民法第719条
法学>民事法>コンメンタール民法>第3編 債権 (コンメンタール民法)
条文
[編集](共同不法行為者の責任)
- 第719条
- 数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
- 行為者を教唆した者及び幇助した者は、共同行為者とみなして、前項の規定を適用する。
解説
[編集]要件
[編集]第1項前段
[編集]- 第1項前段は、数人が共同して他人に損害を与えた場合について規定する。この場合は、行為者それぞれに一般不法行為(第709条)の要件を満たす必要は無く、共同行為と結果(損害)との間に因果関係が見いだされれば、共同行為者各位の個別的な因果関係は必要ないと解するのが現在の通説及び判例の示すところである。
- また、「共同行為」といった場合、意思的関与が存在する場合とそうでない場合が考えられる。
- 意思的関与が存在する場合(主観的関連共同性、意思的共同不法行為)
- 刑法犯における共犯のように、複数の行為者が共同する意思を持って不法行為を行なった場合、被害者は各行為者の関与度合いに関わらず、「一体」として行為がなされたとして損害賠償を請求でき、関与者は連帯して責任を負うことは、被害者救済の観点からも責任主義の観点からも異論のないところである。
- 共謀
- 共同行為の認識
- 教唆・幇助
- 意思的関与が存在しない場合(客観的関連共同性、関連的共同不法行為)
- 概念の必要性
- 上記の意思的関与がある場合に関与者を「一体」ととらえて不法行為者として取り扱うことについては論をまたないが、意思的関与がない場合であっても、被害者救済の観点から、共同性を認めるべきとするのが現在の通説である。
- 「関連性」の認定
- 共同性を認めるにあたっては、各関与者のなした行為が、社会通念上「一体」と見做せる程度の関連性を持っており、その一体行為と発生損害の間に事実的因果関係が認めらられば、不法行為は成立し、原告(被害者)は、各関与者の行為の各々の関与の態様について立証することを要さない(参考判例、最判昭和62年01月22日、最判平成13年2月13日)。
- 概念の必要性
- 意思的関与が存在する場合(主観的関連共同性、意思的共同不法行為)
第1項後段
[編集]第1項後段は、数人が共同して他人に損害を与えたが、数人のうち誰が損害を与えたか不明である場合について説く。これは、一般不法行為(第709条)における因果関係の要件の修正であると解する説がある。すなわち、第709条の要件に従えば、数人のうち誰かが損害を与えたことは確実であるという場合であっても、個々の侵害行為と損害の間に因果関係が証明できなければ、不法行為責任を追及できなくなり、不当な結果を招く。そこで第719条はこの要件を修正し、個々の侵害行為と損害との間に事実的因果関係が証明できない場合であっても、数人の誰かが損害を与えたことさえ証明できれば、個々の行為者について因果関係が推定されるとしたものであると説かれる。
第2項
[編集]第2項は、直接行為者と侵害行為を共同しない者であっても、教唆者または幇助者に対しては共同行為者と認定することができるとしたものである。
効果
[編集]「各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う」という効果については、行為者同士がいわゆる改正後の連帯債務関係となると考えられている。ここから、いくつかの問題が生ずる。
求償権の獲得
[編集]共同行為者のうちの1人が全額を賠償した場合、その者は自己の寄与度を越える額について他の共同行為者に求償することができる。これは、不当利得から導かれる。たとえば、AとBが共同不法行為でCに100万円の損害を与え、AとBの過失割合が7:3である場合、Aが100万円全額をCに賠償すれば、Aは30万円についてBに対する求償権を獲得する。
免除の効果
[編集]連帯債務に関する改正後の民法の原則に従えば、連帯債務者の一人に対してした免除の効果は、相対効である。
そして、共同不法行為が改正後の連帯債務という構成をとるので、免除の相対効が認められる。すなわち、連帯債務においては、免除は相対効しかもたない。たとえば、AとBが共同不法行為でCに100万円の損害を与え、AとBの過失割合が7:3である場合、CがAに対して債務免除をしても、Bは100万円全額について賠償責任を負う。なお、このことと求償権とは別個独立の問題であり、Aが債務免除を受けても、Bが100万円全額を賠償した場合は、BはAに対して不当利得に基づく70万円の求償権を獲得する。
共同不法行為と過失相殺
[編集]- 絶対的過失相殺
- 共同不法行為者各自の過失割合と被害者の過失割合を加算して、全体における割合を算出する考え方である。
- たとえば、AとBが共同不法行為でCに100万円の損害を与え、AとBとCの過失割合が3:1:1である場合、Cの過失は1÷(3+1+1)で全体の1/5が過失相殺される。よってAとBは80万円の賠償責任を連帯して負うとする。
- 相対的過失相殺
- 共同不法行為者のそれぞれについて被害者の過失との過失相殺を行う考え方である。
- たとえば、AとBが共同不法行為でCに100万円の損害を与え、AとBとCの寄与度が3:1:1である場合、AとCの間では3:1の過失相殺を行うから、3÷(3+1)=3/4となり、AはCに対し75万円の賠償請求を負う。同様にBとCとの間では1:1の過失相殺を行い、BはCに対し50万円の賠償責任を負う。
絶対的過失相殺と相対的過失相殺のどちらの構成をとるかは、判例も結論が分かれているが、1件の交通事故でAB両名の行為が共同した場合などは絶対的過失相殺、Aが交通事故で損害を与え、Bがその後医療事故で損害を与えた場合などには相対的過失相殺の構成をとると説明される場合もある。
関連条文
[編集]- 民法第709条(不法行為による損害賠償)
判例
[編集]- 地上権設定登記手続、土地明渡及び建物収去土地明渡等請求(最高裁判決 昭和31年10月23日)不動産登記法第23条
- 他人が地上権を有する土地に無権原で建物を所有する者から建物を賃借して占有使用する場合と地上権者に対する不法行為の成否
- 他人が地上権を有する土地に無権原で建物を所有する者から建物を賃借して占有使用する者がある場合において、その物の右建物の占有使用と地上権者が右土地を使用できないこととの間には、特段の事情がない限り、相当因果関係はないと解するのが相当である。
- 無権限の土地上の建物の所有者とその賃貸人との間の共同不法行為を否定。
- 損害賠償請求(最高裁判決 昭和43年04月23日) 民法第709条,国家賠償法第2条1項
- 共同行為者の流水汚染により惹起された損害と各行為者の賠償すべき損害の範囲
- 共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して流水を汚染し違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が、右違法な加害行為と相当因果関係にある全損害について、その賠償の責に任ずべきである。
- 損害賠償請求事件(最高裁判決 昭和43年06月27日)国家賠償法第1条1項,不動産登記法施行細則第47条,民法第416条
- 偽造の登記済証に基づく登記申請を受理するについて登記官吏に過失があるとされた事例
- 登記申請書に添付されていた登記済証が偽造であつて、その作成日として記載されている日当時官制上存在しなかつた登記所名が記載され、同庁印が押捺されている(重い職務上の過失)にもかかわらず、登記官吏がこれを看過してその申請にかかる所有権移転登記手続をした場合には、右登記官吏に、登記申請書類を調査すべき義務を怠つた過失があるというべきである。
- 登記官吏の過失によつて無効な所有権移転登記が経由された場合に右過失と右登記を信頼して該不動産を買い受けた者が被つた損害との間に相当因果関係があるとされた事例
- 登記官吏の右過失によつて、無効な所有権移転登記が経由された場合には、右過失と右登記を信頼して該不動産を買い受けた者がその所有権を取得できなかつたために被つた損害との間には、相当因果関係があるというべきである。
- 登記関係書類の偽造と登記申請書類の確認の不備を共同不法行為とする。
- 偽造の登記済証に基づく登記申請を受理するについて登記官吏に過失があるとされた事例
- 不当利益返還(最高裁判決 昭和57年03月04日)
- 損害賠償(最高裁判決 昭和62年01月22日) 民法第709条
- レール上の置石により生じた電車の脱線転覆事故について置石をした者との共同の認識ないし共謀のない者が事故回避措置をとらなかつたことにつき過失責任を負う場合
- 中学生のいたずらによりレール上に置石がされたため生じた電車の脱線転覆事故について、甲が、自らは置石行為をせず、また、置石をした乙と共同の認識ないし共謀がなくても、事故現場において事前に、乙を含めて仲間とその動機となつた話合いをしたばかりでなく、その直後並行した他の軌道のレール上に石が置かれるのを現認していたものであつて、事故の原因となつた置石の存在を知ることができ、これによる脱線転覆事故の発生を予見すること及び置石の除去等事故回避の措置をとることが可能であつた場合には、甲は、当該措置をとるべき義務を負い、これを尽くさなかつたために生じた事故につき過失責任を免れない。
- 損害賠償請求本訴、同反訴(最高裁判決 昭和63年07月01日) 民法第442条,民法第715条
- 被用者と第三者との共同不法行為による損害を賠償した第三者からの使用者に対する求償権の成否
- 被用者と第三者との共同不法行為により他人に損害を加えた場合において、第三者が自己と被用者との過失割合に従つて定められるべき自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償したときは、第三者は、被用者の負担部分について使用者に対し求償することができる。
- 損害賠償請求(最高裁判決 昭和41年11月18日)民法第442条
- 被用者と第三者との共同過失によつて惹起された交通事故による損害を賠償した使用者の第三者に対する求償権の成否
- 使用者は、被用者と第三者との共同過失によつて惹起された交通事故による損害を賠償したときは、右第三者に対し、求償権を行使することができる。
- 右の場合における第三者の負担部分
- 右の場合における第三者の負担部分は、共同不法行為者である被用者と第三者との過失の割合にしたがつて定められるべきである。
- 被用者と第三者との共同過失によつて惹起された交通事故による損害を賠償した使用者の第三者に対する求償権の成否
- 求償金(最高裁判決 平成3年10月25日) 民法第442条,民法第715条
- 共同不法行為の加害者の各使用者間における求償権の成立する範囲
- 共同不法行為の加害者の各使用者が使用者責任を負う場合において、一方の加害者の使用者は、当該加害者の過失割合に従って定められる自己の負担部分を超えて損害を賠償したときは、その超える部分につき、他方の加害者の使用者に対し、当該加害者の過失割合に従って定められる負担部分の限度で、求償することができる。
- 加害者の複数の使用者間における各使用者の負担部分
- 加害者の複数の使用者が使用者責任を負う場合において、各使用者の負担部分は、加害者の加害行為の態様及びこれと各使用者の事業の執行との関連性の程度各使用者の指揮監督の強弱などを考慮して定められる責任の割合に従って定めるべきである。
- 加害者の複数の使用者間における求償権の成立する範囲
- 加害者の複数の使用者が使用者責任を負う場合において、使用者の一方は、自己の負担部分を超えて損害を賠償したときは、その超える部分につき、使用者の他方に対し、その負担部分の限度で、求償することができる。
- 共同不法行為の加害者の各使用者間における求償権の成立する範囲
- 損害賠償(最高裁判決 平成10年09月10日)民法第437条、民法第437条、民訴法114条
- 甲と乙が共同の不法行為により丙に損害を加えたが、甲と丙との間で成立した訴訟上の和解により、甲が丙の請求額の一部につき和解金を支払うとともに、丙が甲に対し残債務を免除した場合において、丙が右訴訟上の和解に際し乙の残債務をも免除する意思を有していると認められるときは、乙に対しても残債務の免除の効力が及ぶ。
- 損害賠償等請求事件(最高裁判決 平成13年2月13日)著作権法第20条,著作権法第第7章権利侵害,民法第709条
- 専らゲームソフトの改変のみを目的とするメモリーカードを輸入,販売し,他人の使用を意図して流通に置いた者の不法行為責任
- 専らゲームソフトの改変のみを目的とするメモリーカードを輸入,販売し,他人の使用を意図して流通に置いた者は,他人の使用により,ゲームソフトの同一性保持権の侵害をじゃっ起したものとして,ゲームソフトの著作者に対し,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
- 本件メモリーカードは,前記のとおり,その使用によって,本件ゲームソフトについて同一性保持権を侵害するものであるところ,前記認定事実によれば,上告人は,専ら本件ゲームソフトの改変のみを目的とする本件メモリーカードを輸入,販売し,多数の者が現実に本件メモリーカードを購入したものである。そうである以上,上告人は,現実に本件メモリーカードを使用する者がいることを予期してこれを流通に置いたものということができ,他方,前記事実によれば,本件メモリーカードを購入した者が現実にこれを使用したものと推認することができる。そうすると,本件メモリーカードの使用により本件ゲームソフトの同一性保持権が侵害されたものということができ,上告人の前記行為がなければ,本件ゲームソフトの同一性保持権の侵害が生じることはなかったのである。したがって,専ら本件ゲームソフトの改変のみを目的とする本件メモリーカードを輸入,販売し,他人の使用を意図して流通に置いた上告人は,他人の使用による本件ゲームソフトの同一性保持権の侵害を惹起したものとして,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償責任を負うと解するのが相当である。
- 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成13年03月13日)民法第722条2項
- 交通事故と医療事故とが順次競合し運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合において各不法行為者が責任を負うべき損害額を被害者の被った損害額の一部に限定することの可否
- 交通事故と医療事故とが順次競合し,そのいずれもが被害者の死亡という不可分の一個の結果を招来しこの結果について相当因果関係を有する関係にあって,運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合において,各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯責任を負うべきものであり,結果発生に対する寄与の割合をもって被害者の被った損害額を案分し,責任を負うべき損害額を限定することはできない。
- 交通事故と医療事故とが順次競合し運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合の各不法行為者と被害者との間の過失相殺の方法
- 交通事故と医療事故とが順次競合し,そのいずれもが被害者の死亡という不可分の一個の結果を招来しこの結果について相当因果関係を有する関係にあって,運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合において,過失相殺は,各不法行為の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり,他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしんしゃくしてすることは許されない。
- 交通事故と医療事故とが順次競合し運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合において各不法行為者が責任を負うべき損害額を被害者の被った損害額の一部に限定することの可否
- 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成20年02月28日)
- 少年Aが少年B及び少年Cから暴行を受けて死亡したことについて,暴行が行われている現場に居た少年Y1,Y4及びY7がAを救護するための措置を執るべき法的義務を負っていたとはいえないとされた事例
- 少年A(当時16歳)が,少年B(当時15歳)及び少年C(当時17歳)から暴行を受け,3時間余り後に救急車で病院に搬送されたが,6日後に死亡した場合において,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,暴行が行われている現場に居た少年Y1,Y4及びY7(いずれも当時15歳)は,同少年らにAが死ぬかもしれないという認識があったとしても,救急車を呼んだり,第三者に通報するなど,Aを救護するための措置を執るべき法的義務を負っていたということはできない。
- Y1らは,いずれも,B及びCがAに暴行を加えていることや暴行に及んだ経緯を知らずに,B及びCに呼び出されて暴行が行われている現場に赴いたものであり,暴行の実行行為や共謀に加わっていないのみならず,積極的に暴行を助長するような言動も何ら行っていない。
- Y1らが,救急車を呼ばず,第三者に通報もしなかったのは,このことがB及びCに発覚して後日同人らから仕返しをされることを恐れたからであり,Y1らとB及びCとの関係や暴行の経過等からすると,そのような恐れを抱くのも無理からぬものがあった。
- 暴行が終わった後に,Cの指示により,Y1は,Aの体を移動させ,さらに,Y1らは,Aが気絶しているのを見付かりにくくするためであることを認識しながら,Aを壁にもたれかけさせて座らせたが,これもB及びCに対する恐れからしたものであるし,現場の状況等に照らすと,このことによってAの発見及び救護が格別困難になったということもできない。
参考文献
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