数と人間

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高等学校数学基礎 > 数と人間


本稿は高等学校数学基礎の「数と人間」の解説である。ここでは数や数字について歴史などを交えながら解説することにする。

はじめに[編集]

人間はいつから数や数字を使っているのだろうか。ユーラシア大陸で最も古い文明とされるメソポタミア文明の遺跡では既にくさび形文字という文字の中に数字が登場している。このことから文字の誕生と共に数字も登場したといっても過言ではない。

イギリスの数理哲学者ラッセルは次のように言っている。「2日の2と2匹のキジの2が同じ2であることに気付くまでには限りない年月が必要だった」と。そんな馬鹿なと思うかもしれないが、現代の人間の子どもも数の概念をあらかじめ身につけているわけではないことが心理学者のピアジェの実験などからわかっている。また、1から100までの数字を言える子どもが100個のものを数えられるわけではないこともよく知られている。学校で習う数字(文法的には数詞ともいう)を覚えることと実際にものを数えたりすることができることから始まって数の規則・法則などを理解すること、すなわち数の概念を理解することとは異なる。

大きな桁の数字・小さな桁の数字[編集]

小学校のでは万、億、兆という十の累乗数があることを習った。しかし、大きな数を表すことばはこれだけではない。江戸時代の数学書にはさらに京(けい)、垓(がい)、𥝱(じょ )、穣(じょう )、溝(こう )、澗(かん )、正(せい )、載(さい )、極(ごく )、恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ )、那由他(なゆた)、不可思議(ふかしぎ )、無量大数(むりょうたいすう )という数の単位があげられている。1無量大数は69ケタ(1の後に0が68個も並ぶ)というとんでもなくケタの大きい数である。

また、1より小さな数を表すことばとして、分(ぶ)、厘(りん)、毛(もう)、糸(し )、忽(こつ)、微(ぶ)、繊(せん)、沙(しゃ)、塵(じん)、埃(あい)、渺(びょう)、漠(ばく)、模糊(もこ)、逡巡(しゅんじゅん)、須臾(しゅゆ)、瞬息(しゅんそく)、弾指(だんし)、刹那(せつな)、六徳(りっとく)、虚空(こくう)、清浄(せいじょう)、阿頼耶(あらや)、阿摩羅(あまら)、涅槃寂静(ねはんじょうじゃく)とある。

さて、このようにことばで表される数は多くあるが、しかしこれらよりさらに大きい数や小さい数を考えることも可能だし(1無量大数×1無量大数=?)、また実際に自然科学において登場することもある。たとえば、物質を構成する小さな粒子、陽子の質量は1.7涅槃寂静グラム程度だが、電子はさらに小さくその1800分の1程度の質量しか持たない。そして宇宙には、これら粒子が1無量大数の1兆倍から1無量大数の1京倍程度存在すると予想されている。

このような数は、漢字を使った言葉で表そうとすると表しにくい。いま「1無量大数の1京倍」と書いたが、これではこれがどの程度の大きさのものなのかまったくわからないだろう。これを解決する安直な方法は数字を使って通常通りに表すことだが、これも便利とは言い難い。1無量大数を数字で表すと100000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000、1涅槃寂静を同じように表すと0.000000000000000000000001であり、とてもこのようなものを読み書きしたり、ましてこれを使って計算する気にはならない。

このような数をきれいに扱う方法として便利なのが、指数による表示である。102=100,103=1000などというように、10nは1の後に0がn個つく数となる。これを使うことによって大きい数の表記を簡潔にすることができる。たとえば1無量大数は1068と表すことができる。数をこのように表記して計算する際に重要になってくるのが、次にあげる指数法則である。これらが成り立つことは、指数の意味を考えることで容易に確かめることができる。

指数の拡張と指数法則

m>nが自然数のとき

大きい数を表記することができたので、次は当然小さい数を表すこともできないか考えたい。そのためには、指数法則が成り立つように、指数の意味を拡張してみる。ここで次のように約束すると、上にあげた指数法則がすべての整数m,nについて成り立つことが分かる。

このようにして指数を拡張すると、小さい数も指数で表すことができる。たとえば0.1=10-1、0.01=10-2などと表すことができる。このようにして、大きい数や小さい数は指数によって簡潔に表記することができるのである。

指数に関するこれ以上に詳しい内容は数学IIに譲る。また、指数同様に計算を簡潔にする道具として役に立つ対数という概念もあるが、これも数学IIで扱う。興味のある人はそちらも見てほしい。

数の概念[編集]

1, 2, 3,…という数は古くから知られてきた。また、1/2という分数や0.123といった小数も人類の長い歴史の中で早くから使われてきた。この事は、古代エジプトのパピルス(『リンド・パピルス』)にも分数の計算が載っている事からも解る。これらの数は感覚的にも捉えることが可能であるからこそ、人類が文明を築き上げた頃にはもうこれらの数を使っていたのだろう。ところが、様々な計算などを考えていくと感覚や直感では説けない数が登場する。その最初の概念は 0 と負数である。

自然数[編集]

自然数の例として、直感的に1, 2, 3,…という数字をあげることは難しくない。古代ギリシアより読み継がれてきているユークリッド『原論』(げんろん)でも、(自然数以外の分数なども含めた)数は「無定義用語」という特に説明もされないものとして扱われている。しかし、いざ「自然数とは何か」ということを規定するとなるととたんに難しくなる。これは高校生には難しいのでここでは詳しく触れない。

なお、無を表す 0 を自然数に含める立場と含めない立場がある。日本の小中高においては0を自然数には含めないことが多いが、0を含める流儀もあり、どちらが正しいというものではない。ここでは0は含めないものとして取り扱う。

さて、少し自然数の性質を挙げる。まず、自然数はすべて 1+1+1+… と分解できる。つまり、どのような自然数も、いくつもの1の和で作れるということである。第二に、自然数はすべてその数自身が素数(そすう)か、あるいは素数同士の積に分解できる。 1とその数自身でしか割り切れない、2以上の数を素数(そすう)という。

たとえば 2 は、その数自身が素数である。
たとえば 4 は、 4=2×2 というふうに、素数である2の積に分解できる。
たとえば 3 は、その数自身が素数である。

このことについては後で再び紹介する。第三に自然数同士を足し算・掛け算しても自然数にしかならないが、引き算・割り算では自然数以外の有理数になることもある(が、無理数にはならない)。これらの性質をわざわざ述べることにばかばかしさを感じるかもしれないが、このことは「自然数とは何か」を深く考える上で非常に大切なことなのである。

整数[編集]

自然数に加えて、0 や負の整数を合わせたものを総めて整数(せいすう)という。

0(ゼロ)[編集]

自然数は、数字の登場と同じくらい歴史の古いものである。しかし、無を意味する 0 という数字が登場すること、そしてそれが数の一つとして認知されるのには時間がかかった。先ず、「~がない」というのは理解できても、「ないもの」を書き表す数字が必要なのかという問題があった。実際、古代エジプトでは0の存在は知られていたが、0を意味する数字は発明されなかった。

一方で、早期に 0 を意味する数字を発明した地域として、インドやマヤ文明(中米)が挙げられる。アラビアやヨーロッパに伝播してやがてグローバル化した数字の 0 は、インドで生み出された数字である。1 から 9 までの九つの数字も同様である。また、マヤ数字は 0 を意味する貝殻模様、1 を意味する点、5 を意味する横棒の三種類が用いられ、二十倍ごとに桁が繰り上がっていた。インドでは十を「10」として表現したが、マヤ数字は二十を「点1個の下に貝殻模様」として表現した。

さらに、0の計算は自然数同士にはない独特の規則があることが0を数として認めることへの抵抗につながった。0の計算規則を見てみよう。

  • 加法: a + 0 = 0 + a = a.
  • 減法: a − 0 = a . 0 − a = −a.
  • 乗法: a · 0 = 0 · a = 0.
  • 除法: 0 ÷ a = 0 . a ÷ 0 は不可.

足し算と掛け算の交換法則は成り立つのだが、いくら足し算をしても変化せず、どんな数をかけても0になる0の性質はなかなか理解しにくいものであった。特にヨーロッパの言語では「足す」や「掛ける」は「増える」に近い言葉である(現代英語の例だが「足す」はaddだが、これにtoをつけると「増す・大きくする」になり、「掛ける」のmultiplyは単独で「増える」の意味を持つ)から、なおさら足し算しても変わらず、掛け算をすると減る0は扱いにくいものであった。さらにゼロで割り算をする「ゼロ除算」ができないことも0の特殊な性格の一つである。

さて、ここで0で割ることができない理由を考えてみよう。まず、ウィキペディアの「W:ゼロ除算」にあるものを紹介する。

以下を前提とする。

このとき、次が成り立つ。

両辺をゼロで割り算すると、次のようになる。

これを簡約化すると次のようになる。

このように1 = 2という自然数の前提をぶち壊す結果になる。種明かしをすると、先の計算では0/0 = 1としたのが誤りの理由であった。では0/0 = 1としなければよさそうに見えるが、これもうまくいかない。なぜなら、

この両辺をゼロで割り算すると、

となり、都合がよさそうに見えるが、

に同じ操作を行うと

になる。つまり、0/0はなんでもいい数となってしまう。このことから、ゼロの割り算は正確には「未定義」であるという 。

負数[編集]

自然数の頭に-(マイナス)を付けた物を負数(ふすう)といい、負数は0より小さい数として扱われる。いまでは天気予報の気温でもよく耳にするし、中学校から本格的に負数の計算も学ぶ。

負数は中国では紀元前100年ごろの数学書『九章算術』で扱われていた。また、インドでは7世紀ごろには負数が使われていたという。しかし、ヨーロッパでは負数が数の一部として認められるのにはかなり時間がかかった。このことを示すものとしてよく話題に上るものは、17世紀の数学者であるパスカルの著書『パンセ』の中にある「私は0から4を引けば0であることのわからぬ人を知っている」という言葉である(ただし、パスカルが本当に負数を理解していなかったのかはわからない)。

さて、ヨーロッパに負の数が紹介されたとき負の数は「借金」として紹介された。例えば、0-1000=-1000だが、これは「無一文の状態で1000円借りた」ことになる。さらに-1000+1000=0なら「1000円の借金があるところで1000円の収入があったので返済したら借金も財産もない状態に戻った」ことになる。このように、負数を「借金」、正数を「財産」として理解するのは、足し算や引き算では都合のよいことであった。

しかし、掛け算(および割り算)では「借金」というとらえ方では不都合が起きる。-1000×2=-2000ならまだよい。「1000円の借金を2回行うと借金が2000円になる」とも解釈できるからだ。ところが-1000×-2はどう理解すればよいのだろうか。インドの数学者バースカラ2世は「財産と財産の積、借金と借金の積は共に財産であり、財産と借金の積は借金である」と述べた。これは確かに負の数の計算規則に沿ってはいるが、これで説明されてもよくわからないだろう。借金に借金をかけても(日常的には)財産になるわけがないと感じられるからである。このため、負の数の掛け算はヨーロッパでは長い間議論されてきたのである。

では、負数同士の掛け算はなぜ正数になるのかを考えてみよう。実は数直線を使うとわかりやすい。

Real Number Line.png

今、原点0に毎秒-1ずつ進む点があるとする。このとき3秒後(+3秒後)にはどこに行くかというと(-1)×(+3)=-3の点である。では、3秒前(-3秒後)ならどうかといえば、-の反対方向、すなわち+の方向であり、原点0から+3のところである。これを式にあらわせば(-1)×(-3)=+3となる。

実は自然現象(正確には物理現象)にも正負の掛け算と似た法則が見られる。まず、押す力(斥力)を+、引く力(引力)を-とする。中学校の理科1分野高等学校理科総合Aでも習ったように、イオンになった原子などは電気を持っている。それらが帯びている電気(の量)を電荷というが、これは+と-の電気をおび、二つの電荷は力を及ぼしあう。それらの関係は以下のようになっている。

電荷1 電荷2
+ + +
- - +
- + -
+ - -

なお、このような二つの電荷と力の関係を表したものがクーロンの法則と呼ばれるものであるが、ここでの公式の紹介や解説は省略する。

分数[編集]

分数の書き方は分母と分子の数の間に括線という線を引けばよい[1]。だから、小学校でならう書き方という書き方のほかに、既にこのページでも何度か使っているように1/2という書き方もある。特に後者は小学校で習った書き方ではスペースが狭い場合にも使うこともあるが、時速を表す単位「km/時」のようにある単位を表す場合にも使われている(なお、このページではスタイルマニュアルに従い、なるべくa/bの表記を行う)。

分数には三つの意味がある。3/5で考えてみよう。まず 3/5 = 3÷5 のように割り算を表現したものである。次に、3/5は 5等分したものを3つ集めたものという意味もある。そして、3/5は3:5という比の意味もあり、この場合、基準となるもので測ると一方は3、もう一方は5になる関係である[2]

小数[編集]

分数と同様に整数と整数の「間」の数のが小数(しょうすう)である。分数が早くから登場したのに対して、小数が登場するのは少し晩い。正確に言えば、古代バビロニアやメソポタミア文明の粘土板には小数も登場していたし、先に紹介した小さな数の単位も小数の仲間といえる(理由は後述)ので、東洋では早くから小数が使われていたといわれる。しかし、ヨーロッパで小数が定着したのは17世紀にジョン・ネイピアが、今使われている整数部分と小数部分の間に小数点[3]を書く方法を紹介してからのことであった。

ヨーロッパで小数が定着するのが晩かった理由は、十進法が定着しておらず、4で割り切れる十二進法や二十進法もよく使われていたからである。数量の単位で、ダース(12個)やグロス(12の2乗、即ち144個)やスコア(20個)といった単位も存在する。小数を書くには、何進法を使うのか一つに定まっていないと難しい。逆に、中国やインド、日本のようないわゆる東洋圏では、古くから十進法が使われていたために、小数(の考え方)が使われていた。より細かく言えば、バビロニアでは十進法を補助として六十進法が使われて来たが、割り切れない性質が許容できなかったが故に、位取りは1から5までの全てで割り切れる60を基礎にして、小数も使われていた。

有限小数[編集]

0.5や0.12のように有限の桁の小数を有限小数(ゆうげん しょうすう)という。有限小数は必ず分数にできる。

無限小数[編集]

十進法の1÷3を分数を使わずに計算すると0.3333…となり、十二進法の1÷5を分数を使わずに計算すると0.2497…となり、同じく十六進法の1÷3も0.5555…となり、十六進法の1÷5も0.3333…となり、いつまでも割り切れない。このような小数を無限小数という。無限小数にも同じ数を繰り返す循環小数とそうでない非循環小数がある。非循環小数には0.101001000100001…のようなものもあるが、代表的なものは2の平方根である1.41421356…や円周率がある。

循環小数の書き方は

のように繰り返しのはじめと終わりに点を打てばよい。0.1234234…のように途中から循環する場合には

とする。0.33…のように同じ数が繰り返す場合は

と、点を一つ打てばよい(ただし、スタイルマニュアルにしたがい、ウィキペディアの書き方0.{123}、0.{3}を以降は用いる)。

さて、無限小数は分数にできるのだろうか。循環小数は分数にすることができる。その方法を見てみよう。

まず、0.{123}=xとする。この式の両辺に1000をかけると123.{123}=1000xとなる。後の式から最初の式を引くと、123.{123}-0.{123}=1000x-xであり、循環部分が消えて123=999xになる。あとは両辺を999で割るとx=123/999、約分して41/333になる。

では非循環小数はどうだろうか。実は、非循環小数は分数にはできない。なぜなら、分数で表されている数を小数に直そうとすればかならず循環小数になるからである。

無理数[編集]

整数は分数で表すことができるし、有限小数や循環小数はやはり分数で表すことができる。これらを有理数(ゆうりすう)という。それに対して、分数であらわすことができない数がある。それを無理数という。無理数には円周率(えんしゅうりつ)や、のような平方根(へいほうこん)などがある。無理数は分数や循環小数などで表すことができないので、円周率はπ、平方根は√(ルート)に自然数や正の分数・小数を入れるなど、固有の記号を用いて書き表す。

さて、ここでが分数であらわせないことを証明しよう。これは数学Aの背理法という方法を用いる。

とする。なお、分数b/aはこれ以上約分できないものとする。

これを2乗して整理すると

2a2 = b2

このことからbは偶数であることがわかる[4]。だから、b=2cとできるので、

2a2 = 4c2とすることができる。

この両辺を2で割ると、

a2 = 2c2

このことからaも偶数であることがわかる。よって、a=2dとできる。したがって、

となる。

しかし、これは2c/2dが約分できるので「分数b/aはこれ以上約分できないものとする」としたことと矛盾する。よって、

としたことは誤りであった。

ゆえには分数にできない無理数である。(証明終わり)

この無理数と有理数を合わせて実数(じっすう)という。実数は2乗すると正の数になる。

虚数・複素数[編集]

16世紀のイタリアの数学者、カルダーノ三次方程式の解の公式を公表したとき、二乗するとマイナスになる「奇妙な」数が登場してきた。これが虚数(きょすう)である。そんな数があるのかと思うかもしれない が、x2+2=0という二次方程式を解いてみればわかる。これを解くとになり、2乗するとマイナスになる数が存在することがわかる。

この数の存在は当時の数学者にとって、当時負の数すらなかなか認められなかった中で、さらに奇妙なものに見えたが、これを使わなければ(x-1)(x-2)(x-3)=0のように因数分解できるもの以外の三次方程式は解けなかった。また、この数を使えば二次方程式もすべて解くことができる。そのため虚数は数学者たちに「しぶしぶ」認められた。ここで「しぶしぶ」といったのはこの奇妙な数の命名に見られる。この数はデカルトによってnombre imaginaire(英語に直せばimaginary number)と名付けられた。つまり、「計算上存在する想像上の数」というわけである。

さて、虚数であることを示すには実数の後に i (言うまでもなくimaginaryの頭文字から)という記号をつければよい。例えば先ほどのと書く。また、二次方程式や三次方程式を解くと大抵はa+biのように実数の部分と虚数の部分に分かれる(ただしa, b共に実数)。このように実数と虚数の和で表す数を複素数(ふくそすう)という。複素数の計算は普通の文字式と同じように扱えばよい。ただし、i 2 =-1であることに気をつけるべきである。

複素数の計算規則

a, b, c, d を実数、 z, v, w を複素数とする。

  • (和の交換法則)
  • (積の交換法則)
  • (分配法則)

なお、複素数は本来数学IIで学ぶ。また、1994~2002年度入学、および2012年以降入学予定の高校生は数学Bにおいて複素数を図形(幾何)的に扱う複素数平面というものも扱う。興味があれば、少し難しいがウィキペディアの複素数の記事も参照していただきたい。

なぜ、数を拡大してきたか[編集]

さて、これまで自然数から始まって複素数まで紹介してきた。なぜ、このように数の概念を拡大してきたのだろうか。それは数の概念を拡大すれば様々なことが表現できるし、計算を解くことができるからである。もしも 0 や負数を認めなければ、例えば 20 = 1 や 2-3 = 1/8 というような「割り算の繰り返し」を表現できないし、x+4=0というごく簡単な一次方程式すら「解なし」となってしまうし、実際にそう扱われてきた。(余談だが、小学校で方程式や累乗が出てこないのは、小学校では負数を学ばないのが理由の一つである)。全ての二次方程式や三次方程式を解くには虚数や複素数が必要なことは先ほど述べたとおりである。数の範囲を狭くすればするほど解くことのできる方程式は少なくなる。

数の概念を拡張すれば、様々な物を表現できることも見てみよう。増減の無い基準を0として、それより小さい数を負数と定義すれば、自然や社会の様々な物事を表現できる。経済成長率の「ゼロ成長」「マイナス成長」や気温の「-5度」などはその代表例である。平方根や円周率は図形の面積や辺の長さなどを測るのに不可欠であるから、設計や建築では当然のように登場する。「想像上の数」とされた虚数(正確には複素数)も飛行機の設計や電気工学などでは欠かせないものになっている。

特別な性質の数[編集]

自然数の中にはさまざまな性質を持った数がある。ここではそれらを見てみよう。

素数[編集]

1とその数自身でしか割り切れない、2以上の数を素数(そすう)という。

さて、素数について学び始めるとよく話題になるのは「1はなぜ素数ではないのか」という疑問ではないだろうか。なぜ1を素数とすることはできないのだろうか。その理由は1を素数とすると不具合がおきるからである。まず、自然数には一つの特徴がある。それは自然数はその数自身か素数同士の積であらわせるという性質である。

たとえば 2 は、その数自身が素数である。
たとえば 4 は、 4=2×2 というふうに、素数である2の積に分解できる。
たとえば 3 は、その数自身が素数である。

まず、「その数自身」で表せるのが1と素数である(0も自然数に含める場合には0も)。それ以外の自然数は必ず素数同士の積に分解できる。この分解の方法が素因数分解(そいんすう ぶんかい)である。さらに素因数分解は一通りにしかできない(難しく言うと「素因数分解の一意性」。なお、素因数分解の順序は問わない)。例えば、175は5×5×7としか分解できない。しかし、1を素数とすると1×5×5×7とも1×1×5×5×7とも書けてしまい、素因数分解の一意性に反することになってしまう。これが1を素数としない理由である。

また、素数が無限に存在することは古代ギリシャの頃から知られていた。このことを証明する方法もあるが、ここではそれをごくごく簡略化して紹介する(ただし、具体的な数を使うため証明にはなっていないことを断っておく)。やはり背理法を使う。

素数が無限でないとすれば最大の素数が存在する。ここで仮に13を最大の素数とする。そうすると、2×3×5×7×11×13+1も2、3、5、7、11、13のいずれかで割り切れることになる。しかし、これらで割ってもあまりが出る。となると、これは素数であるか、または13より大きい素数同士の積である[5]。しかしこれは「13を最大の素数とする」としたことと矛盾する。よって、13は最大の素数とした仮定は誤りである。同様の仮定をさらに大きな素数としても同じ結果になるので最大の素数を考えることはできない。(証明終わり)

完全数[編集]

古代ギリシアの哲学者であり、数学者であり、「ピタゴラス教団」と呼ばれる宗教結社的な学派を創設したピタゴラスは「万物の根源は数である」と述べた。ここでは詳細には立ち入らないが、この思想を持っていたために彼は数に特別な意味があると考えていた。その一例を挙げると、1は神、2は女性、3は男性をあらわすという。そして、5は2+3で結婚、6は1+2+3なので神と人間が調和した完全な数だという。ここで、6の約数(6は含まない)を考えると、面白いことがわかる。6の約数も1、2、3であり、つまり、6は6自身を除いたすべての約数の和であらわすことができる。このような性質を持つ数のことを完全数(かんぜんすう)という。

完全数には6のほかにも28、496、8128、33550336、8589869056などがある。ピタゴラス以来、2500年以上完全数についての研究が続いているが、「偶数の完全数は無限に存在するのか」「奇数の完全数は存在するのか」などといった問題は現在も解決されていない。

三角数[編集]

N進法[編集]

位取り[編集]

普段我々が使っている位取りは「十進法」と呼ばれる方法で、一桁に十個の数字を入れて、十の累乗で桁や単位を繰り上げる方法である。数詞では、零から十までの数に銘々の名前を付けて、その次は百や千といった十の累乗数で新しい名前が付けられている。

位取りを定式化すると、一桁にN個の数字を容れて、Nの累乗で桁や単位を進め、桁の基数を「10」(N1)、桁の基数の二乗を「100」(N2)として表現する。「1」は桁の基数の零乗(N0)であり、桁の零乗の位を「一の位」という。「0.1」は1を桁の基数で一回割った数(N-1)であり、「0.01」は1を桁の基数で二回割った数(N-2)である。要約すると、「N3の位」「N2の位」「Nの位」「一の位」「N分の一の位」「N2分の一の位」「N-3」で桁は動いていく。十進法は、このNが十だから、「千の位」「百の位」「十の位」「一の位」「十分の一の位」「百分の一の位」「千分の一」の列になる。

では、このNが十ではなく、別の数字だったらどうだろうか?つまり、「10」は常に「十」ではなく、「八」にでも「十二」にでも変われるのだ。通常我々が用いている十進法は、0から9までの十個のアラビア数字で数を表現し、桁や単位を繰り上げる。しかし、十二進法や二十進法など、Nが十を超える場合は、十個のアラビア数字だけでは足りないので、A、B、C…といったラテンアルファベットの大文字を追加し、十をA、十一をB…と表記する。逆に、六進法など、Nが十を切る場合には、使用するアラビア数字を減らす。

整数の位取り

十進法であれば、一桁に十個の数字を容れて、十、二十、三十…といった十の倍数ではなく、十、百、千…といった十の累乗で桁や単位を進める。

十二進法であれば、一桁に十二個の数字を容れて、十二の累乗で桁や単位を作る。桁や単位の進め方も、十進表記の12(10)、24(20)、36(30)…ではなく、十進表記の12(10)、144(100)、1728(1000)…に相当する数で進む。十進法であれば「10」は十で「12」は十二だが、十二進法であれば「A」が十で「10」が十二で「12」は十四という意味になる。

六進法であれば、一桁に六個の数字を入れて、六の累乗で桁や単位を作る。桁や単位の進め方も、十進表記の6(10)、12(20)、18(30)…ではなく、十進表記の6(10)、36(100)、216(1000)…に相当する数で進む。十進法であれば「5」の次である六は「6」という一桁の数字だが、六進法であれば「5」の次である六が「10」となり、以後は七が「11」、十は「14」、十一は「15」、十二が「20」となる。

十進法では、50は「五十」で500は「五百」というように、十倍ごとに変わる。しかし、十二進法では、50は「六十」(十進法で5×12)で500は「七百二十」(十進法で5×144)というように、十二倍ごとに変わる。十二進法の小数も、0.5は「十二分の五」「十進法の5/12」になり、0.05は「百四十四分の五」「十進法の5/144」になる。六進法も同じで、50は「三十」(十進法で5×6)で500は「百八十」(十進法で5×36)というように、六倍ごとに変わる。六進法の小数も、0.5は「六分の五」「十進法の5/6」になり、0.05は「三十六分の五」「十進法の5/36」になる。

「1/2」の表記

小学校時代に偶数と奇数について触れただろう。では、最も基本的な分数である「1/2」を小数にすると、十進法以外ではどう表記されるか?

  • 六進法 0.3
  • 八進法 0.4
  • 十進法 0.5
  • 十二進法 0.6
  • 十六進法 0.8
  • 十八進法 0.9
  • 二十進法 0.A

底が十や六などの単偶数(四で割り切れない偶数)だと、1/2を意味する小数の末尾は奇数になる。しかし、底が八や十二などの複偶数(四で割り切れる偶数)だと、小数の末尾は偶数になる。「1/2」を小数にしても、これだけ異なる。

底の選定[編集]

では、一般に「N」と呼ばれ、位取りの基礎で累乗される「底」は、どのように選定されているのだろうか?短く言うと、数えやすさと分けやすさに集約されるだろう。段階を追うと、以下のようになっている。

  • (1)底が偶数であるか
我々の日常では、様々な場面で結合したり分割したりするシーンがあるが、その最も基礎となるのが「偶数であること」即ち「2で割り切れること」だろう。スポーツで試合を組む、2人を合わせる、2人で分ける、樹形図を描く、様々な場面で2や2の累乗が登場する。
もしも底が 3 や 5 といった奇数だと、整数レベルでも2で割り切れないどころか、小数レベルでも 1÷2 すら割り切れなくなる。このため、奇数進法は論外となる。
  • (2)底が小さ過ぎたり大き過ぎたりしないか
コンピューターは二進法で数字が0と1しか無いが、かといって一桁に容れる数字が多過ぎては覚えるだけで面倒になる。
「数字が0と1だけ」の二進法にすると、十進法の64で7桁に突入、十進法の4096で13桁に突入というように、すぐに桁が繰り上がり、予算レベルの大きい数は表現すら困難になる。日常生活レベルでも、例えば「2001年9月30日」は「11111010001年1001月11110日」という羅列になり、見ただけで混乱してしまう。かといって、「2でも3でも5でも割り切れる」という理由で30を底にして、かつ一桁に30個の数字を容れたら、数字を覚えるだけで大変で、九九は29の2乗で841種類も覚えなければならない。
このように、桁の底が小さ過ぎても大き過ぎても支障になる。現実的に許容される範囲としては、最小で6(=2×3)、最大で20(=4×5)が相場になっている。
  • (3)約数に奇数が含まれているか
我々の日常には、3ヶ月の季節や5本の指など、数えやすい奇数がざらにある。しかし、八進法や十六進法など二の累乗が底になると、奇数で割り切れないという不便が発生する。しばしば「十進法は1÷3が0.3333…で割り切れない」ことが問題になりがちだが、コンピューターで頻繁に使われる十六進法は、「1÷3は0.5555…で割り切れない」どころか「1÷5も0.3333…で割り切れない」。これは、十六を素因数分解すると24で、素因数が2だけだからである。これは、六進法の「2×3」や十進法の「2×5」よりも少ない。逆に、素因数に奇数が含まれていれば、小数レベルでも 9(32)や27(33)や25(52)といった奇数の累乗数で割り切れるようになる。
底の約数に含まれる奇数としては、小さい順から二つの 3 か 5 のどれかが選ばれることになる。7 や 11 は360(1年、1周)すら割り切れないので、問題外となる。従って、目的に応じて「底が3で割り切れる」か「底が5で割り切れる」 のどれかを取ることになる。傾向として、分配を重視すると 3 を取り、列挙を重視すると 5 を取る例が一般的である。
  • (4)底が単偶数か複偶数か
偶数であることは底を決める上で大前提だが、4で割り切れる(複偶数)か4で割り切れない(単偶数)かも重要になる。四季や四肢や直角(1/4周)など、4分割から成り立つ要素もざらにある。このため、最後は単偶数か複偶数かで底を決めることになる。6から20まで、かつ3か5のどれかで割り切れる偶数を見ると、単偶数なら六進法、十進法、十八進法の計3種類、複偶数なら十二進法と二十進法の計2種類、ということになる。

N進法の計算[編集]

3で割り切れるN進法に変えたら

「1÷3が0.3333…で割り切れない」「10÷3が割り切れない」で困っている人も多いだろう。この原因は、十が「10」で、十倍ごとに位取りが変わる十進法だからである。十は、約数が2と5しかなく、素因数分解も2×5だからに過ぎない。小数も同じで、十進法では0.1が十個で1が作られ、0.2は1/5、0.3は10/3、0.4は2/5…となり、1/3で表せる小数が存在しない。

逆に、六進法に変えてはどうか。六は約数が2と3の二つで、素因数分解も同じ2×3となる。すると、六が「10」になるので、10÷2=3で、10÷3=2となる。小数も、六進法では0.1が六個で1が作られるので、0.2は1/3、0.3は1/2、0.4は2/3というように割り切れる小数になり、「1÷3は0.2で割り切れる」。つまり、「1÷3が割り切れない」原因は、六みたいな3で割り切れる数を桁や単位に設定せず、十みたいな3で割り切れない数を桁や単位に設定しているからに過ぎない。

六進法は六倍や六分割の繰り返しで桁が動くので、100は三十六、1000は二百十六、0.01は三十六分の一、0.001は二百十六分の一になる。100(三十六)のm/4となる数の六進表記を見ると、九は「13」となるが、これは十進表記で「1×61 + 3」を意味する。同じく、十八は「30」で「3×61」、二十七は「43」で「4×61 + 3」となる。三桁の数を見ると、百は六進法では「244」となるが、これは十進表記で「2×62 + 4×61 + 4」を意味する。また、素因数に3が含まれていることは、九や二十七といった3の累乗数でも割り切れる事を意味する。例えば、二十七分割である1÷43は、0.012となって割り切れる。

試しに、百の三分割を計算してみよう。

  • 十進法:100 ÷ 3 = 33.3333…
  • 六進法:244 ÷ 3 = 53.2

六進法はきれいに割り切れた。この「53.2」を十進法に直すと、「33と1/3」という意味になる。「53」は「5×61 + 3」で三十三に当たり、小数の「.2」が前述の「0.2は1/3」に当たる。

次に、100÷9を計算してみよう。

  • 十進法:100 ÷ 9 = 11.1111…
  • 六進法:100 ÷ 13 = 4

この六進法の数式は、十進法に直すと「36÷9 = 4」に相当する。

逆に、六進法は1/5が割り切れない。5が約数にも素因数にも含まれていないからだ。

  • 十進法:1 ÷ 5 = 0.2
  • 六進法:1 ÷ 5 = 0.1111…

以上のように、どの数が約数や素因数に含まれているかで、割り切れる数が決まる。

更に、十進法が「5本×2ヶ所、両手の十本の指」に由来しているのと同じで、六進法も「3次元×2面、左右・上下・前後の六つの面」に由来している。だから、十の二乗で「百貨店」「百葉箱」「小倉百人一首」「百花繚乱」に対して、六の二乗で「三十六計」「三十六策」「富嶽三十六景」「三十六峰」といった語彙も使用されている。用法を見ると、十や百は「漠然とした多数」なのに対して、六や三十六は「多数の方角」「その空間の全て」というように使用されている。

4で割り切れるN進法に変えたら

では、底が「三の四倍」である十二進法にしたらどうなるか?十二は三でも四でも割り切れるから、十二進法では「10÷3=4」で割り切れるし、「10÷4=3」で割り切れる。勿論、「10÷2=6」で割り切れる。十二の約数は2, 3, 4, 6 の計四つで、素因数分解も22×3となる。これだから、小数でも、三から十二までの三の倍数四つ(3、6、9、10)で全て割り切れて、「1÷3=0.4」「1÷6=0.2」「1÷9=0.14」になる。しかし、五が約数に含まれていないので、「1÷5」と「1÷A」(十進表記の「1÷10」)は割り切れない。「1÷5=0.2497…」となって割り切れない。

十二進法の小数の計算では、半年を「0.6」、10ヶ月を「0.A」として計算することも可能になる。例えば、十進表記の「1991年10月の2年半前は1989年4月」は、十二進表記の小数では「119B.A - 2.6 = 1199.4」で表せる。十進法の1991は「13×144 + 119」で「1×123 + 1×122 + 9×121 + 11」に分解できるから、十二進法では119Bになる。

また、「2年半の2倍は5年」は「2.6×2=5」、「2年半の3倍は7年半」は「2.6×3=7.6」、「7年半の3倍は22年半」は「7.6×3=1A.6」という表記になる。桁を繰り上げた「26×2=50」は十進法の「30×2=60」に等しく、「26×3=76」は十進法の「30×3=90」に等しく、「76×3=1A6」は「90×3=270」に等しい。「2.6」や「26」と書けば「2年6ヶ月=30ヶ月」、「5」や「50」と書けば「5年=60ヶ月」、「7.6」「76」と書けば「7年6ヶ月=90ヶ月」、「1A.6」「1A6」と書けば「22年6ヶ月=270ヶ月」で辻褄が合う。

また、「10個を4人でも奇数人でも割り切る」なら、十二進法以外に、二十進法でも可能になる。二十は四でも五でも割り切れるから、二十進法では「10÷4=5」で割り切れるし、「10÷5=4」、「10÷2=A」で割り切れる。二十の約数は2, 4, 5, A(十進法の10)の計四つで、素因数分解も22×5となる。割り切れる小数も、「1÷2=0.A」「1÷4=0.5」「1÷5=0.4」となる。しかし、こちらは三が約数に入っていないので、「1÷3=0.6D6D…」となって割り切れない。

単位系をN進法に変えたら

機械的に累乗を適用する体系としては、先ず貨幣が挙げられるだろう。ヤード・ポンド法の本家であるイギリスが、貨幣を十進法に変更した日は、第二次大戦後の1971年2月15日だった。2018年現在、まだ47年8ヶ月(前記の十二進法なら3B8ヶ月=572ヶ月)という短い期間しか経っていない。

貨幣が十進法だと、どうなるか。2と5でしか割り切れないから、10の累乗数と、10の累乗数の5倍しか発行されない。50円→100円→500円→1000円で、二倍の開きでしか作れない。

では、3と4が約数に含まれる十二進法や、4と5が約数に含まれる二十進法が適用されたら、どうなるだろうか?「半分」以外の選択肢が生まれて、分けやすくなるということだ。

例えば、十二進法で、12円→144円→1728円→20736円の列に、どの補助貨幣を入れるだろうか?半分にした72円・864円・10368円か、四分割した36円・432円・5184円か、それとも奇数の三で分けた48円・576円・6912円か?二十進法で、20円→400円→8000円→160000円の列に、どの補助貨幣を入れるだろうか?半分にした200円・4000円・80000円か、四分割した100円・2000円・40000円か、それとも奇数の五で分けた80円・1600円・32000円か?分割法によって、様々な利便が生まれるだろう。
例えば、432円(300円)12硬貨1枚と144円(100円)12硬貨1枚で576円(400円)12にして、それが3人分で1728円(100012)紙幣に両替できる。4人で2000円(500円)20紙幣を1枚ずつ出して8000円(1000円)20の品物を買う、8000円(1000円)20を2000円(500円)20紙幣4枚か1600円(400円)20紙幣5枚のどれかで両替できる、といった事ができるようになる。更に、最高額紙幣を20736円(10000円)12紙幣や160000円(10000円)20紙幣に変更して札束を薄くする、という発想も思い衝くだろう。

このように、世界史を見ると、必ずしも十進法だけだったのではなく、代表例として十二進法や二十進法も使用されてきた。外の進法を挙げると、実用化は希だが、十八進法を使用すると、4と5は割り切れないが、2の外に3の2乗である「9」が割り切れる整数に含まれる。つまり、「10」が2、3、6、9で割り切れることになる。

代数[編集]

なぜ文字式を使うのか[編集]

代数の難しさ[編集]

[編集]

  1. ^ 小学校では分子と分母は自然数のみを使い、中学校ではさらに整数と無理数を使うが、実は分子と分母はどんな数でもよい(ただし、先に述べたように原則として分母は0にできない)。だから、や分数式といわれる、さらに連分数というものもある。これらについては数学II数学IIIを参照のこと。
  2. ^ ちなみに、2009年度入学の中学校1年生から復活したものとして比例式(ひれいしき)というものもある。これは先ほどの三番目の意味を利用したものである。
  3. ^ 日本ではピリオド(ドット)だが、国によってはコンマを使うところもある。
  4. ^ 2乗して偶数になる整数は偶数しかない。
  5. ^ しばしば勘違いしやすいことであるが、このようにして作った数は素数になるとは限らない。たとえば2×3×5×7×11×13+1=59×509である。
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