6月の懲戒処分がされた場合において,次の1.~5.など判示の事情の下では,上記処分に裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があるとした原審の判断には,懲戒権者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法がある【したがって、懲戒処分は相当である】。
- 上記行為は,上記職員と上記従業員が客と店員の関係にあって拒絶が困難であることに乗じて行われた。
- 上記行為は,勤務時間中に市の制服を着用してされたものである上,複数の新聞で報道されるなどしており,上記地方公共団体の公務一般に対する住民の信頼を大きく損なうものであった。
- 上記職員は,以前から上記店舗の従業員らを不快に思わせる不適切な言動をしており,これを理由の一つとして退職した女性従業員もいた。
- 上記1.の従業員が終始笑顔で行動し,上記職員から手や腕を絡められるという身体的接触に抵抗を示さなかったとしても,それは客との間のトラブルを避けるためのものであったとみる余地がある。
- 上記従業員及び上記店舗のオーナーが上記職員の処罰を望まないとしても,それは事情聴取の負担や上記店舗の営業への悪影響等を懸念したことによるものとも解される。
脚注
[編集]- ^ 嘉門優 (2018年3月). “強制わいせつ罪におけるわいせつ概念について”. 立命館法学 375/376 116-134. 立命館大学. 2023年7月15日閲覧。
- ^ 2023年改正前は「暴行又は脅迫」によることが要件であったが、同改正により、相手方の同意がないことで足りる。
- ^ 佐藤陽子、2016、「強制わいせつ罪におけるわいせつ概念について」、『法律時報』1104号、日本評論社 pp. 60-65
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