民法第97条

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法学民事法コンメンタール民法第1編 総則 (コンメンタール民法)

条文[編集]

(意思表示の効力発生時期等)

第97条
  1. 意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
  2. 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。
  3. 意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。

改正経緯[編集]

2017年改正前の条文は以下の通りであり、隔地者に対する意思表示の取り扱いを定めていた。明治29年制定当時は使者(代理ではない)又は郵送による表示を想定していたが、隔地の伝達方法が大きく変わったことに伴い、その事情も斟酌して意思表示一般の原則とした。

(隔地者に対する意思表示)
  1. 隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
  2. 隔地者に対する意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、又は行為能力を喪失したときであっても、そのためにその効力を妨げられない。

解説[編集]

本条は、意思表示の効力発生時期を画す。

意思表示者と受領者が同じ場所にいる場合(これを「対話者」という)、「意思表示の時点=意思表示を認知した時点」となるが、郵便などにより表示とその認知が隔絶される場合(この関係を「隔地者」という。隔絶の度合いは空間的隔絶ではなく、時間的隔絶である)、意思の表白発信到達了知というプロセスを経るが、どの時点において、意思表示が成立し効力が発生するかを、明確にする必要がある。

到達主義[編集]

民法においては、本条により「到達」の時点において効力が発生するものとし、「了知」までは不要としている。したがって、相手方に到達したが、相手方が受領を拒否した場合は、相手方はその内容を了知していない可能性はあるが、到達の事実により意思表示は成立する。

また、到達時における受領者は、相手方本人又はその法的な代理人である必要はなく、一般に正当に受領すべき者で足りる。例えば、会社の住所と代表者の住所が一致している場合、代表者宛の意思表示文書を、会社と無関係な代表者の家族が受け取っていたとしても、代表者の認印を使用するなどの事実があれば、到達したものと認められうる(最判昭和36年04月20日)。

なお、了知の可能性で問題となる相手方が意思能力を欠く場合は、到達先の選択の問題とされる(民法第98条の2参照)。

到達事実の証明[編集]

到達の事実については、「到達した」ことについて発信者に立証責任説明責任)があり、受信者に「到達していない」ことを証明させるものではない。このため、到達事実を明確にするためには、「配達記録郵便」又は「書留郵便」により発信することが実務上の慣例であり、発信した内容も明確にするため「内容証明郵便」が用いられている。

電子メールによる意思表示は、意思を表示した電子メールが受信者が指定した又は通常使用するメールサーバーのメールボックスに読み取り可能な状態で記録された時点または、電子メールの折り返し機能により画面上に受領事実が表示された時点に画することができるが、現時点においては、到達事実が明確に発信者に認知できるかは慣習によっており、郵便制度ほどの安定した制度にはなっていない。

発信主義[編集]

到達主義の例外として、意思表示を相手方に向け発信した時点に画し、意思表示の効果を全部又は一部について認める場合がある。民法第20条民法第526条

発信後に発信者に生じた変動[編集]

本条第2項には、表意者が通知を発した後に、死亡又は無能力者になった場合でも、そのためにその効力を妨げられないことを定める。これを反対解釈すれば、死亡又は無能力者になった場合を除けば、到達前の撤回は、意思表示を形成しないこととなる。例えば、使者により伝達をする場合、相手方に到達する前に撤回の意思を使者に対して示せば、意思表示は成立しない(制止に関わらず使者が伝え、相手方が誤認した場合の効果は別論)。

隔地者間の契約[編集]

  • 民法第526条(隔地者間の契約の成立時期)
    契約の申出に対する、承諾については、その通知を発した時に成立する。これは、契約を申し出たものは、申出を行なった時点で、契約の成立を期待していることから、一方が承諾を行なった時点で契約を成立させることが合理的であることによる。

参照条文[編集]

  • 民法第526条(申込者の死亡等)
    申込者が申込みの通知を発した後に死亡し、意思能力を有しない常況にある者となり、又は行為能力の制限を受けた場合において、申込者がその事実が生じたとすればその申込みは効力を有しない旨の意思を表示していたとき、又はその相手方が承諾の通知を発するまでにその事実が生じたことを知ったときは、その申込みは、その効力を有しない。

判例[編集]

  1. 建物収去土地明渡請求(最高裁判決 昭和36年04月20日)
    催告書の到達を認めた事例。
    会社に対する催告書が使者によつて持参された時、たまたま会社事務室に代表取締役の娘が居合せ、代表取締役の机の上の印を使用して使者の持参した送達簿に捺印の上、右催告書を右机の抽斗に入れておいたという場合には、同人に右催告書を受領する権限がなく、また同人が社員に右の旨を告げなかつたとしても、催告書の到達があつたものと解すべきである。
  2. 電話料金請求 (最高裁判決 昭和43年12月17日)第1項
    日本電信電話公社の加入電話加入者に対する加入電話加入契約上の意思表示の到達が認められた事例
    電話加入権の譲渡承認をえて加入電話加入者となつた者が、右譲渡承認の請求に際し譲受人の住所として特定の場所を表示して右承認をえ、右場所に設置された電話機を、同所に営業所を設けて営業を営む第三者に使用させている場合には、加入電話加入者みずからは同所に居住していなくても、同所に居住する者によつて、日本電信電話公社より加入電話加入者に対する加入電話加入契約上の意思表示を記載した書面が受領されたときは、右意思表示が到達したものと認めるべきである。
  3. 遺留分減殺、土地建物所有権確認(最高裁判決 平成10年06月11日)民法第907条民法第1031条
    遺留分減殺の意思表示が記載された内容証明郵便が留置期間の経過により差出人に還付された場合に意思表示の到達が認められた事例
    遺留分減殺の意思表示が記載された内容証明郵便が留置期間の経過により差出人に還付された場合において、受取人が、不在配達通知書の記載その他の事情から、その内容が遺留分減殺の意思表示又は少なくともこれを含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができ、また、受取人に受領の意思があれば、郵便物の受取方法を指定することによって、さしたる労力、困難を伴うことなく右内容証明郵便を受領することができたなど判示の事情の下においては、右遺留分減殺の意思表示は、社会通念上、受取人の了知可能な状態に置かれ、遅くとも留置期間が満了した時点で受取人に到達したものと認められる。

前条:
民法第96条
(詐欺又は強迫)
民法
第1編 総則

第5章 法律行為

第2節 意思表示
次条:
民法第98条
(公示による意思表示)
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