トーク:中学校社会 歴史/第二次世界大戦

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
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2019年7月9日 (火) 14:37‎ の設楽さんの要約欄について[編集]

(すじにくシチューのコメント)設楽さんが、大和が撃沈したのは「魚雷」だというのは範囲外だという記述を投稿した 利用者:すじにくシチュー の投稿の差し戻しを差し戻したさいの設楽さんのコメントで「いい加減、「教科書に必要なこと」と「指導書に書いておいてもいいこと」と「雑学」の区別をつけるべき」とあります。


しかし、資料集に魚雷で大和が撃沈したとまで書いてない事を説明するのが、そんなにオカシイことでしょうか?


まず、事実関係を整理しましょう。

実際、インターネットで画像を見つけられる某社の中学用と思われる資料集には、大和が航空機の攻撃で撃沈したと書かれています。

しかし、その資料集には、魚雷で撃沈したとまでは書かれていません。単に「撃沈」されたと記述があるだけです。

以上が事実です。


まず、もしもwikibooksの記述内容に、中学の範囲外である事を記述するのであれば、それを説明するのは、 wikibooks 日本語版での昔からの慣習です。

たとえば『中学校数学 3年生-図形/三平方の定理』では、中学範囲外である余弦定理の説明があります。

そして、このページでは、余弦定理が高校の範囲である事を説明しています。暗に、中学の範囲外である事を説明していると見なせるでしょう。なお、余弦定理を説明が加わったのは 2007年7月21日 (土) からですので[1]、けっして最近になって加わったわけではありません。

ともかく、このように、範囲外の事を書き加える場合、その事を追記する必要があるとみなされているのがwikibooksでの実績ある慣習です。

けっして、指導書の解説だけに書くべき事ではないのです。(そもそもwikibooksには現状、各教科の指導書の解説は無いですが。)


また、大和の撃沈について説明するのは、けっして雑学だからではなく、それが資料集にも紹介されるような教育的だと思われる内容だからです。

そして、wikibooksにある、市販の教材では記述をしている教材の少ない内容については、ソースとして教科書に書いてあるのか又は資料集に書いてあるか等を説明する事や、どういう書き方をしているか等の付加情報は、wikibooksでの共同作業上、必要でしょう。いちいち議論ページなどで、wikibooksのどこの記述のソースがどこの教材かを議論するのは、非現実的・非効率的です。そもそもwikipedia等では出典の記述が要求されています。


資料集に書くべき事を教科書ページに書いているのは、理想的ではないですが(本来、教科書と資料集は別物であるので)、しかしwikibooksの教科書ページとは別に資料集ページをいちいち新規作成するのは、現状では人手的に非現実です(もし反論があるなら、あなたが自身で資料集ページを作って完成させてください)。


また、副教材の内容もwikibooksの教材に反映させようという発想じたいは、wikibooksで昔からある発想です。

たとえば、2010年の『中学校社会』には、「中学校社会 地理 用語集」など用語集のリンクがあります。 [2]


ともかく、wikibooksでは上述のように様々な妥協をしているため、結果的に実際の検定教科書の書式とは異なってきますが、しかし、それは止むを得ないでしょう。社会科にかぎらず、wikibooksの小中高の多くの教科書は、昔から、書式は実際の検定教科書とは、かなり違っています。

たとえば 2008年の『中学校社会 歴史/鎌倉時代』の文体は、下記リンクのような記述であり、検定教科書とは大幅に文体が違います。 [3]


設楽さんは、いい加減に、文章の書き方が気に入らない事と、書くべきでない事との区別をつけてください。

あなたの主張はことごとく、単に書き方が気に入らないだけを、書くべきでない事だと誤認しています。早い話、好き嫌いと真偽の区別がついていません。

「勉強家の自分が嫌いなことだから、きっと間違っているのだろう」という歪んだ発想が、あなたの深層心理にあります。なので、主張を証明するさいも、「自分がどんだけ勉強家のように勤勉で禁欲的な態度か」という事を証明しようとするだけで、証明すべき命題の論点を理解できていません。

さらに、その書き方が気に入らないという発想すら、単に、検定教科書と見比べた際のあなたの違和感だけを元にしており、まったく他人の事を考えていません。まったく、他の編集者、編集合戦の調停をしなければならないwikibooks管理作業者、はたまた、教師のいない状況下で独学している読者の学生の事は考えてないように見受けられます。

以前にも何度か、設楽さんにそのような指摘をしましたが、どうも理解していただけなかったようです。

もし書き方が気に入らないのを改善したいなら、「このように書いたほうが、より良い記述になる」と提案して、その根拠により、周囲の賛同を得れば良いだけです。--すじにくシチュー (トーク) 2019年7月10日 (水) 01:54 (UTC)

設楽さんて誰ですか?そんなアカウントないですよ。 --kyube (トーク) 2019年7月10日 (水) 03:03 (UTC)
まぁ、私のことでしょう。全知全能のすじにくシチューさんに比べれば、凡百たる他の人のアカウント名なんてどうでもいいんでしょうね。感情の昂るままに私への罵倒を行っているため、非常にわかりにくいのですが、「大和が航空魚雷攻撃で沈んだ」という記述をリバートし、さらに私が「区別をつけなさい」といったのが気に食わなかったのでしょう。
さて、単純な確認です。「大和が航空魚雷攻撃で沈んだ」という記述のどこに、教育的効果があるんですか。
教育効果という点で言えば、大戦の後期の流れである、ミッドウェーの敗北、ガダルカナル争奪戦とそれに付随するソロモン沖海戦(日本の劣勢が明確になる)、マリアナ沖海戦(連合艦隊の機動部隊が壊滅)、レイテ沖海戦(連合艦隊の壊滅)を教える方が流れを知る上で重要でしょう(私はミッドウェー→ソロモン→マリアナ→レイテの流れを教科書で書く必要はないと思っていますが)。これらの大戦のエポックメイキングを差し置いて坊の岬沖海戦を取り上げる意味って何でしょうね。大和の撃沈が「日本敗北の象徴」と思っている人がいるかもしれませんが、全ての中学生が学ぶであろう教科書に大和の最後の様子(しかもとどめの魚雷を受けたという「些細な」こと)を載せる必要はないでしょう。興味のある人がウィキペディアなり、艦これ攻略wikiなりを見ればよろしい。
さて。いろんなページで指摘されていますが、兎に角あなたの書くことは雑多な理解を雑多なままで書き散らかす、いい加減な知識を恥ずかしげもなく開陳し、その指摘を受けると「オレがこのページを先に作ったんだから文句を言うな。文句があるならお前が直せ」と居直る。はっきり言います。あなたの記述は自己採点で「50点でも~」と言っていましたが、自己評価高いですね。間違いだらけ・無駄な知識・体系的ではない内容など、50点どころかマイナスです。0点(白紙のページ)の方が、ウソをばらまかないだけマシでしょう。あなたのやっていることを喩えましょう。あなたは「公園にゴミをまき散らかしておきながら、それを注意されると逆ギレして『ゴミに気付いたお前がかたずけろ』と怒鳴り散らしている」ようなものです。
ついでに書き方がどうのこうのとおっしゃっていますが、いい機会なので申し上げます。あなたの中途半端な話し言葉は予備校人気講師の著作気取りで気持ち悪いです。ま、これは主観ですので、今度は現実的な問題を。教科書は話し言葉で書くべきですか。それとも書き言葉で書くべきですか。あなたが社会人なら書き言葉と話し言葉の区別がついて当然でしょうけど。それと、これは私の持論にすぎませんが、教科書は一種の文章軌範です。国語に限らず、教科書を読むことを通じて学習者は表現を(無意識に)学ぶのです。あなたの中途半端な話し言葉が害悪なのはそこです。あなたの書いたものを真似して「Wikibooksでこんな書き方をしていたんだもーん」などと言われたらたまったものではない。だから私はあなたの書き方に厳しく言うし、気付いたところを修正するのです。この点、いい機会ですので指摘させていただきます。
個人的な愚痴ですが。私の昼休みがすっかりつぶれてしまいました。時間に関係なく書き込みのできる有閑階級様はいいですね。それでは。--椎楽 (トーク) 2019年7月10日 (水) 04:23 (UTC)
確かに大和が撃沈されたときに航空魚雷による攻撃を受けたことはまぎれもない事実です が、 それを中学生の教科書に明記しあげく「魚雷は航空機からも…」などと魚雷に関する軍事知識を学ばせることの必要性が全く分かりません。検定教科書なり便覧なりを参考にしてウィキブックスの学生向け教科書を執筆することは重要なことですが、書いてあることをそのまま書き写すのはただの粗製乱造に過ぎません。書いてあることがそれほど重要な事項でしょうか。軍事知識なら軍事学かどこか適した場所で。
「適した場所」と言えばこれは椎楽さんの会話ページに書くべきことでしょう。そうすればユーザー名間違いの可能性が少しは減ったかもしれないのに。
あと、出典明記の必要性をないがしろにしておられますね。すじにくシチュー氏はよく己の体験談のような文章を投稿されますが、今回の発言もそれらと同じ発想なのでしょう。「アナタ」などの表記を記事中に検索をかけて変換する際の対象語句をリストアップすることの面倒さをすじにくシチュー氏はご存知ないようですね。ユーザー名も投稿した差分もWikiBlameなどを使ったらすぐに分かるのに。--Darfre (Talk)2019年7月10日 (水) 08:32 (UTC)
さて。戻ってきたので、もう少しお付き合いしましょう。流石全知全能なだけあって私の深層心理まで透視するとは恐れ入りました。ただですね。私が勉強家に見えるのであれば、それは大変な間違いです。記述をしたり修正するのには一二冊程度の本(俗書はダメですよ。ちゃんとした研究者やそうした人の本を出す出版社のもの)では全然だめで、いくつもの(教科書以外の)書籍を参考にするものです。そして、そういうトレーニングは、大学の卒論などを書いたり、発表会や学会に参加するときに受けているはずです。私の方法が「『自分がどんだけ勉強家のように勤勉で禁欲的な態度か』という事を証明しようとする」ように見えるのであれば、それはすじにくシチューさんがそういうトレーニングを受けていなかっただけです。簡単に言うと、私よりもすじにくシチューさんが不勉強なだけです。
すじにくシチューさんは、自分がさも学習者のためのことを考えているようですが、それは嘘でしょう。もし、学習者のことを考えているのならば、こんなところで私に絡む前に、明確に(文系の私ですらすぐにわかる程度の)間違いを指摘されている中学3年生むけ ひろがる数学の内容を速攻で直すはずですが。--椎楽 (トーク) 2019年7月10日 (水) 08:40 (UTC)

(すじにくシチュー のコメント)

「さて、単純な確認です。「大和が航空魚雷攻撃で沈んだ」という記述のどこに、教育的効果があるんですか。」ですか。


質問に関しては、「大和が航空魚雷攻撃で沈んだ」という記述の「魚雷」に関しては、大して教育的意味が無いと思いますよ。

ですが、その質問じたいが、意図がズレていると思います。おそらく私への反論のための質問なのでしょうが。

そもそも私は、「魚雷」攻撃であった事を教えるのに教育的意味があるとは、ひとことも言っていませんし、椎楽さんの差し戻した編集も、魚雷攻撃の意味を強調するような編集ではないと思うんですが。

こういう、椎楽さんのズレた反論モドキのようなものが今回だけでなく過去にも何度も多い点などからも、私は椎楽さんの事を「証明すべき命題の論点を理解できて」ない人だと感じるんですよ。


さて、「大和が」「撃沈した」という記述には、資料集などで紹介される程度には、関連事項としての教育的意味があると思っていますので、コラムや「範囲外」という形式で紹介しているわけです。

私は、中学の資料集に書いてある事自体は、もしかしたら大学入試では今後、センター試験や国公立大の入試の設問文などで出題されるかもしれないので、記述しないわけにもいかないので、中学高校のwikibooks教科書のどこかでコラムとして紹介したほうが良いだろうと思っています

「魚雷」の部分は、教育的意味が低いと思ってるから、私は追記により、魚雷うんぬんってのは(中学の)資料集にも書いてない事なので中学生は覚える必要が無い旨を追記しているんすよ。なので、私から見ると、差し戻しする意味が不明に感じるんですよ。椎楽さんの要約欄での主張内容と差し戻しの行動が不一致だと感じるので、私は指摘してるんです。


それは差し戻しされた私の追記の文章の内容を見れば分かるじゃないですか? もしかして機械的に、文章量が増えたからという基準だけで、投稿内容を魚雷の意味を強調してるんだろうって、闇雲に判断してますか?

失礼ですが、そういう態度で、椎楽さんは編集に参加しないでほしいと思います。

また、もし椎楽さんが、そもそも大和が撃沈した事を教えること自体に教育的意味が無いと思ってるなら、コラムの『※ 範囲外: 戦艦大和(やまと)』そのものを削除すべきであるのに、そうせずに私の一部の投稿だけを差し戻してコラム自体は残す椎楽さんの行動は、主張と行動が不一致なので、意図がよく分かりません。--すじにくシチュー (トーク) 2019年7月10日 (水) 11:07 (UTC)

そもそも大和の記述は不要だと思います。それは私が先ほど書いたことでもわかるでしょう。よって、合意が取れたということで、大和のコラムは削除いたしました。
ちなみに、私が取り消した記述って、「※ 魚雷で撃沈したことまでは覚える必要は無いし、資料集ではせいぜい「敵の航空機からの攻撃」ていどの説明しかしてないが、しかし世間でときどきある勘違いで、航空機からの銃撃(じゅうげき)とか焼夷弾(しょういだん)投下とかで撃沈したと勘違いしている人がいるので、このコラムでは一応、「魚雷」と説明しておく。」(ママ)ですよね? この記述を要約すると「大和は魚雷攻撃で沈んだんだよ。機銃掃射や焼夷弾じゃないからね」だと思うのですが、これ、どう見ても蛇足――すべての中学生が知っておくべきことではないでしょう。この場合「魚雷で撃沈したことまでは覚える必要は無い」というエクスキューズは無意味です。1.「覚える必要がないならなぜ書いた」と言われても仕方ないこと。2.ミリオタ少年少女なら「何でこんなことわざわざ書くんだ?」と思うでしょうし、そうでなければ1のような疑問を持つという、つまり知識のある人にとってもない人にとっても無意味な記述であること。以上の点からです。
範囲外であっても記述する意味があるものがあるのは私も分かっています。しかし、すじにくシチューさんの場合は、「どうしてこれが必要なのか?」の判断が十分ではなく「とにかく詰め込んでおけ」的であり、系統立てていないのです。現状のページで一例を挙げましょう。沖縄戦のところの無駄に多い「コラム」です。沖縄戦は、戦史の上でも、現代の日米関係や沖縄と本土の関係などを考えるうえでも大切なことですので、ガッツリ記述することに異論はありません(むしろやるべき)。しかし、現状では「ガマ(どうくつ)」「沖縄からの疎開について」「捕虜(ほりょ)への投降(とうこう)について」「集団自決について」「沖縄での住民殺害や自決について」「沖縄での戦闘の終了まで」という6つのコラムがならび、それぞれがいったいどういうつながりがあるのか、学習者には全く見えてきません。これで「学習者のことを考えているのだ」というならばおこがましいにもほどがある。せめて「以下の点、筆者の知識未整理」などのコメントくらいあってもいいでしょう。--椎楽 (トーク) 2019年7月10日 (水) 12:30 (UTC)

ポツダム宣言について[編集]

本日休み&教科書の確認の機会があったので、本日深夜に削除した箇所で気になっていた「くわしく言うと、ポツダム宣言で無条件降伏をさせられたのは日本軍であって、日本政府ではない。(※ 近年の中学の検定教科書では、無条件降伏したのは「日本軍」であると明記されているものもある。たとえば東京書籍の教科書など。)」についてちょっと調べてきました。

件の東京書籍の記述は以下のとおりでした

「1945年7月連合国はポツダム宣言を発表し、日本に対して軍隊の無条件降伏や民主主義の復活、強化などを求めました。」

ここでは単に「日本に対して軍隊の無条件降伏(略)を求めた」としか書いておらず、当然にも「無条件降伏をさせられたのは日本軍であって、日本政府ではない」「無条件降伏したのは『日本軍』である」などという記述はもちろん、そのように解釈できる箇所は見当たりませんでした。そのことから、主執筆者の当該記述は、良い方にとっても文章の拡大解釈、悪い方に解釈すれば捏造です。そのことを一応、報告・指摘しておきます。--椎楽 (トーク) 2019年7月25日 (木) 05:11 (UTC)



(すじにくシチューのコメント) 「そのように解釈できる箇所は見当たりませんでした」ですか。
ちがいます。あなた個人の「解釈」は、記事の信頼性に無関係です。ポツダム宣言そのものの文章そのものの単純な事実確認の問題だと思います。私が山川出版などの歴史資料のポツダム宣言の記述を読んだときの記憶や、ネットに転がってるポツダム宣言の原文を読んだ記憶では、たしか、
・ ポツダム宣言自体は、日本軍の無条件降伏を求めている。
・ 日本政府の降伏条件については、ポツダム宣言自体は特に定めていない。
これだけのことです。上記の2点自体が間違いだと言うのなら、具体的にポツダム宣言から該当する文章を引用して説明すれば済むだけです。なので、戦後の政治家ですらない一個人の「解釈」の問題ではなく、歴史的文書であるポツダム宣言の記述内容の確認の問題に過ぎません。
もちろん、日本政府が降伏をした事自体は事実だし、戦後の日本はアメリカの要求を多く受け入れた事実もあります。実質的に、日本は軍事だけでなく内政・外交でもアメリカの傘下に入るような、日本にとって不平等で不利な降伏だったのかもしれません。
ですが、そういう降伏後の実態としての史実と、降伏の文面がどうだったかの文書的な事実とは別問題です。
たぶん、椎楽さんの気に入らないのは、別のところにあるんだと思います。きっと私が「日本は降伏なぞしていない!」と暗に主張してるとでも、勘違いしてるんだと思います。私の遠い記憶では、たしか論壇の右派系の言論人で、そういう感じの極論(「日本は降伏なぞしていない!」)を言ってた人も過去にいたと思うんで、それと私が同意見だとでも思って、椎楽さんの気に触ったんでしょう。


他人の編集に文句ばかり言うんじゃなくってさ、少しは対案を出したらどうですか? 具体的にどう書くべきかの対案を。
少なくとも、その東京書籍でも、ポツダム宣言で「無条件降伏」をせよと、「無条件降伏」の主語になる対象が「軍隊」であることは、東京書籍もそう言っているわけでしょう。
また、今後wikibooksを訪れて記事編集しようと考える新参の編集者の中には、もしかしたらポツダム宣言の文中の日本軍と(日本)政府を混同して「ポツダム宣言は日本政府の無条件降伏を求めている」という、(少なくとも高校レベルの一般の歴史教科書では)確認のできない(間違いかもしれない)記述をする編集者も今後は出てくる可能性があるので、新参の編集者むけにも注記しておく必要もあります。
refタグなどで新参の編集者むけの追記を分離するという方法もありますが、私にはメンドウです。それとも、今後ずっと、記事のメンドウを見てくれるんですか? そういう現実に手を動かして記事を書く人の努力と妥協の上に、記事があるわけですよ。
なので、そういった編集者むけにも注記を書きつつ、歴史的文脈を中学生が学習しやすいようにもしつつという、2つ以上の注意事項を並立させながら記事をどう書くか、という書き方の問題です。このように、さまざまな制約事項の上で、記事を書いているのです。なので、いいかげんに文句を言うばかりなんじゃなくって、少しは実際に書き方の手本を示すようにしてください。「拡大解釈」であるとか、レトリックの「捏造」とかの議論は、まったく中学生の学習のための実用的な記述を模索することにつながらないでしょう。
提案すべきです。実際に、記事をどう書けば、分かりやすく、しかも、なるべく管理の負担の低い方法で、どう書けば史実が簡潔に伝わるかを、提案すべきです。
ハッキリいって、迷惑クレーマーみたいですよ。品質管理の意識の高いつもりかもしれませんが、だったら自分で手を動かして記事編集して管理してくださいな。でなければ偽善者です。
そして、何度も椎楽さんの過去の各所でのコメントに指摘しているんですが、そういう、好き嫌いと、ものごとの真偽の区別とを、まったく区別できてないという問題点があります。好き嫌いで考えているので、ポツダム宣言の原文に当たらずに「解釈」という言葉が批判として出てくるのです。どうも私が「好き嫌いと真偽を区別してください」と指摘しても、それを誹謗中傷だと解釈して、なんの反省・内省もしてないようですね。そして、勉強家であるから主張が正しいとは限らない事も指摘してるんですが、あいかわらず、教科書を読んだという座学を誇っている。単に教科書の文字に目を通すだけでなく、それをもとに、自分だったらどうwikibooks記事を書くかという、手の動かし方を、いいかげんに考えてください。--すじにくシチュー (トーク) 2019年9月19日 (木) 03:35 (UTC)
ホントに暇な人ですねぇ。そして、下らない妄想に基づく寝言を書く前にちゃんと私の書いたものを読んでくださいね。私がこの前問題にしたのをもう一度書きましょう。私はこの記述が気になりました。
「くわしく言うと、ポツダム宣言で無条件降伏をさせられたのは日本軍であって、日本政府ではない。(※ 近年の中学の検定教科書では、無条件降伏したのは「日本軍」であると明記されているものもある。たとえば東京書籍の教科書など。)」
もちろん、これはあなたがお書きになったものですよね。しかし、東京書籍の記述は「日本に対して軍隊の無条件降伏(略)を求めた」としか書いておらず、当然にも「無条件降伏をさせられたのは日本軍であって、日本政府ではない」「無条件降伏したのは『日本軍』である」と書くのはよく言って勇み足、悪く言えば捏造だというです。要するに、さも東京書籍の教科書に「無条件降伏をさせられたのは日本軍であって、日本政府ではない」「無条件降伏したのは『日本軍』である」書いてあったといわんばかりのあなたの記述がおかしいと指摘しただけです。ポツダム宣言の中身そのものには1mmたりとも触れていません
折角なので、もう一寸言いましょうか。ポツダム宣言を読んだことをドヤ顔で述べていますが、もちろん私も目を通しましたけど。その上で、例えばネット上のものなら「世界史の窓」の記述であったり、山川の世界史用語集などを読んだうえで総合的に判断しました。あなたが妄想しているように好き嫌いで判断したわけではありません。はっきり言いますよ。「ポツダム宣言で無条件降伏をさせられたのは日本軍であって、日本政府ではない」というあなたの記述を真に受けて、テストに臨む中学性が出て来たらどうするんですか? で、試験で×くらったり「どれも正しくないから選べない」と言いだしたらどうするんですか? 好き嫌いなどと言うみみっちい理由で修正するわけないでしょう。
「ハッキリいって、迷惑クレーマーみたいですよ。」ですか? それはこっちの台詞です。ロクに人が指摘したことも読まず(読めず)、妄想を垂れ流し、自己流の解釈(「検証可能性」という名の「すじ証可能性」など)を押し付ける。はっきり言います。すじにくシチューさん、あなたのやっていることは山吹色荒らしといい勝負です。こっちがすじにくシチューさんの尻拭いにどれだけの時間を費やしていると?
「好き嫌いで判断している」? 妄想もいい加減にしろよ
例えば、私が修正した主な、あなたのデタラメを列挙しましょう。これの何がダメだったのか、これを「好き嫌いで判断した」というなら、逐一ご指摘ください。
  • ×「「生存権」(せいぞんけん)とは、だれもが生きる権利をもっているという信念をあらわす語句であり、とりわけ他者の手で殺されない権利を意味する。」→○「生存権」とは、だれもが人間らしい生き方ができる権利のことである。」中学校社会 公民/社会権
  • 「馬鹿な大人たち団体の提案する教育改革にダマされないように」章→これがエッセイでなかったら何? そして、これを読んだらどう学習方法が見につくのか是非ご教授ください。
  • 古代ギリシャの哲学→哲学史はもちろん科学史の初歩すら身につけていない記述に唖然。
  • 源平合戦でもない「勧進帳」をここで紹介する。中学校国語 古文/平家物語
  • 熊谷直実を読み間違える。(同上)
  • (※ 範囲外: )じつはyが2通りあってもいい。円の方程式を鍵カッコつきとはいえ「関数」として紹介する。関数と解析幾何の区別もついていない疑惑。中学校数学 2年生-数量/一次関数
  • マッカーサー大佐。悶絶するほど爆笑しました。
  • 中学受験社会/歴史の各巻。間違いだらけ。こんなので受験勉強したら不合格一直線なので、必死に修正中。数行ごとに「明確な誤り」「意味不明瞭」「こんなの古すぎる。本当に今の教科書を読んだのか」などなど。
  • 小学校社会 6学年 下巻。これを基にした公民でも修正中ですが、いくつか。×「税金を取り立てるのは、税務署の仕事であって、市役所・町役場・村役場の仕事ではありません。」→住民税払ったことないんですか? ×「市町村長(しちょうそんちょう)は、議会と市・町・村の、最高責任者です」→三権分立って理解しています?
もう、書くのだけでもうんざりしてきたのでここまでにします。
そうそう。何でもかんでも「対案」といえばいいと思っているなら、あなたの知力を疑います。修正も立派な対案ですよね。また、他の方がノートで意見をするのは立派な対案だと思いますが、これには「お前が編集しろ」と言わんばかりの態度でしたよね。修正も駄目、ノートで意見もダメとなれば、「ボクちゃん(すじにくシチュー)が認めたものだけが対案なんだい!!」という子どもじみたお考えですか。だったら、ここに書くのはおやめなさい。最近ならKindleのセルフ出版といいう手もありますし、そっちでどうぞお好きなだけ検定外教科書をお書きください。誰も勝手な修正はしませんから。もちろん、厳しいレビューに晒されますがね。--椎楽 (トーク) 2019年9月19日 (木) 12:14 (UTC)
他人のアカウント名を間違えた挙句、それを謝罪すらしない。それで妄想に基づいた寝言を書き連ねて他人の時間を奪う。とある利用者の方には、是非とも改善願いたいものです。--峰浦景勝(会話)2019年9月22日 (日) 10:08 (UTC)


(すじにくシチューのコメント)『×「税金を取り立てるのは、税務署の仕事であって、市役所・町役場・村役場の仕事ではありません。」→住民税払ったことないんですか? ×「市町村長(しちょうそんちょう)は、議会と市・町・村の、最高責任者です」→三権分立って理解しています?』

企業とかの「最高経営責任者」(CEO)と勘違いしている?

昔の編集なので記憶が定かではないですが、 「代表」だと、各種イベントの代表と紛らわしいし、何かの代理人と紛らわしいので、「最高責任者」にしたんだと思います。あと、企業のCEOだって、別に所有者ではないですよ。(企業の所有者は株主。これは池上彰の本にも書いてある。)

文句があるなら、他の適切な表現を提案して書いてくださいよ。

あと、一応、この元になった記事は、2015年ごろの かげろん さんとか tomzo さんが、大まかには査読してるハズなんで。(当時、ときどき、小中高の社会科の編集を彼らに差し戻しされたので。)

「言い方が私の気に食わない」と、「言っている内容が間違っている」ことぐらい、区別をつけてくださいよ。子供じゃないんだから。

「好き嫌い」と「真偽」の区別がつかないんですか?

--すじにくシチュー (トーク) 2019年12月5日 (木) 07:17 (UTC)

「市町村長(しちょうそんちょう)は、市・町・村の最高責任者です」と書けば済む話です(それなら間違いではないし、現在もそうなっている)。企業のこととかを持ちだして、意味不明な言いつくろいをしていますが、素直に「知ったかぶりしてました。間違っていました」と認めた方が傷は軽いですよ。
あと、私がここで上げたのは、すべて私が修正したものですが。俺のコメントすらまともに読んでねーだろ? 
それと、自分のまちがった記述を棚に上げてかげろんさんやTomzoさんらに責任を転嫁するような発言には看過できません。というか、自分の書いたものに責任もてよ。すじにくシチューさん、アンタ、もの書いてるならこんなの書くのは自殺行為だよ? 俺なら「かげろん さんとか tomzo さんが、大まかには査読してるハズなんで」とかっていう言い訳なんて思いつきもしないし、言う気もしないよ。
自分の書いたものを客観的に見ることもできない、被害妄想、責任の転嫁とかさぁ……アンタもの書くのに向いてないよ。--椎楽 (トーク) 2019年12月5日 (木) 14:24 (UTC)

その他[編集]

あー、椎楽さんが 2019年11月3日 (日) 07:53‎ の編集で、

「ついでに略奪と物資調達の区別もついていない記述を一旦削除。」といってますが、

史実と違います。

w:軍用手票を読んでください。

日本軍は、戦地では原則的に軍票を支払いしているのに、「略奪」だと戦後に左翼陣営などから批判されていました。まあ、戦後のインフレで軍票が紙クズになったりしたから、占領地住民の不満は当然ですけどね。

まあ、検定教科書には無い範囲ですから、除去してもイイんですけどね。--すじにくシチュー (トーク) 2019年12月5日 (木) 07:17 (UTC)

今更軍票のことをドヤ顔で書いて何が楽しいんですか? 軍票の問題は戦時中から問題になっていました。戦争に負けたから問題になったわけではありません。「軍票 インフレ」でググればいくらでもその様子や当時の資料が出てきます。「ネットなんて信用できねー」というのであれば『日本軍政下のアジア』(岩波書店 小林英夫著)を読んでくださいね。ついでにいえば『餓死うえじにした英霊たち』(藤原彰著・ちくま学芸文庫)や『アジア・太平洋戦争』(吉田裕著・岩波新書)あたりも読むといいでしょう。直接軍票のことをあつかっているわけではありませんが、日本軍の構造的問題と略奪について触れられています。これらが気に入らないなら吉川弘文館あたりの専門書でもどうぞ。
それらも読まずにグダグダいう資格はありません。例えるならば四則演算もできないくせに「相対性理論は間違っているぅ。学者たちはそれを隠しているぅ。インボーだぁ」というのと同じです。--椎楽 (トーク) 2019年12月5日 (木) 14:01 (UTC)
(付記)これらを読んだうえで、上のようなドヤ顔をするのであれば、読解力に問題が大ありだということを指摘しておきます。--椎楽 (トーク) 2019年12月5日 (木) 14:47 (UTC)