刑法第35条

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条文[編集]

(正当行為)

第35条
法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

解説[編集]

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本条は、法令行為及び正当業務行為について、これを正当行為として罰しないものと定めており、このような行為については違法性が阻却されるものと理解されている。法令行為としては、刑務官が死刑を執行する行為(殺人罪の構成要件に該当する)、正当業務行為としては、ボクシング選手が試合で相手を殴る行為(暴行罪や傷害罪の構成要件に該当する)、現行犯を私人が逮捕する行為(逮捕罪に該当するが、刑事訴訟法第213条により認められる)、医師における医業(当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(「医行為」)を、反復継続する意思をもって行うこと - 医師法第17条における解釈)等が例としてあげられる。
同条文の英訳は「An act performed in accordance with laws and regulations or in the pursuit of lawful business is not punishable.」であり[1]、「法令に従って行われた行為、又は正当な業務による行為は罰しない」という意味となる。
法律に基づく作為義務及びその不作為については、「作為が法律の禁止を破るときに玆に(ここに)犯罪が成立すると同じく、不作為が法律の命令を破るときに、玆に犯罪を構成する」[2]

関連条文[編集]

  • 労働組合法第1条
    1. この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする。
    2. 刑法第35条の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であって前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。
      • 労働組合法第1条第2項の規定は、同条第1項の目的達成のためにした正当な行為についてのみ、刑法第35条の適用を認めたに過ぎず、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪にあたる行為が行われた場合にまで、その適用があることを定めたものではない。(最高裁判決 昭和24年05月18日)

判例[編集]

  1. 強要、毀棄(最高裁判決 昭和25年04月21日)
    正當な爭議行為にあたらない事例
    爭議中の炭鑛勞働組合の委員が最低賃金制の實施等の要求貫徹のため、炭鑛の從業員たる倉庫係某を強要して盜難火災豫防のため炭鑛所有のガソリンを埋藏してある場所まで案内させて埋藏の範圍を指示させる等同人に義務なきことを行わせ、組合員を使つてほしいまゝに右ガソリン貯藏所を掘り起こせて、ドラム罐を發堀するが如き強要毀棄の所爲は、假令これが組合大會における隠匿物資摘発の決議の執行行為であつたとしても正常な爭議行為ということはできない。
  2. 脅迫(最高裁判決 昭和24年05月18日 詳細は労働組合法第1条・判例参照)刑法第37条,刑法第38条1項,昭和20年法第律51号労働組合法第1条2項,憲法第28条
    自救行為の意義
    自救行為とは一定の権利を有するものが、これを保全するため官憲の手を待つに遑なく自ら直ちに必要の限度において適当なる行為をすること例えば盜犯の現場において被害者が賍物を取還すが如きをいうのである。
  3. 建造物侵入(最高裁判決 昭和25年9月27日)憲法28条憲法37条3項,刑法130条刑法36条刑法37条,旧刑訴法69条1項
    1. 隠退藏物資摘発のため人の看守する工場に侵入した行為と住居侵入罪
      隠退藏物資の摘発については正規の機関の適正な活動を期待することができないとして、これが摘発のため人の看守する工場に多人数大挙して押寄せ法令上の根拠もなく又これを業務とするものでもないのにかかはらず、看手者の意に反して工場内に侵入した場合には、住居侵入罪が成立する。
    2. 隠退藏物資摘発のため人の看守する工場に侵入した行為と刑法第35条
      隠退藏物資摘発のため人の看守する工場に多人数大挙して押寄せ、法令上の根拠もなく又これを業務とするものでもないのにかかわらず、看手の意に反して工場内に侵入した行為は、刑法第35条にいわゆる「法令又は正当の業務に因り為したる行為」ということはできない。
  4. 窃盜(最高裁判決 昭和25年11月15日),刑法第235条,刑法第252条,労働組合法第1条,憲法第12条,憲法第28条,憲法第29条
    1. 労働関係調整法第7条と正当争議行為
      労働関係調整法第7条は、争議行為の定義を掲げただけであつて、争議行為の正当性は別個の観点から判断すべきものである。
    2. 労働組合法第1条2項と刑法第35条―争議行為の正当性
      労働組合法第1条2項は、労働組合の団体交渉その他の行為について無条件に刑法第35条の適用があることを規定しているのではなく唯労働組合法所定の目的達成のために為した正当な行為についてのみ適用を認めているに過ぎない(昭和22年(れ)第319号同24年5月18日最高裁判所大法廷判決参照)。如何なる争議行為を以て正当とするかは、具体的に個々の争議につき、争議の目的並びに争議手段としての各個の両面に亘つて、現行法秩序全体との関連において決すべきである。従つて至産管理及び生産管理中の個々の行為が、すべて当然に正当行為であるとの論旨は理由がない。
    3. 生産管理と同盟罷業との関係―生産管理の違法性
      論旨は生産管理が同盟罷業と性質を異にするものでないということを理由として、生産管理も同盟罷業と同様に違法性を阻却される争議行為であると主張する。しかしわが国現行の法律秩序は私有財産制度を基幹として成り立つており、企業の利益と損失とは資本家に帰する。従つて企業の経営、生産行程の指揮命令は、資本家又はその代理人たる経営担当者の権限に属する。労働者が所論のように企業者と並んで企業の担当者であるとしても、その故に当然に労働者が企業の使用收益権を有するのでもなく、経営権に対する権限を有するものでもないい。従つて労働者側が企業者側の私有財産の基幹を揺がすような争議手段は許されない。なるほど同盟罷業も財産権の侵害を生ずるけれども、それは労働力の給付が積務不履行となるに過ぎない。然るに本件のようないわゆる生産管理に於ては、企業経営の権能を権利者の意思を排除して非権利者が行うのである。それ故に同盟罷業も生産管理も財産権の侵害である点においては同様であるからとて、その相違点を無視するわけにはゆかない。前者において違法性が阻却されるからとて、後者においてもそうだという理由はない。
  5. 監禁(最高裁判決 昭和28年06月17日)
    1. 憲法ならびに労働組合法施行前の労働組合の団体交渉と刑法第35条
      出勤手当坑内5円、坑外3円の支給を受けることが労働組合側から見れば一種の債権であり、かつ、憲法ならびに労働組合法(昭和20年法律第51号)施行前において右組合がこれを要求のため団体交渉をすること自体が正当であるとしても、その手段として為された所為が社会通念上許容される限度を超えたものであるときは、その行為は刑法第35条の正当の行為とはいえない
    2. 権利を実行する行為が違法とならない要件
      他人に対し権利を有するものが、その権利を実行する行為は、それが権利の範囲内であつて、かつその方法が社会通念上一般に許容されるものと認められる程度を超えない限り違法とはならない。
  6. 詐欺、恐喝、銃砲等所持禁止令違反(最高裁判決 昭和30年10月14日)刑法第249条1項
    権利行使と恐喝罪
    債権取立のために執つた手段が、権利行使の方法として社会通念上一般に許容すべきものと認められる程度を逸脱した恐喝手段である場合には、債権額のいかんにかかわらず、右手段により債務者から交付を受けた金員の全額につき恐喝罪が成立する。
  7. 業務上横領、暴力行為等処罰に関する法第律違反(最高裁判決 昭和33年09月19日)
    いわゆる納金ストが労働組合法第1条2項にいう「正当な行為」にあたらない事例
    争議行為における職場放棄中の賃金一人あたり金26円余、85名分合計金2千余円を給料中から控除することに反対するために、その主張貫徹の手段として会社所有の金銭の使用を阻止すべく、会社の意に反して、集金にかかる会社所有の電気料金合計金900余万円を会社に引き渡さないで抑留し、しかも、抑留限度等につき何等顧慮することなく、被告人名義に預金した所為(本件納金スト)は、他に特別の事情の認められない限り、全体として労働組合法第1条第2項にいう「正当な行為」にあたらない。
  8. 威力業務妨害(最高裁判決 昭和45年06月23日)刑法第234条,労働組合法第1条2項,地方公営企業労働関係法第4条,地方公営企業労働関係法第11条1項
    市電の出庫を阻止したピケツテイングが正当な行為とされた事例
    札幌市役所関係労働組合連合会所属の被告人らが、他の約40名とともに、車庫内において市電の前に立ちふさがり、その出庫を阻止して業務を妨害した場合においても、その行為が、市当局の長期間にわたる不当な団体交渉の拒否等に対処し、団体交渉における労使の実質的対等を確保するため、やむなくなされた市電等への乗務拒否を主眼とする同盟罷業中に、これから脱落した組合員が、当局側の業務命令に従つて市電を運転して車庫外に出ようとしたので、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐ目的で、とつさに市電の前に立ちふさがり、市電を出さないように叫んで翻意を促し、これを腕力で排除しようとした当局側の者ともみ合い、前後約30分間、乗客のいない車庫内で市電の出庫を阻止したものであつて、その間直接暴力に訴えるというようなことがなかつた等の事情があるときは、これを正当な行為ということができる。
  9. 住居侵入、公務執行妨害(最高裁判決 昭和48年04月25日)刑法第95条1項,刑法第130条,憲法第28条,憲法第31条,鉄道営業法第37条,鉄道営業法第42条1項,日本国有鉄道法第32条1項,日本国有鉄道法第34条1項,旧鉄道公安職員基本規程(昭和24年11月18日総裁達466号)3条,旧鉄道公安職員基本規程(昭和24年11月18日総裁達466号)5条,鉄道公安職員基本規程(管理規程)(昭和39年4月1日総裁達160号)2条,鉄道公安職員基本規程(管理規程)(昭和39年4月1日総裁達160号)4条
    1. 勤労者の争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について違法性阻却事由の有無を判断する一般的基準
      勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたつては、その行為が争議行為に際し行なわれたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない。
    2. A労働組合員らの争議行為の際における信号所侵入行為が刑法上の違法性を欠くものでなくその刑事責任を問うことが憲法28条に違反しないとされた事例
      A労働組合員らの争議行為の際における被告人ら三名の本件信号所各侵入行為(被告人甲は、信号所の勤務員三名を勧誘、説得してその職務を放棄させ、勤務時間内の職場集会に参加させる意図をもつて、駅長の禁止に反して侵入したもの、また、被告人乙および丙は、労働組合員ら多数が同信号所を占拠した際にこれに加わり、それぞれ侵入したもの。判文参照)は、いずれも刑法上違法性を欠くものではない。このように解して被告人ら三者の刑事責任を問うことは、憲法28条に違反しない。
    3. 鉄道営業法42条1項により鉄道係員が旅客公衆を車外または鉄道地外に退去させるにあたり必要最少限度の強制力を用いることの可否と憲法31条
      鉄道営業法42条1項により鉄道係員が当該の旅客、公衆を車外または鉄道地外に退去させるにあたつて、旅客、公衆が自発的な退去に応じない場合、または危険が切迫する等やむをえない場合には、鉄道係員において当該具体的事情に応じて必要最少限度の強制力を用いることができる。このように解しても、憲法31条に違反しない。
    4. 旧「鉄道公安職員基本規程」3条、5条(現「鉄道公安職員基本規程(管理規程)2条、4条)に定める鉄道公安職員の鉄道施設警備等の職務と公務執行妨害罪における公務
      旧「鉄道公安職員基本規程」3条、5条(現「鉄道公安職員基本規程(管理規程)2条、4条)に定める鉄道公安職員の鉄道施設警備等の職務は、公務執行妨害罪における公務にあたる。
    5. A労働組合員らの争議行為の際におけるてこ扱所二階の信号所への立入り、同所に通ずる階段へのすわり込みが鉄道営業法37条、42条1項3号にいう公衆がみだりに鉄道地内に立ち入つた場合にあたるとされた事例
      A労働組合員らの本件てこ扱所二階の信号所への立入り、同所に通ずる階段へのすわり込みは、鉄道営業法37条、42条1項3号にいう公衆が鉄道地内にみだりに立ち入つた場合にあたる。
    6. 鉄道公安職員がてこ扱所二階の信号所に立ち入り同所に通ずる階段にすわり込んだA労働組合員らを鉄道営業法42条1項により退去させる場合に許される強制力行使の程度
      鉄道公安職員は、本件てこ扱所二階の信号所に立ち入り、同所に通ずる階段にすわり込んだA労働組合員らを鉄道営業法42条1項により退去させるにあたつては、必要最少限度の強制力の行使として、自発的な退去を促したのに、これに応じないで階段の手すりにしがみつき、あるいはたがいに腕を組む等をして居すわつている者に対し、手や腕を取つてこれをほどき、身体に手をかけて引き、あるいは押し、必要な場合にはこれをかかえ上げる等して階段から引きおろし、退去の実効を収めるために必要な限度で階段下から適当な場所まで腕をとつて進行する等の行為をもなしうるものであり、このような行為が必要最少限度のものかどうかは、労働組合員らの抵抗の状況等の具体的事情を考慮して決定すべきものである。
  10. 逮捕(最高裁判決 昭和50年4月3日)刑訴法212条刑訴法213条
    1. 現行犯逮捕のため犯人を追跡した者の依頼により追跡を継続した行為を適法な現行犯逮捕の行為と認めた事例
      あわびの密漁犯人を現行犯逮捕するため約30分間密漁船を追跡した者の依頼により約3時間にわたり同船の追跡を継続した行為は、適法な現行犯逮捕の行為と認めることができる。
    2. 現行犯逮捕のための実力行使と刑法35条
      現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとを問わず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法35条により罰せられない。
    3. 現行犯逮捕のための実力行使に刑法35条が適用された事例
      あわびの密漁犯人を現行犯逮捕するため密漁船を追跡中、同船が停船の呼びかけに応じないばかりでなく、3回にわたり追跡する船に突込んで衝突させたり、ロープを流してスクリューにからませようとしたため、抵抗を排除する目的で、密漁船の操舵者の手足を竹竿で叩き突くなどし、全治約1週間を要する右足背部刺創の傷害を負わせた行為は、社会通念上逮捕をするために必要かつ相当な限度内にとどまるものであり、刑法35条により罰せられない。
  11. 逮捕(最高裁判決 昭和50年11月25日)刑法第220条1項,労働組合法第1条2項
    他組合員に対する逮捕行為が刑法上の違法性に欠けるところはないとされた事例
    争議参加中の労働組合員が数名共同で、他組合員を、会社警備員による妨害の及ばないところで説得するため、その者を約30メートル引きずり、更に引つ張つたり押すなどして200メートル余を強いて連行した逮捕行為は、法秩序全体の見地からみるとき、原判示の動機目的、その他諸般の事情に照らしても、刑法上の違法性に欠けるところはない。
  12. 名誉毀損(最高裁判決 昭和51年03月23日)刑法第230条1項,刑法第230条の2
    1. 名誉毀損の摘示事実につき真実と誤信する相当の根拠がないとされた事例
      被告人以外の特定人が真犯人である旨の名誉毀損の摘示事実については、本件に現われた資料に照らすと、真実と誤信するのが相当であると認めうる程度の根拠は、存在しない。
    2. 弁護人が被告人の利益擁護のためにした行為と刑法上の違法性の阻却
      弁護人が被告人の利益を擁護するためにした行為につき刑法上の違法性の阻却を認めるためには、それが弁護活動のために行われたものであるだけでは足りず、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮して、法秩序全体の見地から許容されるべきものと認められなければならないのであり、かつ、その判断にあたつては、その行為が法令上の根拠をもつ職務活動であるかどうか、弁護目的の達成との間にどのような関連性をもつか、弁護を受ける被告人自身がこれを行つた場合に刑法上の違法性の阻却を認めるべきどうかの諸点を考慮に入れるのが相当である。
    3. 弁護人が被告人の利益擁護のためにした名誉毀損行為につき正当な弁護活動として刑法上の違法性が阻却されないとされた事例
      被告人以外の特定人が真犯人であることを広く社会に報道して、世論を喚起し、被告人を無罪とするための証拠の収集につき協力を求め、かつ、最高裁判所の職権発動による原判決の破棄ないしは再審請求の途をひらくため、右の特定人が真犯人である旨の事実摘示をした名誉毀損行為は、弁護人の相当な弁護活動として刑法上の違法性を阻却されるものではない。
  13. 地方公務員法第違反、道路交通法第違反(最高裁判決 昭和51年05月21日)憲法第18条,憲法第21条,憲法第28条,地方公務員法第37条1項,地方公務員法第61条4号,道路交通法第76条4項2号,道路交通法第120条1項9号,刑訴法第411条1号
    1. 地方公務員法37条1項、61条4号の合憲性
      地方公務員法37条1項は憲法28条に、地方公務員法61条4号は憲法18条、28条に違反しない。
    2. 地方公務員法61条4号の法意
      地方公務員法61条4号は、地方公務員の争議行為に違法性の強いものと弱いものとを区別して前者のみが右法条にいう争議行為にあたるものとし、また、右争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、又はあおる等の行為のうちいわゆる争議行為に通常随伴する行為を刑事制裁の対象から除外する趣旨と解すべきではない。
    3. 昭和36年度全国中学校一せい学力調査実施のため中学校に赴こうとするテスト立会人らを道路上で阻止した行為につき道路交通法120条1項9号、76条4項2号の罪の成立を否定した原判決が刑訴法411条1号にあたるとされた事例
      昭和36年度全国中学校一せい学力調査実施のため中学校に赴こうとするテスト立会人らを道路上で阻止した本件行為につき、道路交通法120条1項9号、76条4項2号に該当するとしながら、正当な団体行動権の行使にあたることを理由に違法性が阻却されるとした原判決は、法令の解釈適用を誤り、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反する場合にあたる。
  14. 郵便法違反幇助、建造物侵入、公務執行妨害被告事件(最高裁判決 昭和52年05月04日)憲法第28条,刑法第1編第7章,刑法第35条刑法第130条公共企業体等労働関係法第17条1項,労働組合法第3条郵便法第79条1項
    1. 公共企業体等労働関係法第17条第1項と憲法28条
      公共企業体等労働関係法第17条第1項は、憲法28条に違反しない。
    2. 公共企業体等労働関係法第17条第1項違反の争議行為と労働組合法1条2項の適用
      公共企業体等労働関係法第17条第1項違反の争議行為には、労働組合法1条2項の適用はない。
    3. 公共企業体等労働関係法第17条第1項違反の争議行為と刑事法上の処罰阻却
      公共企業体等労働関係法第17条第1項違反の争議行為が犯罪構成要件に該当し、違法性があり、責任がある場合であつても、それが同盟罷業、怠業その他単なる労務不提供のような不作為を内容とするものであつて、同条項が存在しなければ正当な争議行為として処罰を受けることのないようなものであるときには、争議行為の単純参加者に限り、その罰則による処罰を阻却される。
    4. 郵政職員の争議行為に参加を呼びかけた行為が郵便法79条1項の罪の幇助罪による処罰を阻却されないとされた事例
      郵政職員が争議行為として行つた勤務時間内二時間の職場大会に参加を呼びかけた本件行為は、郵便法79条1項の罪の幇助罪による処罰を阻却されない。
    5. 公共企業体等労働関係法第17条第1項違反の争議行為に際しこれに付随して行われた犯罪構成要件該当行為について違法性阻却事由の有無を判断する一般的基準
      公共企業体等労働関係法第17条第1項違反の争議行為に際しこれに付随して行われた犯罪構成要件該当行為について違法性阻却事由の有無を判断するにあたつては、その行為が同条項違反の争議行為に際しこれに付随して行われたものであるという事実を含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを考察しなければならない。
    6. 公共企業体等労働関係法第17条第1項違反の争議行為に際しこれに付随して行われた建造物侵入行為が刑法上の違法性を欠くものではないとされた事例
      公共企業体等労働関係法第17条第1項違反の争議行為に参加を呼びかけるため行われた本件建造物侵入行為は、刑法上の違法性を欠くものではない。
  15. 国家公務員法第違反(いわゆる『外務省秘密漏洩事件(西山事件)』最高裁判決 昭和53年05月31日)国公法第100条1項,国公法第109条12号,国公法第111条,裁判所法第3条1項,憲法第73条2号/3号
    1. 国家公務員法109条12号、100条1項にいう秘密の意義
    2. 国家公務員法109条12号、100条1項にいう秘密の判定
      国家公務員法109条12号、100条1項にいう秘密とは、非公知の事実であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに値するものをいい、その判定は、司法判断に服する。
    3. 外交交渉の概要が記載された電信文案が国家公務員法109条12号、100条1項にいう秘密にあたるとされた事例
      昭和46年5月28日に愛知外務大臣とマイヤー駐日米国大使との間でなされた、いわゆる沖縄返還協定に関する会談の概要が記載された本件1034号電信文案は、国家公務員法109条12号、100条1項にいう秘密にあたる。
    4. 違法秘密にあたらないとされた事例
      本件対米請求権問題の財源についてのいわゆる密約は、政府がこれによつて憲法秩序に抵触するとまでいえるような行動をしたものではなく、違法秘密ではない。
    5. 国家公務員法111条にいう同法109条12号、100条1項所定の行為の「そそのかし」の意義
    6. 国家公務員法111条、109条12号、100条1項の「そそのかし」罪の構成要件にあたるとされた事例
      国家公務員法111条にいう同法109条12号、100条1項所定の行為の「そそのかし」とは、右109条12号、100条1項所定の秘密漏示行為を実行させる目的をもつて、公務員に対し、その行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りる慫慂行為をすることを意味する。
    7. 報道機関による公務員を対象とした秘密の取材と正当業務行為
      報道機関が公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといつて、直ちに当該行為の違法性が推定されるものではなく、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為である。
    8. 正当な取材活動の限界
      外務省担当記者であつた被告人が、外務審議官に配付又は回付される文書の授受及び保管の職務を担当していた女性外務事務官に対し、「取材に困つている、助けると思つて安川審議官のところに来る書類を見せてくれ。君や外務省には絶対迷惑をかけない。特に沖縄関係の秘密文書を頼む。」という趣旨の依頼をし、さらに、別の機会に、同女に対し「5月28日愛知外務大臣とマイヤー大使とが請求権問題で会談するので、その関係書類を持ち出してもらいたい。」旨申し向けた行為は、国家公務員法111条、109条12号、100条1項の「そそのかし」罪の構成要件にあたる。
    9. 正当な取材活動の範囲を逸脱しているとされた事例
      当初から秘密文書を入手するための手段として利用する意図で女性の公務員と肉体関係を持ち、同女が右関係のため被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥つたことに乗じて秘密文書を持ち出させたなど取材対象者の人格を著しく蹂躪した本件取材行為(判文参照)は、正当な取材活動の範囲を逸脱するものである。
  16. 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反(石油価格カルテル刑事事件 最高裁判決 昭和59年02月24日)
    1. 石油製品価格に関する行政指導の許される範囲
      石油業法に直接の根拠を持たない石油製品価格に関する行政指導であつても、これを必要とする事情がある場合に、これに対処するため社会通念上相当と認められる方法によつて行われるものは、「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」という独禁法の究極の目的に実質的に抵触しない限り、違法とはいえない。
    2. 適法な行政指導に従つて行われた行為と違法性の阻却
      価格に関する事業者間の合意は、形式的に独禁法に違反するようにみえる場合であつても、適法な行政指導に従いこれに協力して行われたものであるときは、違法性を阻却される。
  17. 未成年者略取被告事件(最高裁判決 平成17年12月06日)刑法第224条,民法第818条,民法第820条
    母の監護下にある2歳の子を別居中の共同親権者である父が有形力を用いて連れ去った略取行為につき違法性が阻却されないとされた事例
    母の監護下にある2歳の子を有形力を用いて連れ去った略取行為は, 別居中の共同親権者である父が行ったとしても,監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情が認められず,行為態様が粗暴で強引なものであるなど判示の事情の下では,違法性が阻却されるものではない。

脚注[編集]

  1. ^ 法務省『刑法: Penal Code』、2011年。Japanese Law Translation。
  2. ^ 牧野英一『不作為の違法性』、1914年。有斐閣。

前条:
刑法第34条の2
(刑の消滅)
刑法
第1編 総則
第7章 犯罪の不成立及び刑の減免
次条:
刑法第36条
(正当防衛)
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