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将棋/初手

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将棋/定跡書 から転送)
後手 なし
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将棋の初期局面(平手

将棋の初手は30通りある。このうち角道を開ける▲7六歩と、飛車先の歩を突く▲2六歩が一般的である。


▲7六歩

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詳細は「将棋/▲7六歩」を参照
後手 なし
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先手 なし
1手目▲7六歩まで

▲7六歩は角が敵陣に直射する[1]

  1. △3四歩と後手も角道を開ける手と、
  2. △8四歩と飛車先の歩を突く手が考えられる。


▲2六歩

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詳細は「将棋/▲2六歩」を参照
後手 なし
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先手 なし
1手目▲2六歩まで

▲2六歩は飛車を活用し、後手の角頭を狙っている[2]

  1. △8四歩と後手も飛車先の歩を突く手と、
  2. △3四歩と角道を開ける手が考えられる。

初手▲7六歩と▲2六歩の違いは、

などである。


▲7八金

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詳細は「将棋/▲7八金」を参照
後手 なし
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1手目▲7八金まで

角頭を守って手堅いようだが、2手目△3二金と同様、相手に振り飛車にされると玉を囲いづらく作戦の幅が狭くなる。一方で、銀冠などに進展すれば悪くはならないともいわれる。このため、▲7六歩△3四歩▲4八銀▲7六歩△3四歩▲6八玉同様後手に、特に居飛車党相手に、振り飛車をやってこいという挑発の意味で用いられることがある。

タイトル戦では▲中原-△加藤一戦(1983年、十段戦)など。

藤井猛は、村山慈明ponanzaの初手▲7八金対策を相談された際に「初手▲7八金なんて全然とがめられないよ」と述べたという[5]

後手が振り飛車にした実戦例は▲千田-△糸谷戦(2016年)、▲金子金五郎-△木村義雄戦(1935年、八段三角戦A組)など。


▲5六歩

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詳細は「将棋/▲5六歩」を参照
後手 なし
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1手目▲5六歩まで

中飛車を目指す手。

▲7六歩△3四歩▲5六歩では、△8八角成▲同銀△5七角で馬を作られてしまうため、初手▲5六歩と突き、△3四歩に▲5八飛と回る手法が開発された。

林葉直子は1991年の女流名人戦で初手5六歩を指して女流名人位を奪還し、林葉は続いて女流王将戦でも初手5六歩を披露した。15連勝と勢いがあった挑戦者である斎田晴子を退けて女流王将十連覇を達成する。

同年に先崎学がNHK杯準決勝で羽生善治を相手に初手5六歩から先手5筋位取り中飛車にし、羽生を撃破。先崎はその勢いでNHK杯を優勝する。

▲5八飛

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詳細は「将棋/▲5八飛」を参照
後手 なし
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先手 なし
1手目▲5八飛まで

▲5六歩と同じようでも、△8四歩の後、

  1. ▲7六歩△8五歩▲7七角△3四歩と進むと、角交換から△4五角の筋があるため、▲6六歩と角道を止めざるを得ない。
  2. ▲4八玉△8五歩▲7八金と角道を開けずに駒組みを進める原始中飛車は、初級者向きの戦法とされる。

5八飛と指すのは、鬼六流中飛車でこの初手が採用されている。

女流棋戦で蛸島彰子元女流名人が1991年の対局で船戸陽子に対し、初手5八飛を指している。以降は5筋位取り中飛車から先手蛸島が仕掛け、快勝する。蛸島-船戸戦では、1997年にも初手5八飛を指し、その後も蛸島は1998年の対谷川治恵戦でも指しており、翌年1999年の同じ谷川戦では初手5六歩と指している。

棋戦では1996年に真部一男が対桐山清澄戦で、1997年に田村康介が指している。

▲7八飛

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詳細は「将棋/▲7八飛」を参照
後手 なし
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先手 なし
1手目▲7八飛まで

初手▲7八飛戦法。猫だまし戦法とも。

初手から▲7六歩△3四歩▲7五歩の石田流では、△8八角成、△1四歩、△4二玉などの手に対応する必要があるが、初手▲7八飛では

  1. △3四歩▲4八玉△8四歩▲3八玉△8五歩▲7六歩△6二銀[6]▲7五歩の升田式石田流に限定できる。
  2. △8四歩▲7六歩と進むと、初手から▲7六歩△8四歩▲7八飛に合流する。


▲6六歩

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詳細は「将棋/▲6六歩」を参照
後手 なし
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1手目▲6六歩まで

△3四歩▲7六歩(あるいは△8四歩▲7六歩)で定跡手順に合流するが、△3四歩▲6八飛と四間飛車を目指す指し方。

初手から▲7六歩△3四歩▲6六歩では、△8四歩を保留して右四間飛車などに構えられる場合がある。

▲6六歩△3四歩▲6八飛とすれば、△8四歩を突かれなければ▲7六歩の一手を▲4八玉や▲1六歩などほかの手に回せるため、後手の△8四歩を催促している意味がある[7]

▲6六歩△3四歩▲6八飛△3二飛と相振り飛車になった場合、▲6五歩と突き出すことができる(角道が通っていると角交換から△4五角がある)。


▲6八飛

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後手 なし
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先手 なし
1手目▲6八飛まで

△3四歩▲7六歩、あるいは△8四歩▲7六歩で定跡手順に合流する。

△3四歩▲6六歩ならば、初手から▲6六歩△3四歩▲6八飛に同じ。


▲9六歩

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詳細は「将棋/▲9六歩」を参照
後手 なし
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先手 なし
1手目▲9六歩まで

特に英春流カメレオン戦法での初手として知られる。

棋戦でも2018年1月30日 竜王戦、▲増田裕司 vs.△菅井竜也 第31期竜王戦4組ランキング戦、1981年8月 十段戦予選、▲安恵照剛 vs.△米長邦雄戦ほか数局ある。安恵-米長戦は初手9六歩に後手も1四歩と指し、戦型は先手は矢倉、後手は陽動振り飛車となった。安恵は1978年の加藤一二三戦、1992年の羽生善治戦でも初手9六歩を指している。自分も相手も居飛車党の場合において、本来後手番側が誘導する横歩取りも考えられる。初手9六歩としておき、相手が△8四歩であれば可能となる。相掛かりで9六歩が有効手となるのはこの他にひねり飛車がある。ひねり飛車では角の活用のためいずれ必ず9六歩が必要となるためで、それを先に突いておいても手損にはならない。1978年の安恵-加藤戦は青野流ひねり飛車に、1992年の安恵-羽生戦では相横歩取りに誘導された。

先手が振り飛車党で、相手も振り飛車の可能性があり、相振飛車を警戒する、つまり自身は相振り飛車にしたくないなどの意味で、相手が振る場合は自身は居飛車、もしくは相手が振るのを確認してから自分も振り飛車にして相振飛車の戦型に持ち込む作戦の場合などで以前より初手▲7六歩△3四歩▲9六歩は相振り飛車を指す際に活用される手順であるが、1990年代からは様子を見る手としていきなり初手9六歩という場合も活用され始める。石田流の3・4・3や4・3戦法やゴキゲン中飛車など、本来は後手の戦法である戦法を先手がやろうとする場合にいきなりの一手パス手渡しの意味で指す場合も考えられる。

先手が中飛車を志向し、端角中飛車にするのであれば、初手に▲5六歩や5八飛のほかに、初手9六歩なども活用される。以下△8四歩に▲9七角△6二銀▲5六歩~5八飛で一局。なお、後手の2手目△3四歩であれば後手が相振り飛車に誘導することもありえる。

特に深浦康市が羽生善治王位に挑んだ1996年の王位戦第1局で、先手の深浦が初手9六歩を指し、角道不開端角中飛車を用いたのがよく知られている。早くは1991年の新人王戦トーナメント1回戦の林葉直子-佐藤秀司戦で、先手番となった林葉が初手9六歩と指し、深浦-羽生戦と同様に9七角型中飛車にして戦う作戦となった。端角型中飛車の特徴は先手なら▲7六歩と角道は開けないで指し、角を端に移動させることで活用する。プロの棋戦ではあまり見かけないが、アマチュア将棋、特にインターネット将棋などではわりあい用いられている戦法であり、アマチュア棋戦のように短時間の将棋ではわりあい優秀な戦法であるため、相手にする場合はそれなりの経験と慎重さが要求される。

アヒル囲い金開きといった端角を主とし、角道を開ける▲7六歩を保留する戦法において、初手として利用されることがある。相手が振り飛車にした場合には、角道不開左美濃・飯島流引き角などに誘導することも可能。


▲1六歩

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詳細は「将棋/▲1六歩」を参照
後手 なし
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先手 なし
1手目▲1六歩まで

1948年1月 富沢幹雄 vs.加藤博二 戦(順位戦)から、2014年10月 宮田敦史 vs.平藤眞吾 戦(第73期順位戦C級1組6回戦)など、アマチュア棋戦も合わせて数十局ある。

初手▲1六歩の意味は、陽動振り飛車などで逆に後手に回って相手の出方をみる、振り飛車党で相手が居飛車の場合に自分は居飛車を指す棋士(対抗形志向)が、相居飛車になるもしくは相振り飛車の戦型を避けるため、先手ゴキゲン中飛車を指す場合に相手の出方を見るため、藤井システムやトマホークなど、後手居飛車穴熊へのけん制などが知られる。

▲1六歩に△1四歩と突き返すならば、基本的に後手が居飛車穴熊に組むことはしないとされる。先手が振り飛車で美濃囲いになる場合端歩をあらかじめついていても手損にならない、初手からけん制されてことになるので、相手が居飛車穴熊にも組みづらい。後手が振り飛車に構えて先手が居飛車になっても、振り飛車側の△1五角を未然に防ぐ一手となる。

相居飛車戦や対矢倉戦となる場合、▲2六銀~▲1五歩の端攻め棒銀攻めが早くなる。


▲3六歩

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詳細は「将棋/▲3六歩」を参照
後手 なし
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1手目▲3六歩まで

次に▲3五歩と突かれると後手は角道を開けられなくなるため、△3四歩と突くが、▲3八飛と寄って▲3五歩△同歩▲同飛の歩交換を狙う。

渡辺明は、先手の得を生かす作戦かといわれると疑問は残るが「かなり有力な手」としている[8]

実戦例は▲林葉-△長沢戦(1985年)、▲先崎-△谷川戦(1989年)、▲渡辺明-△丸山戦(2006年)など多数。

林葉直子は1991年の女流名人戦でも初手3六歩と、初手5六歩を指して女流名人位を奪還している。

横山澄恵(石高澄恵)も1995年に初手3六歩を蛸島彰子との対局で指している。後手蛸島の指した2手目は△5四歩であった。その後戦型は先手の3筋位取り袖飛車に後手5筋位取り中飛車から穴熊にする。


▲4六歩

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詳細は「将棋/▲4六歩」を参照

▲小泉-△中村亮戦(2010年)の実戦例がある。


▲4八銀

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詳細は「将棋/▲4八銀」を参照
後手 なし
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先手 なし
1手目▲4八銀まで

英春流かまいたち先手番の最初手として有名であるが、これまでも1811年11月の 須永又三郎 vs.荻田重次郎戦から、現在の棋士の棋戦(2017年11月 山崎隆之 vs.青嶋未来 戦 第67回NHK杯3回戦第6局など)まで、数局指されている。


▲3八銀

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ponanzaが2015年11月の第3回将棋電王トーナメントで指したのが知られるが、千田翔太が先手を持って2016年12月に2局指している(第25期銀河戦本戦、対 伊奈祐介 戦 および 第65期王座戦一次予選、対 村田智弘 戦)。

▲6八銀

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後手 なし
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先手 なし
1手目▲6八銀まで

△3四歩と突かれると角道が開けられなくなるが、鳥刺し(引き角+斜め棒銀)を狙う嬉野流の出だし。嬉野宏明が考案し、天野貴元が晩年研究した[9]


▲7八銀

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詳細は「将棋/▲7八銀」を参照
後手 なし
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先手 なし
1手目▲7八銀まで

△3四歩と突かれると角道が開けられなくなるため、▲8六歩と並んで初手の最悪手に挙げられることもある[10]

しかし、△3四歩に▲6八飛と回って、△8四歩▲6六歩△8五歩▲7六歩とし、△8六歩▲同歩△同飛に▲7七角△8二飛▲8六歩とすれば、以下▲6七銀〜▲8八飛で8筋逆襲を狙って一局の将棋となる[10][11]

公式戦での実戦例は▲小泉-△永瀬戦(2012年)のみ。


▲6八玉

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▲日浦-△櫛田戦(1992年)、▲石橋-△斎田戦(2011年)の実戦例がある。

▲5八玉

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▲小泉-△阿部健戦(2010年)の実戦例がある。他には、▲千田翔太 vs.△谷川浩司 戦(2017年1月 棋聖戦予選)など。千田-谷川戦は結局先手が天守閣美濃で後手が四間飛車の戦型と成った。

▲4八玉

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▲5八金右

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▲4八金

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▲3八金

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2017年に行われた第2期将棋電王戦、ポナンザvs佐藤天彦叡王 戦で、このとき先手のポナンザは初手に▲3八金と指している。以下はA図のように進展した。一方でB図先手は鈴木英春が開発したカメレオン戦法から派生した局面。このとき先手鈴木は初手4八銀を使用している。基本的にこうした将棋の進行は、定跡をはずし、乱戦や手将棋に誘導しようという発想からである。

後手 歩
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先手 角歩4
A図 先手ポナンザ
後手 角歩
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先手 角歩2
B図 先手カメレオン

▲4八飛

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2014月9年 アマ棋戦の▲金澤正一郎 vs.△諸岡知樹(将棋日本シリーズ テーブルマークこども大会)が知られるが、後手が棒銀速攻を仕掛けて勝利し、42手目で終局している。

▲3八飛

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後手 なし
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1手目▲3八飛まで

将棋世界』1983年6月号で、当時石田和雄が担当していた「将棋相談室」に、「問:お父さんに勝つには」と題した質問があった。父親が先手番の際に初手に▲3八飛と指し、後手の質問者は矢倉に組むと▲2五桂から3三歩、三間飛車には▲2六銀から3五歩で、いつもやられているという。

この回答として、石田の検討によると、「タテ歩取り模様で指す」。

初手▲3八飛のねらいは、△3四歩を待って▲3六歩から3五歩を狙っているという。しかしながら、実際には▲3五歩△同歩▲同飛ときても、△3二飛とぶつければ、いやな筋は吹き飛んでいる。この順は形勢は互角。

初手▲3八飛をとがめる順は、後手は△8四歩と指す。

以下先手が▲7六歩であると△8五歩には▲7七角△3四歩▲8八銀△7七角成▲同銀△2二銀▲3六歩△3三銀▲7八金△3二金では、飛車寄りの一手がおかしくなっている。途中▲7八金で▲3五歩では△同歩▲同飛には△2四角がある。

一方▲3六歩なら、△8五歩▲7八金△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8四飛▲3五歩の変化が予想され、以下は例として△7四飛とし、▲9六歩△1四歩▲6九玉△3二金▲4八銀△1三角▲6八銀に△3四歩▲同歩△3五歩と指す要領になる。この際の後手の囲いは△7二銀~6二玉~7一玉である。

こうした、角筋を止める着想はプロでは幾分無理であるが、定跡をはずすのには一理ある指し方でもあるという。

なお、上述の初手▲3六歩でも同様の狙いであり、▲先崎対△谷川戦(1989年、NHK杯)でも同様な先手居飛車・後手タテ歩取り模様の戦型となっている。


▲1八飛

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▲6八金

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▲5八金左

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▲1八香

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▲9八香

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▲8六歩

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後手 なし
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先手 なし
1手目▲8六歩まで

初手の最悪手とされる[12]。角頭歩戦法とも呼ばれ、奇襲戦法の一つである。

弱点である角頭の歩を相手の飛車先に差し出す手で、△8四歩▲7八金△8五歩▲同歩△同飛▲8七歩と一方的に飛車先を切られることとなる。

公式戦での実戦例は▲増田-△小阪戦(2000年)がある。


脚注

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  1. ^ 羽生 2009, p. 84.
  2. ^ 羽生 2009, p. 86.
  3. ^ ▲2六歩に△3二飛?は、▲2五歩△3四歩▲2四歩△同歩▲同飛となって▲2三飛成が受からない。
  4. ^ ▲2六歩△3四歩▲2五歩△3三角▲4八銀△4四歩▲5六歩△3二銀▲7八銀△4三銀▲7九角△2二飛▲5七角が一例。ただし6手目で△8四歩と突かれると先手が損とされる(森内ら 2014、pp. 45-50)。▲佐藤康-△菅井戦(2015年)などの実戦例がある。
  5. ^ 村山 2015, p. 150.
  6. ^ △8六歩▲同歩△同飛は▲2二角成△同銀▲7七角。
  7. ^ 鈴木 2010, p. 21(藤井猛の見解)
  8. ^ 鈴木 2010, pp. 27-28.
  9. ^ 天野 2015, p. iii.
  10. ^ 10.0 10.1 谷川 1988, p. 19.
  11. ^ 青島 1996, p. ページ数不明(佐藤康光の見解)
  12. ^ 谷川 1988, p. 18.

参考棋譜

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参考文献

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