民法第369条
条文[編集]
(抵当権の内容)
- 第369条
- 抵当権者は、債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。
- 地上権及び永小作権も、抵当権の目的とすることができる。この場合においては、この章の規定を準用する。
解説[編集]
抵当権の成立要件とその効果について定める。
設定者:1、(物権の側から)当該不動産の所有権者、地上権者、永小作権者。2、(債権の側から)債務者自身だけでなく、被担保債権の当事者でない第三者が債務者のために自らの不動産に抵当権を設定することもできる(物上保証人)。
設定方法:当該不動産の占有を移転しないで債務の担保に供する(本条)。抵当権も物権の一つであるので、意思表示のみにより設定できる(176条)。
対抗要件:登記による(177条)。
目的:債務弁済を担保するため。
効果:抵当権者は、当該不動産について、一般債権者に優先して債権の弁済を受けることができる。
典型事例[編集]
- Sは、Aから100万円借り、自らの所有する宅地に抵当権を設定した。
占有を移転しないでとは[編集]
債務者の使用収益権[編集]
- Sは、Aから100万円借り、自らの所有する宅地に抵当権を設定しそのまま同宅地に居住し続けた。
- Sは、Aから100万円借り、自らの所有する農地に抵当権を設定し収穫を行って売却した。
抵当権設定者(債務者)は、抵当権を設定した後も目的物をその用法に従って自由に使用・収益することができる。
抵当権者の物権的請求権[編集]
もっとも、抵当目的物を完全に自由に処分できるわけではなく、抵当目的物の価値を不当に減少させることについては抵当権者が物権的請求権を行使して一定程度食い止めることができる(370条の項参照)。
- Sは、Aから100万円借り、自らの所有する山林に抵当権を設定しほとんど全ての樹木を伐採した。
抵当権の追求効[編集]
- Sは、Aから100万円借り、自らの所有する住宅に抵当権を設定しその後第三者Bに同住宅を売却し引き渡した。
抵当権が登記してあればAは第三者Bの持つ不動産について抵当権の存在を主張することができ、債務者Sが債務を履行しないのであれば当該不動産を競売することができる。抵当権設定自体はAに対し債務者~が占有を移転しないで債務の担保に供することによって既に有効に行われており、その不動産について優先弁済を受ける(競売する)ことができるのであるから、債務者Sから第三者Bに所有権と「占有は移転されている」からといって条文上の文言に反するわけではなく、Bは抵当権付の建物を買ったということになる。このような抵当権が当該目的不動産の所有権にくっついていくという性質は追求効と呼ばれる。ただし、このような第三取得者に不測の損害を蒙らせないようにする為抵当権の登記が必要である(177条)。
自己の債権とは[編集]
特定の債権[編集]
後述のように将来発生するかもしれないものについてであっても良いが、ある具体的な契約関係(例、消費貸借契約、保証契約)を根拠とするある特定の債権を被担保債権とすることを要すると解されている。なお、これに対し根抵当の場合はこの特定性が無い。
一個の債権の一部[編集]
一個の債権の一部に抵当権を設定することは可能である。目的物の価値が債権全部を担保するのに十分でない場合もあるし、債権を分割する事ができる場合であれば担保する範囲が特定できるからである。
複数の債権[編集]
一人の債権者[編集]
一人の債権者が有する複数の債権につき一つの抵当権を設定することは可能(最判昭33.5.9)。
複数の債権者[編集]
複数の債権者が有する複数の債権につき一つの抵当権を設定することは不可能とされる。権利関係がいたずらに複雑になるからである。複数の土地にそれぞれ抵当権を別個に設定するのでなければ、1つの当該抵当不動産(370条)について複数の抵当権を設定しなければならない(373条参照、複数の登記について)。
金銭債権以外の債権[編集]
抵当権の被担保債権は金銭債権に限らず、例えば物の引渡し債権等であっても良いと解されている。債務が履行されなかった時にはどのような債権であれ損害賠償請求権に転化し(415条)、それは原則として金銭によるからである(417条)。
利息債権・遅延損害金[編集]
利息・遅延損害金などについては375条による一定の制限がある。
無効な債権[編集]
- SはAから100万円を借りBが保証人になった。SはBがAに弁済した時の求償権を担保するために自らの所有する土地に抵当権を設定したが、この保証契約は無効であった。
- SはAから100万円を借りBが保証人になった。SはBがAに弁済した時の求償権を担保するために自らの所有する土地に抵当権を設定したが、この消費貸借契約は無効であった。
- SはAから100万円を借りBが保証人になった。SはBがAに弁済した時の求償権を担保するために自らの所有する土地に抵当権を設定したが、S自ら債務を弁済した。
このような場合、抵当権によって担保されていた求償権はもはや存在しない。抵当権は「債務の担保に供した」(本条)ものであってその目的が失われれば消滅する。したがってこれらの事例ではいずれも抵当権の効力は失われる。
このように、主たる被担保債権が成立しなければ従たる抵当権も成立しない、主たる被担保債権が成立後消滅すれば従たる抵当権も消滅する、従は主と運命を共にするという理論を従たる権利の付従性と呼ぶ。ただし、抵当権の経済的効果が適正に働くかどうかが問題なのであって、このような理論が厳格に解釈運用されているわけではない。
- Sは、Aから100万円借り、自らの所有する宅地に抵当権を設定し登記を設定したが、当該消費貸借契約が無効になった。
このような場合、付従性の理論からすると当該消費貸借契約(587条)に基づく債権は失われており従たる抵当権も消滅するかに思える。しかし、当該契約が無効になった以上Sは法律上の正当な原因なくして100万円を得ている事になるのでAはこれに対する不当利得返還請求権を取得する(703条)。この請求権を担保するために抵当権は残存し(通説)、借主は信義則上無効を主張する事ができない(最判昭44.7.4)。なお判例は被担保債権が転化した不当利得による請求権についてまで抵当権の効力が及ぶと断言したわけではないということに注意を要する(信義則論による解決)。
これに対し、根抵当の場合はこの性質が失われる。
将来の債権[編集]
抵当権設定行為時点で債権が既に発生している事は条文上要求されていない。したがって、被担保債権は自己の将来発生する債権でも良い(抵当権の付従性の緩和・例外)。
- Sは、Aから100万円借りる約束をし、自らの所有する宅地に抵当権を設定し登記を設定後金銭の授受を受けた。
条文上消費貸借契約では目的物を受け取ってはじめて効力が発生する(587条)から、抵当権設定時に被担保債権は存在していなかったはずである。しかし特定の債務の担保に供する目的で、金銭授受後に抵当権を設定したのと経済的・実質的にかわらない事をしたに過ぎないので、このような抵当権も有効である(大判昭5.11.19)。
- SはAから100万円を借りBが保証人になった。SはBが将来Sに代わってAに弁済した時の求償権(459条)を担保するために自らの所有する土地に抵当権を設定した(求償担保)。
このような抵当権の設定も有効である(大判昭14.5.5)。
不動産とは[編集]
土地とその定着物(86条1項)である。さらに、特別法により立木(立木法)、鉄道財団(鉄道抵当法)、工場財団(工場抵当法)、なども含まれる。また、占有を移転しないため外部に対し権利関係を明確にする必要から公示の原則(物権変動があった時に外部から認識可能な公示を要求するという原則)が強く要求される。そのためにまず抵当不動産は登記可能なものでなくてはならず(それゆえに抵当権は動産をその対象としていない)、またその範囲を明確なものとするために特定性・独立性が要求されているといわれる。
土地とは[編集]
外形上その範囲を判別可能な所有権の対象となる特定の敷地をいう。一筆(土地登記簿において土地を指す単位)の土地の一部のみを目的とする事は当事者間では可能とされる。外形上判別可能なようにすれば特定性を有し当事者間での特定が可能だからである。しかし、第三者に対抗する為には分筆登記をして抵当権の設定登記をしなければならない(177条)。
賃借権について[編集]
賃借権は抵当権設定の目的物にできないと解されている。賃借権は債権であって登記されないのが通常であるし、賃貸借は賃貸人の承諾無しにこれを譲渡する事ができず(612条)抵当権の対象として馴染まないためであると説明されている。
共有持分権について[編集]
不動産が共有されている場合、その各共有持分権について各共有者が単独で抵当権を設定することは可能である(249条)。ただし、他の共有者の同意無しに共有物全体について設定することはできない(251条)。
債権の弁済を受けるとは[編集]
被担保債権について弁済を受ける事をいうが、弁済期に弁済されない時抵当権者は抵当不動産につき抵当権を実行してこれに替えることができる。通常は競売による。
担保競売[編集]
債務が弁済期に弁済されない時、民事執行法(第四章「担保権の実行としての競売等」等)に基づき当該不動産を競売し換価してこれの中から債務の弁済について充てる事ができる。これを担保競売といい対概念は強制競売である。
配当[編集]
当該不動産を別の債権者が差し押さえ、競売した場合も抵当権の順位(373条)に基づき配当を受けることができる。
競売以外の方法[編集]
抵当直流れ[編集]
抵当不動産を競売にかけずに任意な方法で抵当目的物から優先弁済を受ける事は可能であると解されている(349条の反対解釈)。このような特約を質権の場合の流質との対比で流抵当または抵当直流れという。
仮登記担保契約[編集]
- SはAに100万円借りて、自己の所有する不動産に抵当権を設定し、加えて、債務を弁済期に弁済しない時は当該不動産を代物弁済(482条)として譲渡するという契約をして、予約完結権に基づき仮登記をした(不動産登記法第105条2項)。
- SはAに100万円借りて、自己の所有する不動産に抵当権を設定せずに、債務を弁済期に弁済しない時は当該不動産を代物弁済として譲渡するという契約をして、予約完結権に基づき仮登記をした(不動産登記法第105条2項)。
このような担保の仕方をした場合、抵当権者Aは弁済期に弁済がなされなかった時、抵当権によらずに代物弁済の予約に基づいて目的物を任意に処分することができる。「仮登記担保契約に関する法律」がこれを規制する。
担保不動産収益執行手続[編集]
担保不動産収益執行手続(民事執行法180条2号、平成15年改正)によって不動産の賃料等の収益から優先弁済を受けることもできる。
地上権・及び永小作権[編集]
実際上、地上権・永小作権に抵当権が設定されることは少ない。
関連[編集]
参照条文[編集]
判例[編集]
- 土地建物所有権移転登記手続等請求(最高裁判例 昭和42年10月27日)民法第145条,民法第146条
- 土地建物所有権移転登記抹消登記手続(本訴)家屋明渡(反訴)請求(最高裁判例 昭和43年10月08日)民法第826条、競売法2条
- 土地建物抵当権設定登記抹消登記手続請求(最高裁判例 昭和48年12月14日)民法第145条,民法第166条
- 抵当不動産の譲渡を受けた第三者は、抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができる。
- 配当異議(最高裁判例 昭和50年08月06日)不動産登記法(昭和46年法律第99号による改正前のもの)117条
- 賃借権設定仮登記抹消登記手続請求(最高裁判例 昭和52年02月17日)民法第395条,民法第601条
- 物件引渡(最高裁判例 昭和54年02月15日)民法第85条
- 第三者異議(最高裁判例 昭和56年12月17日)
- 所有権移転登記手続(最高裁判例 昭和57年01月22日)民法第167条2項
- 所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続(最高裁判例 昭和62年02月12日)
- 第三者異議(最高裁判例 昭和62年11月10日)民法第85条、民法第178条、民法第181条、民法第183条、民法第333条
- 短期賃貸借契約解除等(最高裁判例 平成3年03月22日)民法第395条,民法第423条
- 家屋明渡(最高裁判例 平成6年02月22日)
- 債権差押命令に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件(最高裁判例 平成11年05月17日)民法第304条、破産法第92条
- 動産譲渡担保権に基づく物上代位権の行使は、右譲渡担保権の設定者が破産宣告を受けた後においても妨げられない。
- 建物明渡請求事件(最高裁判例 平成11年11月24日)民法第423条
- 譲受債権請求事件(最高裁判例 平成12年04月21日)民法第466条
- 供託金還付請求権確認請求事件(最高裁判例 平成13年11月22日)民法第267条2項
- 建物明渡請求事件](最高裁判例 平成17年03月10日)民法第709条
- 抵当権者は,抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではないので請求できない。
参考文献[編集]
- 我妻榮「民法案内6担保物件法 下」
- 内田貴「民法Ⅲ 債権総論・担保物権」
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