自然環境保全基本方針

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

公布日:1973年11月6日総理府告示30号 [1]

自然環境保全基本方針[編集]

第1部 自然環境の保全に関する基本構想[編集]

 自然は、人間生活にとつて、広い意味での自然環境を形成し、生命をはぐくむ母胎であり限りない恩恵を与えるものである。すなわち、それは、

① 経済活動のための資源としての役割を果たすだけでなく、
② それ自体が豊かな人間生活の不可欠な構成要素をなす。

 殊に我が国は、人間と自然と人間の造型作品とが有機的な統一体をなすというユニークな文化的伝統をもつてきた。

 我々の社会生活におけるこの自然の役割を思うとき、なによりも、我々がその価値を高く評価し、保護保全の精神を我々の身についた習性とすることこそが、あらゆる対策の第一歩であるというべきであろう。この立場に立つならば、これを原点として、我々は、自然を構成する諸要素間のバランスに注目する生態学をふまえた幅広い思考方法を尊重し、人間活動も、日光、大気、水、土、生物などによつて構成される微妙な系を乱さないことを基本条件としてこれを営むという考え方のもとに、自然環境保全の問題に対処することが要請される。

 ところが、現実をふりかえると、現に自然環境の破壊は容赦なく進んでおり、その規模において、多様性において、国土のいたるところで深刻な問題を提起していることは否めない。殊に問題なのは、これらの事態がしばしば社会的公正を損なう不均衡な利害を伴いがちで、そのために破壊への適確な対応が一段と複雑化しているという点である。

 以上の観点に立つとき、我々は必要に応じて人間活動を厳しく規制する方向で、社会経済制度全般にわたる総合的な政策を強力に展開する必要にせまられている。すなわち、資源のもつ有限性に留意し、大量生産、大量消費、大量廃棄という型の経済活動に厳しい反省を加え、公害の未然防止に努めるとともに、経済的効率優先の陰で見落とされがちであつた非貨幣的価値を適正に評価し、尊重していかなければならない。更に、自然環境の適正な保全に留意した土地利用計画のもとに適切な規制と誘導を図り、豊かな環境の創造に努めなければならない。

 もとより、自然保護を中心とする自然環境保全政策は、以上のごとき基本的な考え方のもとで展開すべき総合的な政策の重要部分を占めるものであり、それは自然環境保全の見地から地域の特性に応じて人間活動を規制するという面を主として分担するものであるといつてよい。したがつて、その施策は国土や各地方において確保すべき自然の適正な質と量とを科学的に検討し、それを明確にしたものでなければならない。しかし、この施策の確立には人間活動の限界の設定や、限られた資源の利用配分等の極めて困難な課題を伴うこととなり、更に、自然の全貌は、現代の科学的知見によつても、いまだうかがい知ることのできない多くの部分を持つものであることを認識せざるを得ない。

 このような状況のもとでは、自然環境の保全については、将来に禍根を残すことのないよう先取り的なより積極的な姿勢が求められる。いいかえれば、現在破壊から免れている自然を保護するというだけでなく、進んで自然環境を共有的資源として復元し、整備していく方策が必要である。そのため、当面の政策としては、国土に存在する貴重な植生、野生動物、地形地質等のかけがえのない自然やすぐれた自然は、近い将来に起こり得べき事態を考慮に入れ、また、十分な面積にわたつての保全を図るとともに、太陽エネルギーの合理的な利用が可能である農林水産業に関しては、それが有する環境保全の役割を高く評価し、健全な育成を図る必要がある。都市地域においては、健康な人間生活を保障するに足る自然環境が巧妙に確保されなければならない。更に自然環境保全政策は、国内政策にとどまることなく、国際的な視野に立つて貴重な野生動植物の保護や海洋汚染の防止を図るなど、積極的な協力活動を展開する必要がある。

 以上の前提に立ち、当面の自然環境保全施策の基本的な方向を展望すれば次のとおりである。

  1.  国土に存在する多様な自然を体系的に保全するため、自然環境保全法をはじめとする各種の関係制度を総合的に運用する。
    (1) 人為のほとんど加わつていない原生の自然地域、国を代表する傑出した自然景観、更に学術上、文化上特に価値の高い自然物等は、多様な生物種を保存し、あるいは自然の精妙なメカニズムを人類に教えるなど、国の遺産として後代に伝えなければならないものである。いずれもかけがえのないものであり、厳正に保全を図る。
    (2) 国土の自然のバランスを維持する上で重要な役割を果たす自然地域、すぐれた自然風景、野生動物の生息地、更に野外レクリエーシヨンに適した自然地域等は、いずれも人間と自然との関係において欠くことのできない良好な自然であり、適正に保護を図るとともに必要に応じて復元、整備に努力する。
    (3) 自然の物質循環に生産力の基礎をおく農林水産業が営まれる地域は食糧・林産物をはじめとする資源の供給面だけでなく、国土の保全、水源のかん養、大気の浄化等、自然のバランスの維持という面においても必要欠くべからざるものであり、その環境保全能力を評価し、健全な育成を図る。
    (4) 都市地域における樹林地、草地、水辺地などの自然地域は、大気浄化、気象緩和、無秩序な市街地化の防止、公害・災害の防止等に大きな役割を果たし、また地域住民の人間形成にも大きな影響を与えるものであるところから、健全な都市構成上、都市環境上不可欠なものについて積極的に保護し、育成し、あるいは復元を図る。
  2.  保全すべき自然地域は、その特性に応じて適切に管理されなければならない。このため、管理体制の整備に努めるとともに、必要な民有地の買上げを促進する。
  3.  自然環境を破壊するおそれのある大規模な各種の開発が行われる場合は、事業主体により必要に応じ、当該事業が自然環境に及ぼす影響の予測、代替案の比較等を含めた事前調査が行われ、それらが計画に反映され、住民の理解を得たうえで行われるよう努める。開発後においても自然環境の保全のための措置が必要に応じ講ぜられるよう十分な注意を払うものとする。
  4.  自然のメカニズムについては、解明されていない部分が極めて多い。人間活動と自然との関係、物質の循環、生態系の保全技術などについての研究を積極的に進めるため、研究体制の確立、情報システムの整備、研究者及び研究の成果を具体的施策に反映させる技術者の養成等に努める。
     また、我が国の自然環境の現状を適確に把握するため、植生、野生動物、地形地質をはじめ、しばしば軽視されがちな目に見えない自然のメカニズムの側面などの各分野にわたる科学的な調査を実施する。
  5.  自然環境の保全を十分図るためには、国民一人一人が保護、保全の精神を身につけこれを習性とすることがなによりも肝要である。このため学校や地域社会において環境教育を積極的に推進し、自然のメカニズムや人間と自然との正しい関係について国民の理解を深め、自然に対する愛情とモラルの育成に努める。
  6.  国民の自然に対する渇望に応えることは、自然環境保全の主要な目的の一つである。自然との交流を図る健全な野外レクリエーシヨンは、今後国民生活においてますます重要性を占め、その需要も増大の傾向にある。しかし、一面それが一定の地域に過度に集中すれば、かけがえのない自然を破壊するおそれもある。したがつて自然環境の適正な保全を図る立場から野外レクリエーシヨン政策の調整を図る。

 以上の自然環境保全施策は、国民の理解と協力のもとに、地方公共団体と連携を図りつつ、強力に展開しなければならない。そのためには開発行為に対する規制、土地のもつ公共的性格の重視等につき、勇断をもつて臨まなければならないが、同時に、国土保全その他の公益との調整に留意するとともに、保全のための負担の公平化、地域住民の生業の安定及び福祉の向上、所有権等の財産権の尊重等のため必要な施策を総合的見地から講じていく必要がある。自然の恵沢の享受と保全に関し、受益と負担の両面にわたつて社会的公正が確保されてこそ、自然環境の適正な保全が図られるのである。

第2部 自然環境保全地域等に関する基本的事項[編集]

 自然環境保全法に規定する3種の保全地域、すなわち、原生自然環境保全地域自然環境保全地域及び都道府県自然環境保全地域は「自然環境の保全に関する基本構想」に基づき国土全域を対象として体系的に選定され、適切に保全されなければならないが、それらについての基本的事項はおおむね次のとおりである。

  1.  原生自然環境保全地域の指定方針
     我が国においては、国土の開発が非常に進んでいるため、人の活動によつて影響を受けていない地域は、自然環境保全上極めて高い評価がなされるに至つており、そのもつ学術的意義は大きく、重要な科学的情報源である。
     我が国の亜熱帯多雨林帯、暖帯照葉樹林帯、温帯落葉広葉樹林帯、及び亜寒帯針葉樹林帯の各森林帯に残る原生の自然状態を維持している地域につき、次の要件に合致する典型的なものを原生自然環境保全地域として指定するものとする。
    (1) 極相あるいは、それに近い森林、湿原、草原等の植生及び野生動物等の生物共同体が人の活動によつて影響を受けることなく原生状態を維持していること。
    (2) 生態系として動的な平衡状態を維持するため、一定の面積と形態が確保されていること。
    (3) (2)に関連し、当該地域の周辺が自然性の高い地域であること。
  2.  原生自然環境保全地域の保全施策
     原生自然環境保全地域の指定方針にかんがみ、自然の推移にゆだねることを保全の基本方針とする。
    (1) 極相の状態や原生の状態を維持するため、原則として地域内において人為による改変を禁止するとともに、地域外からの各種の影響を極力排除するよう努める。
    (2) 特定の植物若しくは動物で稀有なもの又は当該地域に固有な植物若しくは動物で、人為の影響を著しく受け易いもの等を保存する必要のある場合には、立入制限地区を設け一層の保護を図るものとする。
    (3) 自然災害により損傷が生じた場合には、原則として人為を加えず、可能な限り、自然条件での遷移によつて復元を図るものとする。
    (4) 当該地域の自然を観察し、調査し、研究するとともに、必要最小限の保全事業を執行し、厳正な管理を図るものとする。
  3.  自然環境保全地域の指定方針
     すぐれた天然林が相当部分を占める森林、その区域内に生存する動植物を含む自然環境がすぐれた状態を維持している海岸、湖沼、湿原又は河川、植物の自生地、野生動物の生息地等でその自然環境がすぐれた状態を維持しているもの等で一定の広がりをもつた地域について、農林漁業等地域住民の生業の安定、福祉の向上、資源の長期的確保等自然的社会的諸条件を配慮しながら、指定を図るものであるが、特に次に掲げるものについては、速やかに指定を図るものとする。
    (1) 人の活動による影響を受けやすい弱い自然で破壊されると復元困難な地域
    (2) 自然環境の特徴が特異性、固有性又は稀少性を有するもの
    (3) 当該地域の周辺において開発が進んでおり、又は急激に進行するおそれがあるために、その影響を受け、すぐれた自然状態が損なわれるおそれのあるもの
  4.  自然環境保全地域の保全施策
     自然環境保全地域の保全対象である特定の自然環境を維持するため、自然環境の状況に対応した適正な保全を図るものとする。
    (1) 当該地域の生態系構造上重要な地区及び生態系の育成を特に図ることを必要とする地区、あるいは特定の自然環境を維持するため特に必要がある地区等で、保全対象を保全するために必要不可欠な核となるものについては、その必要な限度において、特別地区又は海中特別地区に指定し、保護を図るものとする。
    (2) 当該特別地区における特定の野生動植物で稀有なもの、又は固有なものを保存する必要がある地区については、野生動植物保護地区を指定するものとする。
    (3) 普通地区については、それが有する緩衝地帯としての役割が十分維持されるよう保全を図るものとする。
    (4) 当該地域内において自然災害等により損傷が生じた場合は防災上の観点とともに生態学的調査結果をふまえ復元等を図るものとする。
    (5) 当該地域においては、適正な管理を図り、必要な保全事業を実施するものとする。
    (6) 国土の保全その他公益との調整、住民の農林漁業等の生業の安定及び福祉の向上に配慮するものとする。
  5.  都道府県自然環境保全地域の指定の基準
     都道府県自然環境保全地域は、自然環境が自然環境保全地域に準ずる土地の区域を対象とするものであり、次により指定を行うものとする。
    (1) 自然環境保全地域の指定方針に準ずるものとするが、区域の設定は保護対象を保全するのに必要な限度において行うものとする。
    (2) 都市地域において、すぐれた自然環境が残されている地域については、都市計画との調整を図りつつ、指定するものとする。
    (3) 地域の指定は、私権の制約等を伴うものであるから、当該地域に係る住民及び利害関係人の意見を聴くなど、自然環境保全地域の指定手続に準じて行うものとする。
  6.  都道府県自然環境保全地域の保全施策の基準
     都道府県自然環境保全地域の保全対象である特定の自然環境を維持するため、自然の状況に対応した適正な保全を図り、必要に応じて積極的な復元を図るものとする。
    (1) 特別地区、野生動植物保護地区及び普通地区の指定等については、自然環境保全地域に準じて行うものとする。
    (2) 当該地域内において自然環境に損傷が生じた場合には、当該自然環境の特性と損傷の状況に応じ、速やかに復元又は緑化を図るものとする。
    (3) 当該地域が小面積である場合には、地域外と接する部分の取扱いに特に注意を払い、必要に応じて樹林帯等を造成し、保護を図るものとする。
    (4) 当該地域については、適正な管理を図り、必要な保全事業を実施する。
    (5) 国土の保全その他の公益との調整、住民の農林漁業等の生業の安定及び福祉の向上に配慮するものとする。
  7.  自然環境保全地域等と自然公園法その他の自然環境保全を目的とする法律に基づく地域との調整の方針
     自然環境の適正な保全を総合的に推進するためには、自然環境保全法に基づく3種の地域のみならず、自然公園その他の自然環境保全を目的とする法律に基づく各種の地域の指定が促進され、それらの保全が積極的に図られなければならないが、その際の自然環境保全地域等と他の地域との調整は、おおむね次のとおり行うものとする。
    (1) 原生自然環境保全地域は、それが保有する自然環境の重要性にかんがみ、現に自然公園、その他自然環境保全を目的とする法律に基づく地域に含まれているものであつても、自然公園としての利用等からも十分検討し、厳正に保全を図るべきものにつき指定するものとする。
    (2) 自然環境保全地域及び都道府県自然環境保全地域は、自然公園の区域外において指定するものとする。ただし、現に都道府県立自然公園の区域に含まれているすぐれた自然の地域にあつては、当該地域の自然の特質、周辺の自然的社会的条件を検討し、場合により、関係都道府県と十分協議のうえ自然環境保全地域へ移行させるものとする。
    (3) 都市計画区域においては、自然環境保全地域と都道府県自然環境保全地域の指定は、原則として市街化区域については行わないものとし、その他の区域については良好な都市環境の形成を目的とする緑地保全地区と重複しないようにする等の調整を図りつつ行うものとする。

解説[編集]

根拠条文は、自然環境保全法第12条である。

このページ「自然環境保全基本方針」は、まだ書きかけです。加筆・訂正など、協力いただける皆様の編集を心からお待ちしております。また、ご意見などがありましたら、お気軽にトークページへどうぞ。