民法第536条

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法学民事法民法コンメンタール民法第3編 債権 (コンメンタール民法)

条文[編集]

(債務者の危険負担等)

第536条
  1. 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
  2. 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

改正経緯[編集]

2017年改正[編集]

以下の条文から改正。

  1. 前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。
    • 主体を債務者から債権者とする。
    • 前二条 - ともに削除された。従って、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったとき」は、無条件に債務者が危険を負担する。
    • 想定された適用局面
      家屋の賃貸借の場合、類焼で家屋が全焼し家屋を貸すという債務を履行することが出来なくなった時は、債務者である家主は、家賃という反対給付を受け取ることが出来ない。
  2. 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
    • 主体を債務者から債権者とする。趣旨について改正前後で変更はない。
    • 適用局面
      債権者である賃借人の失火で全焼したときは、家主は家賃を請求することが出来る。

2004年改正(現代語化)[編集]

現代語化改正において、以下の文言から改正。第2項は反対給付の債権者・債務者の立場を入れ替えた表現とした。

  1. 前二条ニ掲ケタル場合ヲ除ク外当事者双方ノ責ニ帰スヘカラサル事由ニ因リテ債務ヲ履行スルコト能ハサルニ至リタルトキハ債務者ハ反対給付ヲ受クル権利ヲ有セス
  2. 債権者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキハ債務者ハ反対給付ヲ受クル権利ヲ失ハス但自己ノ債務ヲ免レタルニ因リテ利益ヲ得タルトキハ之ヲ債権者ニ償還スルコトヲ要ス

解説[編集]

危険負担の債務者主義について定めた規定。

第1項(当事者双方の責めに帰することができない事由による不履行の場合)関連[編集]

当事者双方の帰責事由によらない履行不能の場合に債務者の反対給付を受ける権利も消滅する旨を定める民法第536条第1項については もともと同条が「前二条に規定する場合」以外の場面を対象としていることから、この規定を適用して処理される実例が乏しく,判例等も少ないことが指摘されている。

その上、同条が適用されると想定される個別の契約類型において、危険負担的な処理(双方の責めに帰することができない事由で債務の一部ないし全部の履行ができなくなった場合の費用等の負担の処理)をすることが適当な場面については、契約各則においてその旨の規定を以下のとおり設けた。

また,それ以外の同条第1項の適用が問題となり得る場面については、今回の改正により履行不能による契約の解除の要件として、債務者の帰責事由(旧・第543条ただし書)を不要としたため、債権者は債務の不履行を理由に契約の解除をすることにより自己の対価支払義務を免れることができるようになり、機能の重複が見られるようになった。

実際の適用場面を想定しにくい本条第1項を維持し、機能の重複する制度を併存させるよりも、法制度の簡明化を目的に、本項を削除し、解除に一元化する案も有力であったが、解除制度と危険負担制度とが併存する現行の体系の急激な変更を懸念する声も多く、削除は見送られた。従って、改正後も適用局面は限定されるものと予想される。

第2項(債権者の責めに帰すべき事由による不履行の場合の解除権の制限)関連[編集]

債務者の履行がない場合において、その不履行が契約の趣旨に照らして債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は契約の解除をすることができない(民法第543条)。その帰結として反対給付を受ける権利は消滅しないという効果を導く。改正前後に趣旨の変更はないが、改正前の「反対給付を受ける権利を失わない」との文言については、これによって未発生の反対給付請求権が発生するか否かが明確でないとの指摘があったことを踏まえ、「債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」という規定に改めた。

なお、第1項同様、賃貸借、雇用、請負、委任については、各則における規定が優先される。

参照条文[編集]

  • 民法第567条
    売買契約において、売主が引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主の受領遅滞により、当事者双方の責めに帰することができない事由によって目的物の滅失等が生じた場合、買主はその目的物に関して、売主に契約不適合の責任を追及することはできない(危険負担が移転する)。

判例[編集]

  1. 解雇無効確認等請求(最高裁判決 昭和37年07月20日)労働基準法第26条,労働基準法第24条1項
    使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得た場合、使用者が、労働者に解雇期間中の賃金を支払うにあたり、右利得金額を賃金額から控除することの可否およびその限度。
     使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得た場合、使用者が、労働者に解雇期間中の賃金を支払うにあたり、右利得金額を賃金額から控除することはできるが、その限度は、平均賃金の4割の範囲内にとどめるべきである。
    • 労働基準法第26条は、使用者の責に帰すべき事由による休業に関して、平均賃金の6割以上の支払いを課しており、使用者に支払いを免除される限度は4割とした。
  2. 請負代金請求(最高裁判決  昭和52年02月22日)民法第632条
    注文者の責に帰すべき事由により仕事の完成が不能となつた場合における請負人の報酬請求権と利得償還義務
    請負契約において仕事が完成しない間に注文者の責に帰すべき事由によりその完成が不能となつた場合には、請負人は、自己の残債務を免れるが、民法536条2項により、注文者に請負代金全額を請求することができ、ただ、自己の債務を免れたことにより得た利益を注文者に償還すべきである。
  3. 雇用関係存在確認等(最高裁判決 昭和62年04月02日)労働基準法第12条1項,労働基準法第12条4項,労働基準法第24条1項,労働基準法第26条
    使用者がその責めに帰すべき事由による解雇期間中の賃金を労働者に支払う場合の労働基準法12条4項所定の賃金と労働者が解雇期間中他の職に就いて得た利益額の控除
    使用者が、その責めに帰すべき事由による解雇期間中の賃金を労働者に支払う場合、労働基準法第12条4項所定の賃金については、その全額を対象として、右賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に労働者が他の職に就いて得た利益の額を控除することができる。
  4. 賃金(通称 ノースウエスト航空賃金請求)(最高裁判決 昭和62年07月17日)労働基準法第26条
    1. 労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」と民法536条2項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」
      労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」は、民法536条2項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む。
    2. 部分ストライキのため会社が命じた休業が労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」によるものとはいえないとされた事例
      定期航空運輸事業を営む会社に職業安定法44条違反の疑いがあつたことから、労働組合がその改善を要求して部分ストライキを行つた場合であつても、同社がストライキに先立ち、労働組合の要求を一部受け入れ、一応首肯しうる改善案を発表したのに対し、労働組合がもつぱら自らの判断によつて当初からの要求の貫徹を目指してストライキを決行したなど判示の事情があるときは、右ストライキにより労働組合所属のストライキ不参加労働者の労働が社会観念上無価値となつたため同社が右不参加労働者に対して命じた休業は、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」によるものということができない。

前条:
民法第535条
(同時履行の抗弁)
民法第535条
削除
民法
第3編 債権

第2章 契約

第1節 総則
次条:
民法第537条
(第三者のためにする契約)
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