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民法第95条

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法学 > 民事法 > 民法 > コンメンタール民法 > 第1編 総則 (コンメンタール民法)

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ウィキペディア錯誤 (民法)の記事があります。

条文

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錯誤

第95条
  1. 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
    1. 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
    2. 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
  2. 前項第2号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
  3. 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第1項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
    1. 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき
    2. 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき
  4. 第1項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

改正経緯

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平成29年改正前の条文(口語化以前も同旨)は以下のとおりであり、錯誤ある意思表示は無効とされ、ただし、表意者に重過失があった場合、無効主張について制限される旨規定されていた。
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
しかしながら、
  1. 無効であるが表意者以外は、原則として無効を主張し得ないこと(無効であるにもかかわらず、第三者効がない)が判例上確立されている。
  2. 「詐欺(第96条)」により錯誤に陥った場合は、「取り消し」得るのに対して権衡を失する。
という観点から、錯誤ある意思表示は、「無効」ではなく「取り消すことができる」ものと改正された。
また、「法律行為の基礎とした事情」、いわゆる、「動機」の錯誤について判例法理を取り込んだ。

解説

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錯誤ある意思表示の効果について規定している。

典型例

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  • Aは、Bとの売買契約において、1万ポンドで売るつもりが、1万ドルと書いてしまった。Bはこの契約書にサインした。
  • Aは、Bとの売買契約において、1万ポンドで売るつもりが、ドルとポンドが同価値であるとの誤解から1万ドルと書いてしまった。Bはこの契約書にサインした。
従来から錯誤の「典型例」とされてきたのはこのような事例である。しかし、この事例を95条の典型例として持ち出すことには――日本民法の解釈であるのにドルとポンドであるということはともかく――相当に問題がある。常識的な価値判断として、制限能力者以外にドルとポンドを間違える者がそれほどいるとは思えないし、また契約締結において重大なミスを犯したものが広く一般的に保護されるべきだというのであれば契約の相手方の期待利益は容易に踏みにじられてしまう(民法はうっかり者であることを奨励するわけではあるまい)。あるいは、本当に1万ドルで売るつもりであったのに、後から実は1万ポンドと書くつもりだったと言い出せば原則として錯誤が認められ取消すことができるというのでは、せっかく契約の拘束力について定めた民法の規定(民法第414条415条)がことごとく台無しになってしまう。
実際、このような事例では第2項の問題として重過失が認定されるケースが多くなるであろうから、結論として錯誤になる「典型」事例と言えるかは疑問である。
このように、教科書によって多少の違いはあるが、説明のためだけの教室事例が錯誤の理解をかえって困難なものとしており錯誤をして民法学習の「躓きの石」たらしめている原因という部分は否めない。

制度趣旨

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端的に「表意者の保護」であると説明する書籍もあるが、正しくない。「約束は守られるべきだ」というのが一般道徳の要求する大原則であり、民法もそれに拠っているからである。もっとも、なぜ約束が守られるべきかというと、そうしないと約束が当然守られるだろうという相手方の期待が損なわれ[1]、そのような事態が横行するようになると社会における取引の安全そのものが揺らぐからであるが[2]、そのように言うためには契約の当事者双方が常識の範囲内で誠実かつまともに合意を形成しているということが前提となる。しかし、それが客観的・外形的に見て(当事者の合理的意思解釈として)「まとも」な合意とは言えないであろうという限定的・例外的な状況においては、そのような当事者を契約の拘束から解放することも認められてしかるべきであろうという価値判断が働くであろう。しかしこれはあくまでも「約束は守られるべきである」という原則に対する例外であるので要件として法律行為の要素における錯誤に該当しかつ表意者に重大な過失が無いものに限定されているのだと解することができる。
以上の観点からは、表意者保護取引の安全調和こそが本条の趣旨であると理解されなければならない。意思主義(「表意者の意思形成そのもの」(第1項第1号)及び「表意者が意思形成するに至った事情」(第1項第2号))及びと表示主義(第2項)の調和·調整と言い換えることもできよう。後に述べるような要素の錯誤とは何か、ではなく、保護されるべき表意者とはどのようなものかという問題こそが――たとえ判例学説のいずれに立つにせよ――95条をいかに解釈・運用すべきかという問題の本質なのであり[3]、取引の経緯や社会的関係、当該取引社会における慣行、さら政策的判断なども判断材料に加えつつ、当該表意者がどのような状況に置かれていたかという詳細な認定を基に絞りをかけていかなければならないのである。法理論はそのための説明方法に過ぎない。

「意思表示」とは

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意思表示参照。
但し、本条における意思表示の読み方には二通りがありうる。
すなわち、第一は意思表示は……取消すことができるとする、ということは、外部に表示された意思に錯誤が含まれているのでなければ取消すことができない、という読み方である。
第二は、結果としての意思表示錯誤によって引き起こされたものであれば、この要件は一応満たすとする読み方である。さらに細かくこの立場を分けると、(a)錯誤相手方が知っていたかどうかを問題とすべきとする立場と、(b-1)客観的に見て錯誤に当たる事実が表示されていたか(b-2)錯誤が錯誤として相手方に分かりうる形で表示されていたか、を問題とすべきとする立場に分かれうる。
この違いは、例えば表意者の意思表示によることなくして表意者が錯誤に陥っている事を相手方が何らかの態様で知った場合において違いを生じる可能性があるほか、錯誤となるために外部に表示されていなければならないのは錯誤のある意思表示であるのか、それとも錯誤そのものであるのか、さらにはその錯誤は後から事実と異なってしまった場合でも良いかという違いを生み出しうる(後述)。

「法律行為の要素に錯誤」とは

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「法律行為」とは

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法律行為の項参照。

「法律行為の要素」とは

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表示された意思の内、「法律行為」と言える主たる内容の一要素、つまり重要な部分をいう。この観点からみて要素の錯誤とは、判例・通説によればその錯誤がなければ表意者が意思表示をしなかったであろうという主観的因果性、錯誤がなければ通常人―本人特有の個人的事情や信条を捨象した一般人―も一般的な取引の通念に照らし意思表示をしないであろうという客観的重要性という要件を満たすものとする。
(例)
  • 証券会社に勤務するサラリーマンであるAはBとの間でマンションの一室の購入契約を結び、入居して3か月ほどは満足して家族と共に暮らしていた。ところが、隣人からその部屋は3年前に一家心中があったところであるときかされた。この件についてBからの説明は無く、同部屋の価格も通常の一般的な価格と特に違いのあるものではなかった。
    このような事例で既に住み込んでいるにもかかわらず(不法行為などでなく)錯誤取消を主張する表意者は、取り消せばすぐに退去することになるのだから、このような事情を事前に知っていればマンション購入の意思表示をしなかったであろう(因果性の肯定)。また実際、「いわくつき」の物件については一般の物件と扱いを異にし、事情をある程度説明した上で相応の値段で売却ないし賃貸するというのが不動産業における慣習となっている。そこから推測すれば、その部屋で過去に忌まわしい事件があったかどうかは、通常その部屋を購入するかどうかの意思決定に非常に大きな影響を及ぼすのが一般であると認定できるだろう(重要性の肯定、及び要素の錯誤要件の充足)。なお、このような慣習を判断の基にすれば、当該不動産にまつわる過去の陰惨な事実の一切について業者側から何ら説明が無く、しかも価格通常の不動産と大差無いものであった場合、表意者は通常その事情をうかがい知ることはできない(本条第3項重過失要件の否定)。したがって、保護に値する表意者というべきであり、後述する内容の錯誤として錯誤取消が認められる可能性が高い。もっとも、次のような場合には問題である。
  • 不動産業者であるAはBからマンションの一室を購入し3か月ほど事務所として使っていた。ところが、隣人からその部屋は3年前に一家心中があったところであるときかされた。この件についてBからの説明は無く、同部屋の価格も通常の一般的な価格と特に違いのあるものではなかった。

「錯誤」とは

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判例
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判例及びかつての通説は、保護されるべき表意者であるかどうかの判断を、まず本条本文において「法律行為の要素」の「錯誤」とは何かを、下位ファクターを使って明らかにするという手法を採る。その下位ファクターとして判例理論は錯誤には以下の3つの形態があると分析する。
  1. 表示上の錯誤(表示行為そのものに関する錯誤。$と£を書き間違えたり、言い間違えたりするなど)
  2. 表示行為の意味に関する錯誤(内容の錯誤)
  3. 真意どおりに意思を表明しているが、その真意が何らかの誤解に基づいていた場合(動機の錯誤)
一般に以下のような例が挙げられる事が多い。
  • 本屋で、エラリー·クイーンの『Xの悲劇』を買うつもりで、『Yの悲劇』をくださいと注文してしまったら、表示の錯誤。
  • 『Xの悲劇』も『Yの悲劇』も同じだと思って、『Yの悲劇』を購入したら、内容の錯誤。この場合同一性の錯誤とも言う。
  • 装丁が新しくなったため、新訳が出たと誤解して購入した場合は、動機の錯誤である。
    だが、これらの例も、おそらくは但書の重過失認定によって結論としてはいずれも取消すことができない事案であるというべきであろう(そもそも、裁判で実際に争われるケースであるか甚だ疑問である)。
    かつては、表示上の錯誤及び内容の錯誤は少なくとも本文の解釈のみに関して言えば法律行為の要素錯誤に該当し、一方単なる動機の錯誤は原則として要素錯誤とはならないとされた。もっとも、動機が表示されて意思表示の内容となった場合は、法律行為要素となり得るというのが判例(大審院大正3年12月15日判決·民録20巻1101頁)、通説であった。しかし、この規範によれば動機が表示されてさえいれば重過失によらない錯誤は全て無効(改正前)となり、相手方の利益が容易に害されてしまう。そのためか、判例実務がそのような理論構成をしているかについては明確ではなかった(後述)。
伝統的錯誤論の理論的根拠
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表示上の錯誤
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  • Aは宝石店へ行き価格1000万円の値札が付いたダイヤを買うのに、間違えて0の数が一つ多い1億円の小切手を書いて支払った。
    実務上表示上の錯誤が問題となるのはゼロの数を間違えて書いてしまったという場合が多い。本事例においては表意者の内心の意思と外部に表示された意思が一致していないことは客観的に認定しうる場合が多いであろう。また、表示上の錯誤であれば全て保護されるわけではなく、重過失の認定が問題となるが、たとえば、オンラインでの金額入力などは一度送信してしまうと後からの撤回ができない場合も多く、重過失とは認定されない、つまり錯誤取消が認められるケースも多くなってくるだろう。もっとも、際限無く値段の上がる可能性の高いオークションについては、桁数を良く確認せずに送信したことについて重過失認定がなされやすくなる可能性もある。
    なお、インターネット上での意思表示については電子契約法の制定により立法的解決が図られた。
  • Aは、自らの所有する草津カントリークラブのゴルフ会員権を300万円で売却する旨を専門雑誌の広告欄に告知したが、印刷業者のミスによって大津カントリークラブと印刷されてしまった。Bはこれを見て広告を見たので300万円で購入したいとのメールを出した。
内容の錯誤
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錯誤内容と実際とがどの程度の差異であれば本条本文の要件を満たすかは因果性と重要性の問題である。

動機の錯誤
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  • AはBとの間で土地の売買契約について交渉していたところ、第三者であるCから当該土地は大規模なリゾート開発計画の予定地になっており値上がりするだろうと聞かされて、時価4000万円の土地に価額を上乗せして5000万円で購入した。しかしその後、リゾート計画云々は単なる噂であったことが判明した。
  • AはBとの間で土地の売買契約について交渉していたところ、第三者であるCから当該土地は大規模なリゾート開発計画の予定地になっており値上がりするだろうと聞かされて、時価4000万円の土地に価額を上乗せして5000万円で購入した。しかしその後、当該リゾート計画は頓挫した。
  • AはBとの間で土地の売買契約について交渉していたところ、Bから当該土地は大規模なリゾート開発計画の予定地になっており値上がりするだろうと聞かされて、時価4000万円の土地に価額を上乗せして5000万円で購入した。しかしその後、当該リゾート計画は頓挫した。
  • AはBとの間で土地の売買契約について交渉していたところ、Bから当該土地は大規模なリゾート開発計画の予定地になっており値上がりするだろうと聞かされて、時価4000万円の土地に価額を上乗せして5000万円で購入した。しかしその後、リゾート計画云々は単なる噂であったことが判明した。
動機の錯誤で錯誤取消が認められるのはどのような事例か
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2017年改正により、判例法理であった「動機の錯誤」は、「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」として明記された(第1項第2号)。ただし、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り」錯誤として主張できるものとした(第2項)。
以下における、「動機」は第1項第2号の「意者が法律行為の基礎とした事情についての認識」を指す。
  • 円形脱毛症に悩んでいたAは、増毛や鬘を扱う大手の業者であるBの従業員に、当該部分の毛根は既に死滅しており髪が生えてくることは無いとのセールストークを受けて高価な契約を次々と結んだ。しかし実際には毛根は死滅していなかった。
    かつての判例・通説は、動機が表示されて意思表示の内容となっていれば錯誤が認められるとしていたが、上記のように表意者の動機が明らかではあるが、このような理由により買いたいなどと積極的・明示的にその動機を表意者自らが示したものに限らず、相手方のセールストークをそのまま信じて契約を結んだような場合であってもその動機は外部から見て明らかなのであるから、黙示的に動機が示されたものであっても良いとしていた。
しかし、動機が表示されていることを要件とした場合、問題のあるケースが出てくる。
  • AはBに対して、自らの所有する時計が無くなったので買いに来た旨を告げ高価な時計を購入したが、家に持ち帰る途中自らのミスで破損してしまった。Aは家に帰ったところ無くしたと思った時計があったため、錯誤取消を申し立てた。
    このような事案においては、確かに契約交渉段階においてその動機は表示されているが、錯誤取消を認めることは何の落ち度も無い意思表示の相手方Bの利益が容易に害されてしまい妥当ではない。本ケースであればなお表意者Aの重過失を認定して錯誤取消を認めないという構成も可能であろう。
では、次のような事例ではどうであろうか。
  • AはBに対して、Bの所有する土地甲はリゾート化により必ず値上がりすると思うので是非とも売ってくれと頼み込んで売買契約を結んだ。ところがそのリゾート計画は不幸な事故があったせいで頓挫してしまった。
    本ケースでは意思表示の時点では錯誤となっている内容は錯誤ではなく、その後の不幸な事故によって実現しなかったのであるから表意者に過失は無い。動機も表示されている。だが、何の落ち度も無い相手方の利益は害されてしまうべきなのだろうか。
    そもそもなぜ錯誤による意思表示は取消すことができるのか。そして動機の錯誤の時外部に表示されているかどうかでなぜ結論が全く異なるのか。それによって破られる意思表示の相手方の期待利益はどのようにして正当化できるのだろうか。
    常識的な価値判断としては、表意者が本意でない意思表示をしているのが外部から明らかでありそれを指摘すべきであるのに、それを指摘せずにその錯誤に乗じて契約を結ぶなどの不当な利益を得ているというところにこそ裁判によってその利を奪われたとしても仕方がないという落ち度が相手方の側にあるからだということになるだろう。裏を返せば、不当な利益であるといえない場合(動機はともかくとしても常識的な時価で購入された場合、)あるいは相手方の錯誤を指摘すべきだとは必ずしも言えない場合には取消すべき基礎を欠くという可能性があるということでもある。
    近年の判例は、前述のような悪質なセールストークを鵜呑みにして契約を結んだ事例につきこれを錯誤無効(改正前)となるものとしていた。しかしこの時、表意者自らが積極的・明示的にその動機を表示したか否かではなく、意思表示の相手方が表意者の動機の錯誤につき認識があったことを理由とするものがあり、表示されるべきは動機なのか、それとも錯誤であるのかについてはなお検討を要する。
判例の問題点
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  • Aはピカソ自身の署名のある版画「二人の道化師」を3000万円で購入した。しかしその後買おうとしていた版画はその隣にあった「道化師」という版画だったが、それを「二人の道化師」と取り違えていたことが判明した。
  • Aはピカソ自身の署名のある版画をピカソの「道化師」という版画と考え3000万円で購入したいと言い店主は了承した。その後この版画は「二人の道化師」であったということが判明した。
    この二つの事例では、Aはいずれにおいても「道化師」という絵を買うつもりで「二人の道化師」という絵を買ってしまっているという点で違いは無い。そこで学説は、前のケースでは内容の錯誤として旧95条本文の要件を満たし、後のケースでは――その錯誤を表示していない限り――単なる動機の錯誤として保護に値しない、というのは不均衡である。そもそも内心の動機の錯誤が要素の錯誤に相当しないというのはかつてドイツで隆盛した心理学的分析に由来する特殊な理論であって、一般的でない、として判例を批判するのである。しかし、前のケースでは重過失認定により保護されない場合が多くなるであろうし、後のケースでもこのような錯誤が表示され意思表示の内容となっていれば要素の錯誤として扱われる可能性があり、またこのような錯誤を売り主が意図的に引き起こそうと意図していたと認定されれば96条詐欺の要件をも満たす。したがって事案の解決として不均衡であるとは言えない。
判例法理及び改正法文の構造
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改正法文によっても、錯誤による意思表示をすれば原則として取消すことができるわけではない。判例法理及びそれを取り込んだ改正法文により、幾つかの段階を経て残ったもののみについて取消すことができるに過ぎない。なお、法改正により、判断の順序が変わっている。

  1. 当該錯誤は当該意思表示を取消すに値する程の重大な錯誤か。「法律行為の要素とは何か」の問題である。もっとも、判例は言い回しとしてはそのような重大な錯誤ではないということを、『動機の錯誤に過ぎない』という言い回しで述べていることからすると、解釈論としては次に述べる「要素の錯誤とは何か」の問題として一元的に処理していると見ることもできる。
  2. 錯誤が表意者個人の重大な過失によるものかどうか。些細な勘違いと外部からはうかがい知ることのできない表意者の勝手な思い込みについては、表意者の自己責任の範疇においてなされた意思表示であって、当該意思表示は取消すことはできない。すなわち、要素の錯誤とは何かの問題であるが、法律行為の要素といえるものの内、外部からは認識できない動機の錯誤を除いたものが要素の錯誤に該当する。
  3. しかしながら、相手方が表意者錯誤を知っていたか、または容易に知りえた場合(第3項第1号)、表意者の錯誤に乗じて法律行為を行なったということになり、これは、詐欺同様の行為であり、これを法的に保護することは正義に反し、また、表意者と相手方が同一の錯誤に陥っていた場合(第3項第2号)は、相手方も錯誤取消を主張しうるなど、双方ともに法律行為の前提が異なっているので、いずれも錯誤が表意者の重大な過失によるものであっても錯誤取消とすることができる。
有力説
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意思に欠陥があるから無効とするかつての判例理論(の建て前)に対し、異なる視点からのアプローチがあった。実践的な狙いとしては、意思を欠く意思表示であるからその効果は――第三者との関係においてさえも――絶対的に無効となるという論を封じるという面もあった。

有力説の論拠
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  1. 動機の錯誤と内容の錯誤とは、判例のようにはっきり区別することは困難である。
  2. 錯誤により無効とすべきかの判断に、表意者が錯誤に陥っていることにつき――相手方が悪意か否かであるなどといったような――相手方の事情を加えて判断すべきである。
有力説の問題点
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  • Aは、Bの所有する不動産について、その詳細を明らかにすることなく「見込みのある土地だと考えているので是非売ってほしい」と頼み込んだ。不審に思ったBが調査したところ、当該不動産にはリゾート計画の噂があるということ、実際にはほとんど実現性の無い話に過ぎないということが分かった。しかし、Bはそれをはっきりと告げることなくAとの間に当該不動産の売買契約を結んだ。
    相手方が自らの正当な利益を守るために独自に調査を行い結果的に表意者の錯誤を知った場合、あるいは買い主自らリスクを引き受けるべき商取引の形態においては、相手方の行為は正当な自由競争の枠内であるとして必ずしも買い主たる表意者を――たとえ悪意だからといって――相手方との関係で保護すべきという価値判断になるとは限らない。また、既に述べるように、相手方との関係や取引の対応は相当程度考慮することができるのであって、あえて本条本文解釈に盛り込む必要性は無いとも考えられる。なお本ケースの場合、有力説のように表意者の錯誤につき相手方が悪意かどうかではなく、錯誤が表示されていたかどうか、という基準であれば、はっきりとは錯誤が表意者から示されていないと認定することで、悪意にもかかわらず相手方の利益は守られる余地がある。外部に表示されない動機の錯誤を除外する意義はここにあると理解することができる。もっとも、学説の側からも、客観的な目的物の同一性や性状に関してではなく本事例のように単なる主観的理由や前提事情による錯誤は「自己領域内の出来事」[4]であってに表意者自らがリスクを負担すべきものであって、たとえその動機が表示されていても意識表示は無効にならないとする指摘もあった。
    なお、購入動機があからさまに明示されることは実際上少なく(裁判上も言ったか言わなかったかで決着を明快につけるのは難しい)、もっぱら黙示による意思表示が問題となるが、これを認定するには客観的に見てそれが錯誤であるのかについてわかりうる状態がなければならない。例えば、それ程の価値がありそうもない目的物に奇妙に高い値段をつけているような場合である。
    結局、近時の判例においては内心に止まる外部からは知りようのない動機の錯誤を要素の錯誤から除外することができれば良いのであって、内容の錯誤と動機の錯誤の区別は重要な問題ではないし、また動機の錯誤論を使うか否かにおいては差があるものの判例と学説の意図するところはほとんど違いはなく、したがって学説の批判は既に意味をなすものではなくなってきているのである。
少数説(内田説)
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  • Aは、古美術商Bの店にあった10万円の掛け軸を時価100万円はするものであると考え購入したが、後に某テレビ番組にて鑑定を依頼したところ1万円の評価額がついた。

共通錯誤の場合の処理

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「取り消すことができる」とは

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誰が「取消」を主張できるか

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  • AはBとの土地の売買契約において、当該土地を含む一体が高速道路の建設予定地になっており値上がりが予想されるという話をBから聞きこれを購入したが、この計画は頓挫した。しかし、その土地から温泉が出たためA自身がこの土地を利用して温泉旅館の建設を始めた。BはAの錯誤を理由に取り消し得るか。
    改正前は、錯誤無効であったので、法文上は表意者のみならず相手方も第三者も無効を主張し得たが、判例においては、表意者自身において要素の錯誤による意思表示の無効を主張する意思がない場合には、原則として、第三者が右意思表示の無効を主張することは許されない([[#第三者による主張|最高裁昭和40年9月10日判決·民集19巻6号1512頁]により確立、なお本設例とは別の事例)とされていた。改正後は法の原則により、取消権を有する表意者及びその代理人等のみが取消しうる(第120条第2項)。
    ただし、改正前において、第三者が表意者に対する債権を保全するため必要がある場合に、表意者が意思表示の瑕疵を認めているときは、表意者自らは当該意思表示の無効を主張する意思がなくても、第三者たる債権者は表意者の意思表示の錯誤による無効を主張することが許される(最高裁昭和45年3月26日·民集24巻3号151頁)旨の「債権者代位権」と同等のロジックが認められており、改正後も同条項を経由するなどして同様の判断は認められる。

「錯誤取消」は善意の第三者にも対抗できるか

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  • AはBとの間の土地売買契約を締結し当該不動産を売り渡して登記を移転した。BはさらにAB間の事情を知らないCにこれを転売して登記を移転したところAは錯誤により取り消し、Cに対して不動産の引渡しを求めた。
    改正前において、本条には94条(虚偽表示)や96条(詐欺の場合)と違い第三者保護の規定が無く、古くは、96条3項の趣旨を類推して第三者を保護すべきだとの説(我妻など有力説)もあったが判例はこれを否定し錯誤による無効は善意の第三者にも常に対抗できるとしていた(大判大11.3.22)。法があえて95条に関して第三者保護の規定を置かず表意者保護を徹底する趣旨であるという理由であった。しかしながら、一律に無効とすることは不均衡が大きく、錯誤無効を認めるのに慎重となるなと歪な状況となっていたため、2017年改正により、第3項により詐欺などと同様に善意無過失の第三者を保護する旨規定された。

契約不適合責任との関係

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「表意者」とは

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意思を表示するものをいう。

「重大な過失」とは

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重大な過失、すなわち重過失とは、「通常人であれば注意義務を尽くして錯誤に陥ることはなかったのに、著しく不注意であったために錯誤に陥ったこと」(大判大6.11.8)である。

通常人とは

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立証責任

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重過失要件を満たすことの立証責任は、立証が成功すれば利益を受けることになる当事者すなわち意思表示の相手方が負う(実務)。

重過失要件の緩和―相手方が悪意のとき

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相手方が悪意(表意者の錯誤を知っていた)であった又は憑依者が錯誤に陥っていることを容易に知り得た(表意者の錯誤を知らないことに重大な過失があった)と認定されたときは、そのような不誠実な相手方を保護する必要がないから、錯誤に関して表意者に重過失があっても当該法律行為は取消しうる(第3項第1号、判例·通説を取り込み)。そもそも、錯誤が無効となるのはその錯誤が外部から見て相当に明白であるのに、相手方はそれを指摘すべき(民法第1条参照)であるが、それをすることなくかえってその錯誤に乗じて利益を得た相手方に対する法律行為の拘束力から表意者が解放されるべきであるとする価値判断を基礎とする(前述)。つまり、錯誤をはっきり認識していたにもかかわらずそれを指摘しなかったような場合については、まさに本条本文の意図する射程範囲となるが、一方単に錯誤を知りえたに過ぎないという程度の落ち度しかない相手方と表意者との関係においては表意者は絶対的に保護されるべきではないと言えるから、重過失によって錯誤に陥った表意者との関係では表意者側の落ち度の方が高いといえるのでこの場合に錯誤取消しによって相手方の利益が害されることはない、とする趣旨である。

以上の理解を前提に、要保護性の高い順に並べると以上のようになる。

  1. 相手方の重要な錯誤を知る由も無い誠実な(正常の)相手方
  2. やむをえない事情によって結果的に錯誤に陥った表意者
  3. 相手方の錯誤を知りえた相手方
  4. 重過失により錯誤に陥った表意者
  5. 表意者の錯誤を知っていた(と裁判上認定された)相手方

本条が表意者保護と取引安全の調整であることのあらわれである。もっとも、既述のごとく、あらゆるケースにおいて表意者の錯誤を指摘すべきか、表意者の錯誤について相手方が悪意であれば取消しうるとすべきかはなお検討を要する。

「意思表示の取り消しをすることができない」とは

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表意者(意思表示をした者)に重過失があり、当該意思表示をするに当たった場合、表意者は取消すことができない。この場合、表意者の相手側が表意者に重過失があったことを立証することが必要である。

脚注

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  1. ^ したがって完全に契約の締結に到っていなくても、契約は有効なものとして履行されるであろうという合理的期待が形成されるに到っているときには保護される場合さえある(契約締結上の過失)
  2. ^ 何も近代市民社会に限ったことではない。徳政令の乱発が武家幕府の根幹を揺るがした例を想起せよ。もっとも、歴史的には――借金の返済にも証文が必要であったように――単なる意思のみでは足りず、国家の強制力による契約の実現には一定の形式的要件が必要であった。その意味で自ら約束をした意思のみに契約の拘束力を求める意思主義は近代自由社会におけるテーゼであると言われている。
  3. ^ 判例の実質的な判断記述は何かを巡っては様々な議論がなされている。参考文献内田民法Ⅰ「もう一歩前へー錯誤の要件をめぐる新たな視点」の項参照
  4. ^ 四宮和夫・能見善久著「民法総則」第七版189頁

参照条文

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判例

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  1. 約束手形金請求(最高裁判決 昭和32年12月19日)民法第3編第1章第3節第4款(保証債務)
    他に連帯保証人がある旨の債務者の言を誤信して連帯保証をした場合は要素の錯誤か
    他に連帯保証人がある旨の債務者の言を誤信した結果、連帯保証をした場合は、縁由の錯誤であつて、当然には要素の錯誤ではない。
  2. 商品代金請求 (最高裁判決 昭和33年06月14日)民法第696条,(旧)民法第570条(瑕疵担保責任→契約不適合責任)
    1. 和解が要素の錯誤によつて無効とされた事例
      仮差押の目的となつているジヤムが一定の品質を有することを前提として和解契約をなしたところ、右ジヤムが原判示の如き粗悪品であつたときは、右和解は要素に錯誤があるものとして無効であると解すべきである
    2. 契約の要素に錯誤があつた場合と民法第570条の適用の有無
      契約の要素に錯誤があつて無効であるときは、民法第570条の瑕疵担保の規定の適用は排除される
      • 錯誤無効なのであるから、契約法上の規定は適用されない。契約不適合責任となっても有効な判例。
  3. 手附金返還請求(最高裁判決 昭和37年11月27日)
    契約の要素に錯誤があるとされた事例。
    山林を造材事業に供する目的で買受ける契約がなされた場合、買受人において、その北側山麓に開鑿道路が開通し造林事業上極めて有利である等の説明を信じ当初の買受希望価額を上廻る代金で買受ける契約をした等、判示事実関係のもとでは右北側道路の存在は売買契約の要素である。
  4. 所得税賦課決定取消等請求(最高裁判決 昭和39年10月22日)所得税法(昭和37年法律67号による改正前)27条1項,所得税法(昭和37年法律67号による改正前)27条6項
    所得税確定申告書の記載内容について錯誤の主張は許されるか。
    所得税確定申告書の記載内容についての錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、所得税法の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、許されないものと解すべきである。
  5. 土地所有権確認等請求(最高裁判決 昭和40年05月27日)民法第938条
    相続放棄の申述と民法第95条の適用の有無。
    相続放棄の申述についても、民法第95条の適用がある。
  6. 土地賃借権不存在確認等請求 (最高裁判決 昭和40年06月04日)
    民法第95条但書の解釈。
    表意者みずから無効を主張しえない場合は、相手方および第三者も無効を主張しえないものと解するのが相当である。
    • 改正後は、取消し得ない場合となるので、結論は同様である。
  7. 建物収去土地明渡請求(最高裁判決 昭和40年09月10日)
    要素の錯誤による意思表示の無効を第三者が主張することは許されるか。
    表意者自身において要素の錯誤による意思表示の無効を主張する意思がない場合には、原則として、第三者が右意思表示の無効を主張することは許されない。
    • 改正後は、表意者が取消さない場合となるので、結論は同様である。但し、第三者が債権者等である場合、債権者代位権により取消すことはできる(後掲判決参照)。
  8. 土地家屋所有権移転登記手続請求(最高裁判決 昭和40年10月08日)
    売買契約の要素に錯誤があるとされた事例。
    不動産の売主が、代金の一部の清算について、買主との間で、売主はその兄が買主に対して負担する借受金債務を引き受け、これと代金債務とを対当額で相殺する旨特約した場合において、当該売買契約は右借受金債務の弁済をも目的として締結されたものであるのに、買主は該債務の債権者ではない等同契約に関し原審の確定したような事情があるときは、右売買契約の要素について売主に錯誤があつたものというべきである。
  9. 油絵代金返還請求(最高裁判所判例 昭和45年03月26日)民法第423条
    要素の錯誤による意思表示の無効を第三者が主張することが許される場合
    第三者が表意者に対する債権を保全する必要がある場合において、表意者がその意思表示の要素に関し錯誤のあることを認めているときは、表意者みずからは該意思表示の無効を主張する意思がなくても、右第三者は、右意思表示の無効を主張して、その結果生ずる表意者の債権を代位行使することが許される。
    • 改正後も第三者が債権者等である場合、債権者代位権同等の法理により取消すことができる。
  10. 預入金返還請求(最高裁判決 昭和47年05月19日)
    動機が表示されても民法95条にいう法律行為の要素とはならないとされた事例
    甲乙問の土地売買契約の解除と土地交換契約の締結に伴い、甲が乙に対して負担した清算金債務を弁済するため、自己が金融機関である丙との間で締結していた定期貯金契約を合意解約し、その払戻金を乙に支払うことを丙に対し委任した場合において、右売買契約の解除および交換契約が甲の土地評価の誤認に起因し法律行為の要素の錯誤により無効であり、甲の前記清算金債務は存在しないときであつても、甲が右支払を委任するに至つた動機のごときは、丙に表示されたとしても、右定期貯金契約の合意解約および支払委任につき、民法95条にいう法律行為の要素とはならないものと解すべきである。
  11. 約束手形金 (最高裁判決 昭和54年09月06日)手形法第12条2項,手形法第17条手形法第77条1項
    手形金額に錯誤のある裏書と悪意の取得者に対する償還義務の範囲
    手形の裏書人が、金額1500万円の手形を金額150万円の手形と誤信し同金額の手形債務を負担する意思のもとに裏書をした場合に、悪意の取得者に対して錯誤を理由に償還義務の履行を拒むことができるのは、右手形金のうち150万円を超える部分についてだけであつて、その全部についてではない。
  12. 建物所有権移転登記抹消登記手続請求事件(最高裁判決 平成1年09月14日)民法第768条,所得税法第33条
    協議離婚に伴う財産分与契約をした分与者の課税負担の錯誤に係る動機が意思表示の内容をなしたとされた事例
    協議離婚に伴い夫が自己の不動産全部を妻に譲渡する旨の財産分与契約をし、後日夫に二億円余の譲渡所得税が課されることが判明した場合において、右契約の当時、妻のみに課税されるものと誤解した夫が心配してこれを気遣う発言をし、妻も自己に課税されるものと理解していたなど判示の事実関係の下においては、他に特段の事情がない限り、夫の右課税負担の錯誤に係る動機は、妻に黙示的に表示されて意思表示の内容をなしたものというべきである。
  13. 敷金返還(最高裁判決 平成8年6月18日)民法第364条民法第467条民法第468条
    敷金返還請求権を目的とする質権設定についての第三債務者の異議をとどめない承諾に要素の錯誤があるとされた事例
    敷金返還請求権を目的として質権が設定され、第三債務者がこれを承諾した場合において、第三債務者としては敷金から控除される金額の割合を定めた特約の存在について異議をとどめて承諾をするつもりであったのに、その使者がこれと異なった表示をしたため、錯誤により異議をとどめない承諾がされる結果となったものであり、右特約が返還の対象となる敷金の額と密接なかかわりを有する約定であったなど判示の事実関係の下においては、第三債務者の右の錯誤は、承諾をするに至った動機における錯誤ではなく、承諾の内容自体に関する錯誤であって、要素の錯誤に当たるというべきである。
  14. 保証債務請求事件(最高裁判決 平成14年07月11日)民法第446条
    商品代金の立替払契約に基づく債務の保証人の意思表示に要素の錯誤があるとされた事例
    特定の商品の代金について立替払契約が締結され,同契約に基づく債務について保証契約が締結された場合において,立替払契約は商品の売買契約が存在しないいわゆる空クレジット契約であって,保証人は,保証契約を締結した際,そのことを知らなかったなど判示の事実関係の下においては,保証人の意思表示には法律行為の要素に錯誤がある。
  15. 株主総会決議不存在確認,株主権確認請求事件(最高裁判決 平成16年07月08日)民法第96条1項
    株式会社の代表取締役らが当該会社の全株式を売却したことにつき詐欺による取消し又は錯誤による無効が認められないとした原審の判断に違法があるとされた事例
    株式会社の代表取締役甲らが容易に現金化が可能な約10億円の純資産を有する当該会社の全株式を合計2億円で売却したことにつき,それが不自然ではないといえるような特段の事情が存在しない上,上記売却は,甲らの全面的な信頼を受けて甲らの資産管理を受託していた乙が甲らの財産の保全,増加に必要であるとして提案し,甲らがこれに全面的に従ってされたものであり,乙が,買主である会社の全株式を有しており,その結果,労せずして多額の利益を得たといえるなど判示の事情の下においては,上記売却につき詐欺による取消し又は錯誤による無効が認められないとした原審の判断には,違法がある。

参考文献

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  • 山本敬三「民法講義Ⅰ 民法総則」
  • 内田貴「民法Ⅰ 民法総則·物権法」
  • 内田貴「民法Ⅱ 債権各論」

関連項目

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前条:
民法第94条
(虚偽表示)
民法
第1編 総則

第5章 法律行為

第2節 意思表示
次条:
民法第96条
(詐欺又は強迫)
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